第54話 獅子伯に問い詰められた。
「……私では、ありません」
私は、緊張で締まった喉を何とか開いて声を絞り出す。
「もう一人の……兄です」
彼は侮れない。信じてもらえるとは到底思えないけれど、嘘を突き通す。
「もう一人の兄??」
レアンドロス様は呆れたような変な声を出した。
「私を影から守ってくれている、我が家で生まれた時から秘匿されたもう一人の兄です」
言い訳を並べる。
圧力が凄いので嘘つくのも必死。すぐに看破されそうで怖い。
私は、手を握りしめて必死に耐えた。
レアンドロス様が、またもや大きくため息をついて頭をボリボリと掻いた。
「もしかして、剣術大会にコッソリ参加していたという、彼か?」
レアンドロス様がその話題を出してくれたので、私はすかさずそこに食いつく。
「そうです! 普段は日陰者ですが活躍する場所が欲しいと──」
「セレーネ殿は、剣技にはその人物固有の癖が出る事は知ってるか?」
私がみなまで言う前に、レアンドロス様が突然他の話題をぶち込んできた。
「ええ……勿論、知っています」
私に剣の心得がある事を、彼も知っているから無用な嘘は付かない。
「俺もあの大会は楽しみにしていてな。新しく若い貴族子息たちの腕を見るには
レアンドロス様は、自分の腰に吊るした剣を鞘ごと外して手に持つ。
「ある日突然現れた正体不明の騎士がいた。
そいつはガタイこそ細いが体の使い方が絶妙でな。
自分の身体が細い事、体重が軽い事を分かっている戦い方をしていた。
鎧を着込んだ子息たちの中で、革の胸当てだけの姿は浮いていたな。しかし、それが彼の素早さを際立たせる。
それに、こうして──」
彼は、剣を片手に持って半身を引く。
「軽く細身の刀身の剣を片手で持ってな、半身を引くんだ。自分の体の細さを利用し、身体の正面を見せない事で急所を隠すんだよ。しかも、それによりリーチの短さもカバーできる。賢いな」
そこまで言われて、頭の血が全て下がった気分がした。
それは、私の剣の構えだ。
「そして的確に、相手の喉、肘裏、手首、脇の下、脇腹、内腿、膝裏など、装備の隙間を狙って突いたり斬りつけたりする。
しかも、細身の剣で力も弱い為、相手と打ち合えない事を理解しているのか、剣がぶつかると、こう──」
彼は横に持った剣の切先を下げて見せる。
「力の方向を変えて流すんだ。決して正面からは受けない。
相手はそんな手ごたえのない戦い方にイラついて、つい大振りになる。
その隙をついて相手の懐に飛び込み、最後の仕上げとして、相手の顎を打ち上げて倒すんだ。多分、相手を殺すなら喉を突いて潰すのだろう。ナイフで刺すのかもしれないな。
最後のトドメは剣じゃない。いやぁ、本当に独特の戦い方をする」
私は何も言えなかった。
今彼が披露した戦い方は、私の戦い方だからだ。
「俺は大会でこの戦い方を見てな。既視感をおぼえたんだ。どこかで見た事がある、と」
彼は剣をまた腰に吊るし直し、私を真っ直ぐに見た。
「昔一度結婚直後に、レヴァンに女の癖にと馬鹿にされたセレーネ殿は、ヤツを木刀での戦いでボコボコにしただろ」
そう言われて、私は耐えられなくなって目を閉じた。
しまった……私が女の姿で戦ってる姿を、しっかり覚えている人がいたとは。
「……もう一人の兄とは、つまりセレーネ殿、貴女の事だろう? 女の姿から解放された、貴女だ」
全部見抜かれてる……嘘はもう限界か。
「……申し訳、ありませんでした」
そう頭を下げた。
が、気持ちはなんだかとても楽になった。安心したような、ホッとしたような、不思議な気持ち。心のどこかで、秘密の暴露を望んでいたのかもしれない。正体を看破してくれる人を、待っていたのかな。
私が頭を下げたままでいると、またふぅ、と大きなため息が聞こえた。
「そんなに俺が信用できなかったのか」
そんな、残念そうな声が頭の上から降ってきた為、慌てて頭を上げた。
