第57話 全面対決を開始した。

 カラマンリス邸に着き、玄関へと入る。

 ズラリと並んだ家人たちが、おかえりなさいませ、と言いながら頭を下げた。


 その中には、侯爵と──大奥様と、知らない女が立っていた。


 おや?

 カラマンリス邸にも、アティに起こった出来事は伝わってる。レアンドロス様が連絡を入れていたから。

 それにより、大奥様は計画の失敗を知ったはずなのに、なぜまだここに居るんだろう?

 罪が確定していないので、ハジダキス伯爵の事はまだ伝えられてないけれど……もしかして、それを良い事に、私を糾弾する事だけにシフトチェンジしたのかな?


 はははははは。

 だとしたらその真っ向勝負、正面から受けてしんぜよう。

 私の怒りはまだ収まってないんだからなっ!


 アティは、家族たちの中に知らない女がいる事にビックリしていた。私と繋いだ手に両手を添えてくる。その手は震えていた。

 アティはまだ、知らない人が怖いのだ。例えそれが女性でも。また、一人になる事も猛烈に怖がる。

 帰りの列車の中とかホント大変だった……四六時中、私かマギーが付き添わないとダメだったぐらい。

 アティの心にこれまで深い傷を残した事……ワタシハユルサナイ。


 私はアティをさっと抱き上げ、そのほっぺたにムチューっとキスをする。

「大丈夫だよ、アティ。ただいまの挨拶をしようか」

 私が彼女の目を覗き込んで優しく伝えると、アティは小さくコクンと頷いた。

「おとうさま、おばあさま、ただいま……」

 震える声で、そう頑張って挨拶する。

「アティ、おかえり。無事で本当に良かった」

 カラマンリス侯爵は少し硬い表情で、それでも声は少し柔らかく返事をした。

「ただいま戻りました」

 私もアティに続けてそう言ったが、誰も返事しなかった。

 返事ぐらいしろやコラ。

 まぁ、微妙に侯爵は小さく頷いたからヨシとしよう。


「アティは疲れておりますので、すぐにお部屋に連れていきますね」

 私はニッコリと微笑んで、アティを抱いたまま彼女の部屋の方へと足を向ける。

 しかしその進路を、大奥様がサラリと塞いだ。

「貴女にはツァニスからお話があるそうよ」

 いつもの厳しい顔の中に若干の喜びを隠したような顔で、大奥様が私を足元から頭まで一瞬舐めるように見た。

 うわ、気持ち悪い、その視線。

 何? 今生の別れだから記憶にとどめておこうとしてくれてんの? 忘れていいよ。むしろ脳みそに私の事を留めておかないで。穢れる。

「……分かりました」

 そう頷き、私は子守頭マギーにアティを託した。

 ──その時、彼女の視線がスルリと揺れたので、小さく頷いた。

「私もアティ様のお部屋に行かせていただきますね」

 左肩を三角巾で吊り、顔を湿布だらけにした家庭教師サミュエルも、侯爵たちにそう伝えてマギーの後ろへと着いていった。


「奥様、こちらへ」

 家人が私を先導した。

 着いて行こうとしたその背中に

「奥様……」

 私の世話係のクロエや、アティの護衛の騎士が心配そうな声をかけてきた。

 私は振り返ると、軽くウィンク一つ飛ばしておく。


 大丈夫。私はこんなんじゃヘコたれないから。

 そう気持ちを込めて。


 ***


 応接間に案内され、ソファを勧められた。

 なので奥に座ったら、何故か侯爵は向かい側に座り、その隣に知らない女が座った。

 大奥様は二人の後ろに立っている。なんとも不思議な光景だった。

 あぁなるほどなるほど。アレが大奥様の息のかかった従順な子爵令嬢か。


 で?

 侯爵の隣に座ったという事は、首尾良く物事が進んだのかな?

 まぁぶっちゃけそっちはどうでもいい。

 私は、大奥様あの女をどうしてやろうか考えるだけで楽しくなってくる。

 思わず笑みが溢れたら、三人は私の事をいぶかしげに見ていた。

 いかんいかん。慌てて笑みを消す。


「それで? お話とは何でしょうか?

 アティの事件については、獅子伯から簡単にご説明があったかと思いますが。改めて私から詳細なご説明した方がよろしいでしょうか?」

 私は向こうからの出方を待つ。

 自分から率先して動く方が好きだけど、獲物が罠にかかるのを待つもの嫌いじゃない。


「言い訳は不要よ」

 大奥様がなんだかとっても得意げに口火を切る。

「言い訳?」

 面白い程先走ってなお前は。私がいつ『言い訳させてくれ』と言ったよ? アティの事件の詳細を私からも言ったほうがいいか聞いたんだよ。耳大丈夫か。もうボケたか。

 私を糾弾したくてしたくて仕方ないんだな。


 私がシラを切ってるとでも思ったのか、もうビックリする程のドヤ顔を大奥様はする。

「アティの事件は貴女の責任ですよ。

 アティが攫われて危険な目にあっているというのに! 自分は屋敷に残って元夫にうつつを抜かすなんて!! 母親失格です!」

 大奥様が、まるで黄門様とお供の者が印籠を出す時みたいに見栄を切った。

 私は黙っている。静かに、そのに居る三人の様子を順に見ていった。

 侯爵はソファに浅く座って、膝に肘をついて手を組み、ジッとその手を見つめている。

 そして見知らぬ女は、そんな侯爵の背中に触れていた。何、その手。

「アティが無事だったとはいえ、貴女の罪は重いですよ! それに、夫がいる身で不貞をはたらくような妻はカラマンリス家には不適切です!

