第58話 犯人を返り討ちにした。
「大奥様。何故貴女は、レヴァンからそんな連絡が自分に入る事に疑問を抱かないのですか?」
私がそう問いかけると、大奥様は首を捻る。
まだ分からんか。ああ、気づけないのね。
仕方ないな。説明してあげるよ。
「普通、『妻が離婚するよ』と伝える相手は、大奥様ではなく夫であるツァニス様にではないですか? 妻を寝とったなら、自慢する相手は姑ではなく、寝取られた夫にですよね? 姑に話しても自慢にも当てつけにもならない。
もう一度聞きますね? 何故貴女は、レヴァンから自分に連絡が入った事に疑問を抱かないのですか?」
そこまで説明して、やっと気づいたのか、彼女の顔色がさっと白くなる。
私は追い討ちをかけた。
「もしかして、連絡が来ると分かっていて、待っていたからですか?」
それを受けて、今度は大奥様の顔色が段々ドス黒くなっていく。息止めてんの?
でも、私はまだまだ止まらねぇぞ?
「あともう一つ。貴女は先程、『アティが攫われて危険な目にあっているというのに、自分は屋敷に残って元夫にうつつをぬかすなんて』とおっしゃいましたね?
何故大奥様は、私がご報告する前に『アティが攫われた現場に私が居なかった』とご存知なのですか?」
さっきお前が自分で言ったんだよ。得意げにな。まぁ、わざと待ったんだけどさ。
罠にかかった獲物を眺めるのは楽しいなぁ。
レアンドロス様にがカラマンリス邸に入れた連絡は『アティが賊に誘拐されそうになった。無事取り戻したし幸い怪我はないが、予定を繰り上げて早く帰る』だけだ。
詳細は犯人の正体を含めて追って連絡するとしていた。
分かるよ。相手を糾弾したい時は、自分が知ってるあらゆる事で相手を追い詰めたくなるよね。
本来『知らないはずの事』までうっかり言っちゃったりさ。特に、言いたいのに相手が言ってくれない時とかさ。
「私は不貞をはたらいておりません。
元夫に言い寄られましたが、頭突きを喰らわして返り討ちにしてやりました。
その時に、レヴァンが色々白状してくれましたよ? 『侯爵と子作りしないのはまだ元夫に未練があるからだ』とか『侯爵は大奥様があてがった子爵令嬢に鞍替えして私と離婚する』とか『アティがいると引け目を感じてしまうだろうから、アティと私を引き離せ』と大奥様に言われたと言ってましたよ?
不貞は大奥様、貴女がでっち上げようとした事ですよね? 違います?」
私のターンは終わらない。
終わらせねぇよ?
破滅するまで追い詰めてやるわ。
「アティを攫うよう手引きしたのは貴女ですね。犯人は既に口を割っております。
ツァニス様に恩を売る事を餌に、ある伯爵をそそのかして私兵を動かさせましたよね。
私兵はアティを救ったテイで、侯爵の元へ連れてくる手筈になっていた。
全て聞きましたよ」
そして、最後のトドメじゃ。
「カラマンリス家に相応しくないのは、本当に私でしょうかね? 冷静にご自身の立場を見直してみては如何ですか?」
背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐに大奥様を糾弾し返してやった。
彼女は全身を目に見えるほどブルブルと震わせている。恐怖か? 驚きか? 怒りか?
「嘘です! 私を陥れようとありもしない事を
ツァニス! 信じてはなりません!!
