第56話 無事に帰って来た。

 レアンドロス様から課せられた『罰』は、『ゼノをカラマンリス邸に下宿させ、剣技を教える事』だった。

 それって罰にならなくね?

 どっちかというと、ゼノにとっての罰になってね??


 それに、将来体が大きくなるゼノには、私の戦い方は合わないのではなかろうか?

 それをレアンドロス様に言ったら『のアイツに自信を持たせてやりたい』との事だった。

 確かにゼノは、七、八歳にしても小柄だし体も細い。聞いたら食も細くて胃腸も弱いのだそうな。

 だから弟にも剣で負けるし、友人たちにも少し小馬鹿にされているらしい。

『小柄でも充分戦える』という事を教えるには、私の戦い方は良いと言われた。

 そんなもんかなぁ?


 でも下宿までさせる必要はなくね?

 養子に迎えて速攻で他人の家に下宿させるとか、どんだけスパルタなの?

 獅子伯だから千尋の谷に突き落とさないと気が済まないの??


 まぁ、私は構わないけどね。

 そう了承すると、レアンドロス様は早速カラマンリス邸に連絡を入れていた。

 この人、ホント決断と行動が早ェ。


 そういえば。

 薄紫の花が咲く木の群生地には行かない事になった。予定を繰り上げて帰宅する。

 そもそもこんな事件が起こったのに、のんびりお花見なんてしている場合ではないし。

 何より、アティが怖がって外に出たがらなくなってしまったのだ。

 最初の頃は、男性がアティに手を差し伸べただけでパニくる程の混乱ぶりだった。

 知らない人だらけのこの場にずっと置いておくのは酷だろうという我々の判断だ。ホント、アティには可哀そうな事をしてしまった……

『花はまた咲く。いつでも来るといい』

 レアンドロス様は、しゃがんでアティに目線を合わせ、出来るだけ身体を小さく縮こませて、そう優しく彼女に伝えていた。


 賊──ハジダキス伯爵の私兵は捕まえて真相を吐かせたらしい。

 やはり、私が予想した通りだった。

 アティを攫い、ハジダキス伯爵の私兵たちが賊から助けたテイを取り、カラマンリス侯爵に恩を売る予定だったそうだ。

 既に、必要な場所には連絡をしたらしい。アンドレウ公爵家、テオドラキス侯爵家、カラマンリス侯爵家──戻ったら蜂の巣を突ついたような騒ぎになっているだろうから覚悟しておけと言われた。

 わあ面倒くさい☆

「ハジダキス伯爵には私兵という証拠があるが、カラマンリス前侯爵夫人にはない。言質げんちだけでは弱いだろう。そっちはお前に任せる」

 そう言いつつ、レアンドロス様がニヤリと笑ったのが忘れられない。

 好きにしていい、という意味だと取った。

 さて。どうしてやろうかあの女。

 帰って顔を合わせる日が楽しみになったよ。ふふふふふ。


 あと。レアンドロス様には、セルギオスの事や、私が語った理想論の事は秘密にしてもらうようお願いした。

 そんな話が世間に認知される前にエライ人の耳にでも入ったら、速攻で潰されてしまう。

 こういう事は、少しずつ少しずつ、身近な所からジワジワ広がっていき、その内意見を無視できない状況になっていった方がいい。


 メルクーリの別荘を出る日。

 レアンドロス様や家人たちが屋敷の前に勢揃いして、見送りをしてくれた。

 ちなみにレヴァンはここにはいない。今回の事件に一枚噛んでいた罰として、速攻で国境送りとなった。

『腐って歪んだ根性を叩き直してやる』

 と言っていた時のレアンドロス様の顔は……ヤバかった。上手く表現できないけど……兎に角ヤバかった。レヴァン、無事で帰って来れるカナー?

 やっぱりレアンドロス様はあまり怒らせない方がいいね。


「お世話になりました」

 私が深々とお辞儀をすると、それに合わせてエリックやアティがペコリと頭を下げた。

「たのしかった! またくる!!」

 エリックがそう叫ぶと、レアンドロス様は嬉しそうに、そして眩しそうに目を細めて笑った。

「れあんどろすさま、ありがとうございました」

 アティも、少し小声だったがちゃんと挨拶が出来た。

 うん、二人ともエライぞ!


 そうして、私達は帰路へとついた。


 ***


 屋敷最寄り(といってもここから更に車)の駅に着くと、確かにもう騒ぎになっていた。

 なんと。アンドレウ公爵夫人が駅で待っていたのだ。

「エリック!」

 彼女は走り寄っていくエリックを迎えると、その肩をガッチリ掴んで彼の頬の痣を震える指で触れていた。

 そして、ギッと視線を厳しくすると、私の前へとツカツカと寄って来る。

 そして言葉を発するより前に──


 パァン!