「それは違います! レアンドロス様の事は信用していました!! ただ!! 万が一の事を考えると、いても立ってもいられなかったんです!」
彼の事は信じている。獅子伯なら確実に敵を捕まえてくると分かっていた。
「……それを『信じていない』と言うんだ」
彼は、ぶっとい腕を組んで私をジッと見下ろす。
「違──」
「『万が一』を心配するという事は、俺がその『万が一』を起こしてしまうと思っていたということだ。本当に信じていたら、その万が一の事も考慮しない」
「そ……そんな事は……」
ある、か。確かに。完全に信じ切っていたら、アティが無事で絶対に帰ってくると思っていたら、ノンビリ温泉にでも浸かって待っていれただろう。
だって、心配の必要がないのだから。
「他人に託して待つ、確かにこれは簡単なようでいて実は難しい。
特に、今まで誰にも頼れなかった人間にはな」
レアンドロス様のその言葉に、私は心臓を鷲掴みされたよな感覚を受ける。
これはときめいたとか、そういうのではない。心理を見抜かれた、底の浅さに気づかれた、そんな衝撃だ。
今まで誰にも頼れなかった。
そう言われて思い返したら、思い当たる節がある。
でも──
「今回は、本当にレアンドロス様を信じておりました。きっと、賊を捕まえてくるだろうと。その旨も皆に伝えました。
私が懸念していたのは、賊を捕まえられない事ではありません。
アティが無事かどうか、それだけです。
いくら貴方が獅子と呼ばれる騎士であったとしても、遠く離れた場所で今まさに殴られようとしているアティを助ける事はできない」
申し訳ないという気持ちもありつつ、私はそれを後ろにどかして毅然と言い放った。
「確かに貴方はこの地の領主です。まさにこの場所など庭も同然でしょう。
しかし、相手の目的が分からないのでは相手の動きを読めません。当たりを付けて予想で行動するしかない。
そうなると、どうしても後手に回ってしまいます」
私がそう言い放つと、彼は面食らったかのような顔になった。
「まるで、犯人の目的が分かっていたかのような口ぶりだな」
そして、そう言って
「ええ。レヴァンから『私とアティを引き離せと命令されていた』と聞きましたから」
弟の名前が出ると、彼は頭痛がするかのような渋い顔をして片手で額を覆った。
「アイツはまったく……」
「その時、首謀者の名前も聞きました。だから、相手の目的が読めたのです。
相手は、私を陥れる為にアティを攫ったんです。
殺す事まではしなかったのは、
だから、私は南に逃げたと予想できました。相手の痕跡で貴族の私兵であり森のプロではない事に気づいたので、焚火の煙で居場所を特定できました」
私が、賊を見つけた経緯を話すと、興味深そうにレアンドロス様は聞き入っていた。
「それでも、アティが傷つけられる可能性は残っていました。命だけが無事でも、私にとってはそれでは意味がない。アティを無傷で助けたかった。アティに痛い思いや怖い思いをさせたくなかった。ただそれだけだったんです。
もし、賊を捕まえられたところで、アティに治らない傷がつけられたとしたら、私はレアンドロス様を恨んでしまう。例えそれが理不尽だとしても。
自分も参加していたのなら自分の事は恨めども、貴方を恨む事にはならない」
私は、言いたかった事を全て言い終わり息をつく。
彼に対して遠慮せずモノを言うのは勇気がいった。彼はなんでも見通してしまう。
だから辺境伯が務まるのだ。
全てを言い終わって、私は彼の顔を真っすぐに見上げた。
私は彼を信頼していないワケじゃない。
私は私をより信じていただけだ。
彼は、私から少し視線を外すと、左頬にある傷をスッと指でなぞる。
そして、ふぅむと一つ変な声を出した。
「本当に勿体ないな」
そんな言葉と共に。
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