第53話 愛しい子が帰ってきた。
「待て!!!」
物凄い怒声が、私の背中に叩きつけられた。
この声は……
ゆっくり振り返ると、そこには肩で息をしたレアンドロス様が立っていた。
印を見つけてくれたんだな。
それに銃声。それでこの場所が分かったんだろう。思ったより早かった。
その後ろでは、彼と一緒に救出作戦に出た騎士たちが、先ほど私が戦闘不能にした奴らを捕まえていた。
「お前は……」
彼は私の顔を見て、衝撃を受けたような表情をした。
しまった。いけない。
彼は幼い頃の本物のセルギオスを知ってる。多分、幼い頃のセルギオスと男装した私の顔は似ている筈だ。
私はすぐに腕で顔を隠して彼に背中を向ける。
「少し離れた場所、藪が茂る木の根元にアティが隠れてる!! 歌っているから耳を澄ませば場所は分かる! すぐに助けてあげてくれ!!」
私はそれだけを叫んですぐさま森の中へと駆け込んだ。
「待つんだ!!」
後ろからそう声を掛けられる。
待てと言われて待つヤツいるか!!
私は脱兎のごとく森の中を駆けだし、自分の馬の元へと急いで戻ると、そのまま馬に乗って森の中を駆け抜けた。
***
レアンドロス様とアティたちが戻る前に屋敷へと戻った。
その頃には、日が暮れて真っ暗になっていた。
馬を厩舎に戻してからそっと屋敷の中に入ると、屋敷の中はまだ騒然としていた。
どうやら、私がいない事も気づかれていないようだったし、男装のまま屋敷の中を歩いてても誰も何も言わなかった。
部屋へと戻って着替える。そしてまた厩舎へと戻った。
今日酷使してしまった馬の手入れを始める。
馬は興奮して落ち着かなかった。
色々あったからな。可哀想な事をしてしまった。ごめんね。
それにアティ。
今日の事、トラウマになってしまったらどうしよう……なるよね。あんな怖い目にあったんだもん。ランタン事件の比じゃない。
なんで、あの子ばっかりこんな目に遭うんだ?
乙女ゲームでもそうだったのかな?
だとしたら、悪役令嬢・アティの心が歪むのも分かる。
でももしかして、その原因の一旦は、私にあるのではないだろうか。
特に、今日の出来事は完全にそうだ。
私が大奥様に歯向かわなければ、アティがこんな目に遭わなかった。
アティの為にと思ってやっている事が、間接的にアティを危険に晒してしまう。
私が彼女の側にいなければ、彼女は無事で平穏に過ごせるのかな?
馬の身体を布で拭いてた手が止まる。
もしそうなら、離れた方がいいのかもしれない。
でも。
一人じゃ去らねぇぞ。
そん時は、大奥様も地獄に道連れじゃ。
あの女がいなくなれば、少なくともアティと侯爵に変な圧力をかける人間は確実に減る。
あとは、侯爵とサミュエルとマギーが、アティを導いてくれるかもしれない。
エリックもイリアスもゼノもいる。
彼女はもう一人じゃない。
きっと、きっと大丈夫だ。
「セレーネ様! レアンドロス様がお戻りになりました!!」
厩舎に、屋敷の家人が駆け込んで来る。
帰ってきた!!