不貞をはたらくような女の言い分など!!!」
大奥様は、色が変わるほど手を強く握りしめてそう叫んだ。
その声に、ツァニス様は苦い顔をして額に手を当てる。
確かに、
第三者が捻じ曲げることも可能だ。
大奥様の最初のやらかし以外、どっちの言い分も証拠がない。
あとは、侯爵がどう判断するかだな。
私がジッと侯爵を見ている事に気づいた彼は、ソファからゆっくりと立ち上がる。
それに合わせて隣に座っていた子爵令嬢も立ち上がって、彼の腕に絡みついた。
スキンシップが激しいな。この手で侯爵を落としたか。
侯爵は、私の顔を見てから隣の子爵令嬢の方に視線を移動させる。
そして──
「気安く触るなと言ったであろう。離せ」
そう厳しく言い放ち、子爵令嬢が絡みついていた腕を振る。彼女を腕から引き離した。
そして自分が座っていた場所から少し離れて、ちょうど私と大奥様の中間といった場所まで移動する。
「母上、以前申し上げていた通りです。セレーネがこの事を否定したら私は離婚しない。ご存じの通り、私はまだこの娘に自分から触れた事もない。責任云々のいわれもない。お引き取りを」
「ツァニス!!!」
侯爵が告げた事に、大奥様は顔色を変えた。
「この女は嘘をつくと言ったでしょう! やめなさい!! 何故分からないのです?!」
ああ、そんなやり取りしてたんだ。
馬鹿だなぁ。先んじてそんな事言ったら、いくら侯爵でも疑うだろって。
ツァニス侯爵は、大奥様の金切声にウンザリ、という顔をした。
「母上とセレーネの言い分が違うのであれば、どちらかが嘘をついているのは明白です」
「私は貴方に嘘はつきません!!!」
ホントかよ。
私は必要があれば嘘つくよ。今のお前みたいにな。
侯爵は、額にかかる前髪を後ろへとサラリと撫で付け、私の方へと視線を向ける。
その視線は真摯だった。そして
「二人のどちらかが嘘をついているのであれば、私はセレーネを信じる」
そう、ハッキリと言い切った。
……流石に驚いた。
「ツァニス!!!」
大奥様が顔を真っ赤にして怒声を上げた。
しかし、侯爵は厳しい目で自分の母親を見返す。
「母上は私の母だが、私が選んで貴女の元に生まれてきたワケではありません。
しかし、セレーネは私が選んだ妻です。自分で選んだ妻を信じるのは当たり前でしょう」
そう言いながら、侯爵は私のそばへと歩み寄り、そして隣に立った。肩に手をかけ抱き寄せる。
まぁ、タイミングがタイミングだったので、勿論拒否はしなかった。
……おお。まさかそこまでハッキリ言い切るなんて思わなかった。
せいぜい、なんのかんのと言い訳して答えをその場で言うのを引き伸ばし、レアンドロス様から正式なお達しが来た後に、面と向かわず断りの連絡を入れる程度だと思ってた。
この場でちゃんと決断してくれるなんて。
……ちょっと、見直しちゃった。
初めて面と向かって反抗されたのか、大奥様は驚愕の表情で侯爵を見ていた。
「後悔するわよツァニス……私は貴方の為を思って──」
「その気遣いはもう不要です。私はもう子供ではない」
侯爵は、そうハッキリと大奥様を拒絶した。
「私が自分で責任を取り、自分の信じたいものを信じます。
それに」
そこで一度言葉を切る。
そして、私の肩を抱いた腕に力を込めた。
「セレーネに騙されるなら本望というものだ。私はそれを含めてセレーネを愛している」
……キュンときた。今のは流石の私でもキュンときた。
大奥様と子爵令嬢は、顔を真っ青にしていた。
顔色がコロコロと変わるなぁ。心臓に悪そう。
言葉なく二人が立ち尽くしていると、侯爵は更にトドメを刺しに行った。
「アティの様子が心配です。様子を見に行きたいのでこれで失礼します。
母上たちはお引き取りを。メルクーリ伯からの連絡が来次第、また改めてこちらから連絡します」
そう言い放ち、侯爵は家人たちに目配せする。
すると家人たちは素早く動き、応接間の扉を開いた。
子爵令嬢はどうしたらいいのかと、侯爵と大奥様を交互に見ていた。
当の大奥様は、驚愕の顔で固まって動かなくなっている。
二人が動かないので、侯爵は私の腰へと腕を移動させて、私を伴ってそのまま何も言わずに部屋を出て行った。
***
アティの部屋へと移動していく最中、彼は私の腰を離さなかった。正直歩きにくーい。
「ツァニス様……」
そう声をかけると、彼は横目で私を見た。
「ありがとうございます」
そうお礼を言うと、彼は少しはにかんだような表情をした。
「お前が私を信じると言ってくれた。だから私もそうしたまでだ」
ああ、私が旅行前に言った言葉ね。
ちゃんと彼に意図が通じたのか。良かった。
期待していなかった分、喜びがデカい。
胸にジンワリと嬉しさが広がった。
私は一瞬立ち止まる。
合わせて立ち止まった侯爵の腕からスルリと脱出し、彼の頬へと手を伸ばした。
そして、その頬に唇を押し当てる。
ちょっと音立ててやった。
「ご褒美とか、そういう意味ではないですよ。したかったからしたのです」
今までは嫌々だったけどな。
今は本当に、したかったからした。
でもまあすぐに離れて、またアティの部屋の方へと歩き出す。
その背中に
「……何故口ではないのだ」
そんな不満が聞こえてきたけど、それは無視した。
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