 私にビンタした。

「なんて事をしてくれたのです!!」

 まるで、私がエリックを殴ったかのような言い方だな。

 しかし、私は粛々しゅくしゅくと頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

 八つ当たりだと分かってるけれど、甘んじて受けた。この一行の中で身分と年齢をかんがみると、一番の責任者は私だしね。

 確かに、裏工作されて私が一緒にいない時に襲われたけれど、それはそれ。これはこれだ。彼女の怒りは正統だと思った。

「ははうえ! たたいちゃだめ!」

 すかさず、エリックが公爵夫人と私の間に割って入った。

 しかも。イリアスまで私を背にかばうように間に立ち、アティは私の足にしがみついて公爵夫人を恨みがましく睨み上げていた。

 やだ。キュンとした。そういう時じゃないって分かってるけど、ごめん、キュンときた。

「奥様、我々の失態です。カラマンリス侯爵夫人に落ち度はありません」

 エリックの護衛が前へと歩み出て来た。しかし、彼女は彼にもビンタをかます。

 やるなぁ。言葉より先に手が出るタイプなんだね。分かる。結構私たち似てるかもね☆ それに、ビンタ上手い。やり慣れてるね。

「いいえ。この度は私の失態です。エリック様の護衛を叱責しっせきしないようお願い致します」

 私は再度頭を深々と下げてお願いした。これで彼がクビにでもなったら寝覚めが悪い。そもそも、レヴァンと大奥様とハジダキス伯爵の企みに想定外に巻き込まれただけだ。

『それを含めの護衛だろ』と言われそうだけど、彼もこれで更に改善していくだろう。ここでクビにしてしまうのは勿体ない。


 私の言葉に、公爵夫人が微妙に嫌な顔をしながら、それでも手を引っ込めてくれた。

 いや、別に私は今ここで貴女を悪者にする気なんかないからね。

「……婚約者の家だからと、エリックをカラマンリス邸へ行かせていたのが間違いでしたわね。今後は控えさせていただきます」

 ここぞとばかりに今回の件とは全く関係ない事を言い出した。

 なるほど、彼女はエリックがウチに来る事を面白くないと思っていたんだな。

 ま、そりゃそうか。変な事(※そんなつもりはないけど)吹き込まれて帰って来てると思ってんだろうな。変な事なんかじゃないのに。……たぶん。


「奥様、ちょっとお待ちください」

 そう進み出てきたのはイリアスだった。彼女は彼を見て一歩後ろに引く。……さては苦手だな?

「エリックは賊に殴られた傷以外は怪我をしておりません。エリックが落馬しても怪我をしなかったのは、カラマンリス侯爵夫人のご指導のおかげです」

 ああ、エリックに教え込んだ受け身ね。エリックは滅茶苦茶飲み込みが早くて、もうどんな体勢からでも自然と受け身が取れるようになっていたね。末恐ろしい子っ!

 ……いや待て。釣りに行く時、エリックは護衛の馬に乗ってたぞ。護衛が受け止めてくれただけじゃないの? 違う? どうなの?? なんか、ちょっと、嘘くさい気がするんだけど、偏執少年イリアスだから嘘なのか本当なのか分からない。

 もし嘘だとして、こんな嘘が上手い十一歳なんて嫌だなぁ。

「エリックは今後、公爵として剣の腕や乗馬技術も磨いていく事になりますが、カラマンリス夫人が先んじて基本となる身のこなし等をお教えくださっているのです。彼女は教え上手でエリックはメキメキ上達していっております。

 彼女のご指導をいただけないのは、エリックにとっても損害になるかと思いますが」

 ……イリアスって本当に十一歳? 中身オッサンなんじゃね? 実は小さい超童顔のオッサンなんじゃね?? なんでこんな言葉がスラスラ出てくんの? 驚きを通り越してちょっと怖いわ。


 イリアスの言葉に、公爵夫人が言葉を失う。

『エリックにとっての損失』と言われて『それでも構わない』なーんて、言えないよね。それを分かってて、わざとイリアスはそういう言い方をしたな? 末恐ろしい子!!

「……夫と相談します」

 夫人はそう引き下がるしかできなかったようだ。

 ここで感情的に否定してもマズイし、後から『公爵がダメって言ったからダメ』って言った方が良いだろうと判断したんだろう。

「ありがとうございます、奥様」

 イリアスが、健気であどけない、輝くような笑顔を見せた。……黒い。背中に漆黒の闇を背負ってるように見えるよ。


「兎に角。無事でよかった。帰りましょう」

 そう告げ、アンドレウ公爵夫人はエリックの手をむんずと掴んで、我々に背を向けてさっさと歩きだしてしまった。

 エリックが、名残惜しそうに振り返りつつ手を引っ張られていく。その後をついていくイリアスも、ニッコリとした笑顔で私を見た。

 私は、そんな彼らに笑顔で頷いて見せる。


「それでは、我々も戻りましょうか。きっと侯爵が首を長くして待っていらっしゃるでしょうから」

 私はアティの手をとって、カラマンリス邸からの迎えが待っている方向へと歩いて行った。


 さぁて。

 本番はここからだ。

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