 消えなさい!!」

 気のせいかな。大奥様の背後に『ドヤァァァ!』という効果音が見えるよ。

 こんなに得意げに楽しそうに嬉しそうに、他人を糾弾する人間って久々に見たなー。

 ちなみに、見知らぬ女の方は、逐次大奥様の言葉に合わせて、『まぁ!』とか『ヒドイ……』とパントマイムさながらの百面相をしていた。

 ……ヤバイ。コントに見えてきた。笑ってしまいそう……

 耐えろ私。ここで笑ったらダメだ。真剣な場所なんだから。


「……セレーネ、どうだったんだ?」

 ここにきて、やっと侯爵が口を開いた。

 顔を伏せ気味にしたまま私を見た為、睨みつけるような顔になっている。

 私はなんとか笑いを噛み殺しつつ、侯爵の問いに答えるために口を開いた。

「大奥様が何を言ってるのか分かりませんが……

 逗留中、アティたちが湖に釣りに行く事になりました。アティとエリック様、イリアス様とメルクーリ伯爵の嫡男・ゼノ様と。各それぞれの護衛三名と家庭教師たち、そしてメルクーリ伯爵の家人二名で。

 その時私や子守ナニーたちは同行しなかったのです。親離れしたいとエリック様が仰ったので。泣く泣く見送りました。子供の成長は嬉しいですが……寂しいですね。

 釣りへ行く途中の森の中で賊に襲われて、アティは攫われてしまいました。その他の方々がなんとか帰宅してその事を知ったのです。

 今回はたまたまレアンドロス様──獅子伯も逗留なさっていたので、彼らがアティを助け出して下さいました。賊も捕縛しましたし、真相が明るみになるのは時間の問題ですね。

 無事アティは大きな怪我もなく戻ったのですが、今はまだ攫われた恐怖が残っているのでしょう。見知らぬ人間や男性を怖がるようになってしまいましたし、一人になる事を異常に怖がります。

 アティが落ち着くには、もう少し時間が必要かと思います」

 私が事件の詳細を説明すると

「そうか。心配だな……」

 そう侯爵は返事をした。


「ちょっと?! 都合よく自分の不貞を無かったことにして! なんて厚かましい女なの!!」

 大奥様が会話に割って入ってきた。

 なので仕方なく、私は彼女の方を面倒くさげに見上げる。

「不貞なんてしておりませんので。してない事を報告する必要はないかと」

「はぁ?! なんて往生際が悪い!」

 私の言葉を、速攻で非難する大奥様。

「証拠はあるのですよ!」

 証拠?

 私は、その言葉を聞いて思わずニヤリと笑ってしまった。

 不貞の証拠ね。あるなら是非見てみたい。

「どんな証拠です?」

 私が不敵に笑うと、大奥様の方もそれに負けじと悪役ヅラして笑う。

 どうでもいいけど、大奥様は出会った当初はあんなに威厳と圧力があったのに、今はカケラもねぇなぁ。

 私が威厳の裏打ちとなる自信をへし折ってやったからだろ? 面白い。人ってこんなに簡単に堕ちるものなんだ。

「貴方の元夫、レヴァン伯爵から私に連絡があったのよ! セレーネとヨリを戻すことになったと!」

 ああ、それね?

 うん。知ってるよ。

 


 アティの事件の翌日、早朝屋敷から逃げようとしていたレヴァンを、厩舎で待ち伏せしていた私がとっ捕まえてレアンドロス様に突き出したのだ。

 そして。

 ある罠の為に彼を利用する事にした。

 だ。


「ツァニスには、もう新しい妻となる女性を用意しました。

 男の子を産まず、夫の母を敬わず、弁えずに楯突いた上に不貞をはたらくような女は害にしかなりません。

 罪は不問にしてあげますから、サッサと出て行きなさい」


 大奥様が、最後の締めとして、ハッキリくっきりとした強い口調で、そう言い切った。

 しかも、『新しい妻』の言葉のところで知らん子爵令嬢が、自分の事だとさも誇らしげに胸を張ったのがまたなんともコントくさい。


 あかん! もうだめ我慢できない!!


 私は吹き出してしまった。

 なんとか大笑いまでは堪えたけれど、無理に我慢したせいか喉が閉まって痛くなるほど。

 ヤバイ、楽しい! 面白い!


「何故笑っているの! 貴女失礼よ!!」

 私が笑ったのが癇に障ったのだろう。大奥様は顔を赤くして抗議の声を上げる。

 私はなんとか深呼吸して、笑わないように自分を落ち着かせた。

 そして、真っ直ぐに大奥様を見つめて口を開いた。

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