私は家人をその場に残して、屋敷の玄関の方へと走って行った。
全力で走った。屋敷の中には戻らず、そのまま屋敷の外を回って玄関へと向かう。
角を曲がった時に、少し離れた場所から屋敷に向かって馬を走らせる、十数人の男達の姿が目に入った。
「アティ!!!」
先頭の馬に乗る巨体と、その前に座った小さな影を見つけた。
暗くてよく見えなかったけど間違える筈はない。
巨体の人物──レアンドロス様は馬から降りて、その次に小さい影──アティを地面へと下ろす。
地面に足をつけたアティは、すぐさまダッシュして私の方へと駆けてきた。
「おかあさま!!!」
アティが腕を広げて走ってくる。途中で泣き出してしまっていた。
私は彼女の目の前で膝からスライディングして、そのままの勢いで胸に飛び込んできたアティの身体をぎゅうっと抱きしめた。
「アティ……良かった。無事で本当に良かった……」
やっと、ちゃんとアティを抱き締められた。怖かっただろうに。置いてきてしまって本当にごめんね。怖い思いをさせてしまって本当にごめんね。
アティ。本当に、ごめんね。
私の胸に顔を埋めて、アティは大声でずっと泣き続けた。
疲れて眠るまで、ずっと泣き続けた。
***
疲れて眠り込んだアティを、彼女の部屋のベッドに寝かせた。
顔を腫らして眠るアティの前髪を、そっと掻き分ける。
その顔は、穏やかだった。
「少しお休みください」
後ろで控えていた
「そうだね……そろそろ、離れないとね」
私は名残惜しくて、それでもそう呟いて、アティの額にそっと口付けて立ち上がった。
そして、マギーに少しだけ頭を下げて、部屋を出て行こうとする。
「……何か、変な事を考えていませんか?」
そんな背中に、マギーが問いかけてきた。
「変な事なんかじゃないよ」
私は、振り返らずにそう答える。
彼女からの返答がないので、そのまま扉を出て扉を閉めようとした。
「変な事考えているようだったら、また私がアティ様を独占してしまいますからね。誰にも指一本触れさせませんよ」
閉め際にそんな声が聞こえたが、そのまま閉じる。
「それは心強いな」
扉に向かって、そう小さく呟いた。
自分の部屋に戻ろうと廊下を曲がると、そこにはレアンドロス様が立っていた。壁に背中を預けて。
私の姿を確認すると、よっこいしょと身体を起こす。
「セレーネ殿。少し話がある」
そう言うと、彼は私に背を向けて、私がいる方向とは反対側に歩き出した。
ついて来いという事か。
私は大人しく、彼の後をついて行った。
レアンドロス様はとある部屋に入り、私を手招きする。
そこへ入り、入り口のところに立つ彼の横を通り過ぎて部屋の中心へと行く。
部屋の扉をゆっくりと閉めた彼へと振り返った。
「セレーネ殿。俺は屋敷にいろと言っておいた筈だ」
単刀直入に本題に入るレアンドロス様。
やっぱり。あそこに居た人物が私であると気づいたんだ。
私は小首を傾げる。
「いましたよ。落ち着かないので、エリックたちを見舞った後、ずっと厩舎にいました」
顔に何の表情も浮かべず、嘘をついた。
そんな私を見て、彼は渋い顔をする。
「そんなサラリと嘘がつけるようになっちまったのか」
頭をボリボリと掻いてため息をついた。
「嘘? 何のことですか?」
私はレアンドロス様が何を言っているのかと分からない風を装う。
顔を見られたのは一瞬だった。確信があるワケじゃない筈。シラを切り通す。
「……流石に、セレーネ殿の顔を見間違えるワケはないだろう」
あくまで、彼はあそこにいたのが私だと言いたいのか。でも、そんなに簡単には尻尾は出さないぞ。
「何をおっしゃってるのか分かりかねますが……見間違う事もあるかと。レアンドロス様と何年お会いしてなかったと思います?」
私は笑って彼の言葉をかわそうとした。
少なくとも、レヴァンと離婚して以来は会ってない。むしろ、見間違う可能性の方が高いだろう。
しかも、その時私は男装していたのだ。顔をマジマジと見られたのならいざ知らず。
「あくまで、アレは自分じゃない、と言うつもりなのか……」
レアンドロス様は、盛大なため息をまた一つつく。そして、急に厳しい表情に変貌して、懐から布に包まれた棒状のものを取り出した。
手に持って、布を取り去る。
それを見て、私の体が勝手に反応して硬直してしまった。
それは、一本のナイフだった。
私が、最後の賊の
「これは、賊の足に刺さってた。ここに、紋章が入ってるのは知ってるな?」
彼は、ナイフの柄の部分を示す。
木製の柄の先端に、真鍮製の紋章が付けられていた。そう、ウチの実家の紋章が。
「お前がコレを知らないワケはないよな」
足元に放り投げられたそのナイフは、私の物である事を示していた。
流石に、言葉が出なかった。
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