第52話 賊を討伐した。(※暴力・残酷表現注意)

 幸い山から吹き下ろす風が木々をさざめかせており、ある程度の音は消してくれていた。


 森の中にいる一人の方へと、スルスルと近寄って行く。

 バカだな。森の方に背を向けてどうすんだ。

 他の人間の位置を確認する。もう少し下がろう。今の位置では、他の人間に見つかる可能性が高い。

 後ろに下がり、私は着ていた外套の端を破いて簡易的な縄を何本も作る。

 そして、木の枝を投げた。

 ガサリという音を立てて、地面に落ちる枝。

「なんだ?」

 その音に気付いた森の中にいた男が、振り向いて音の出どころの方へと歩いてきた。

 息を殺して木の陰に潜む私の横を通り過ぎ──

 彼の後ろに素早く回り込み、首元にナイフを突きつけて木の影に引きずり込んだ。

「おい、どうした?」

 音に気付いたのか、焚火のそばにいる人物から声がかかる。

「イノシシだと言え。でないと殺す」

 私は、捕まえた男の耳元でそっと囁く。

「い……イノシシだったよ!」

 私にナイフを突きつけられた男が、引きつった声でそう叫んだ。

 その瞬間、私はヤツの後頭部をぶん殴り地面に引きずり倒す。呻いている間に後ろ手に縛りあげ、さるぐつわをかませた。

 最後に足を縛り上げて、足の一部を浅くナイフで斬りつけた。血がダラリと流れてくる。

「森の中で下手に騒がない方がいい。血の匂いをさせながら唸り声なんかを上げると、熊が弱った獲物がいるんだと勘違いして襲いに来るぞ」

 彼の耳にそっとそう告げた。

 彼は顔を真っ青にして木の根元で縮こまった。


 次。

 私はなるべく音をたてないように横へと移動する。森の中で警戒しているもう一人から目を離さず。

「イノシシか。食えるのかな」

 ソイツは、かすかに音のする方向──私の方を見て銃を構えている。

 なるほど。いいね。

 私は、木の枝を拾って、少し離れた所に投げた。

「そこか!」

 ヤツが猟銃をぶっぱなす。

 激しい破裂音が森の中に響き渡った。

「ウゥ!」

 私はわざと声をあげる。獣が撃たれたような変な声を。

「やったか!?」

 銃を撃ったヤツは、嬉しそうに森の中へと分け入ってきた。

 着弾した辺りをガサガサ探しているその後ろへと回り込み

「そうだよ。おめでとう」

 そう囁いて彼の首元にナイフをあてがってあげた。

 彼の後頭部を殴りつけ、最初の一人と同じようにして地面に転がした。


 ヨシ。銃が手に入ったぞ。

 と、いっても。私は銃の扱いは苦手なんだよなぁ。

 しかし、これで出来る事もある。


 私はアティ側へと森の中を移動する。そして、地面に伏して這った状態のまま銃を構えた。

 そして、その引き金を引く。

 物凄い破裂音がし、銃弾が命中した。

 馬が繋がれた、木の根元に。


 馬たちがそれに驚いていなないた。

 簡易的に木の枝に繋がれた手綱が引っ張られ、枝ごと折れる。

 混乱した馬が暴れ出して逃げまどい始めた。

「誰だ!? なんだ!?」

 暴れ出した馬を落ち着かせようと、男たちが逃げた馬の方へと慌てて走る。

 アティが縛られている方とは反対方面だ。


 チャンス!

 私はすかさずアティに走り寄る。素早く彼女の身体を攫うように抱いて、森の中へと戻った。

「誰かいるぞ!!」

 後ろでそんな声が聞こえる。悠長に待たずに急いでその場から離れた。

「少女がいない!」

 アティが消えた事に気づいたやつらが、何やらガサガサと音を立てている。森の中に入ってきたかな。


 私は離れた所──先程見つけた木と藪が深く生い茂る場所を分け入ってアティをおろし、手を縛っていた縄を切ってあげる。

 そしてさるぐつわをはずした。

「……!!!」

 声にならない声を上げ、アティは私の首にガッチリと抱き着いてきた。

「覚えているかな。セルギオスだよ。怖かったね。もう大丈夫」

 私は声を抑えつつ、そうアティに囁きかける。そして、恐怖にガタガタと震える彼女を抱きしめて、そっとその背中をさすってあげた。


 しかし。このままアティを抱いて走って逃げる事は無理だ。

 向うは銃を持っているし、狙撃されたらひとたまりもない。

 片付けるか。

 アティは助け出したし。彼女が人質に取られる事はない。

 私はアティを、幹が抉れて凹む木の根元にそっと押し込む。

「アティ。ここで大人しく待っててくれるかな?」

 私がそう優しく声をかけるが、彼女は首をブンブンと横に振った。だよね。置いていかれたら怖いよね。

「でも、ここにずっといたら、あの怖い人たちにやられちゃうんだ」

 私は声を押し殺したまま、それでもアティが安心できるように落ち着いた声でしゃべりかける。

 男たちがすぐそばまで迫ってきている。ゆっくりはしてられない。風があって木々のざわめきが音を多少消してくれるとはいえ、ずっと隠れてはいれない。

 私から離れないように手を伸ばそうとするアティをなんとか引き離し、私は外套を彼女に頭からかぶせる。

「じゃあね、耳をふさいで、小さい声で歌うといいよ。大好きな歌、あったよね?」

 それは子守歌。

 彼女は無意識に歌うけど、それは亡くなったアティの母親が、彼女の為に歌って聞かせていた歌。

「はじまりは、どんなだっけ?」

 私はそう語りかけつつ、少し離れる。少し分かれてしまった薮を元に戻した。こうすれば、アティはもう見えない。外套を頭からかぶせてあげたので、アティからも私の姿が見えていない。

 アティが、小声で歌い出したのが聞こえて来た。

「私が戻るまで、ずっと歌っててね」

 私は地面に這いつくばって匍匐ほふく前進し、出来るだけアティから離れる。

 銃を構えてこちらへと少しずつ近づいてきた男に狙いを定め、引き金に指をかけた。


 ぶっぱなす!

 しかし当たらなかった。想定内! 私はそんなに上手くない!!

 しかし、銃声に驚いた男が怯んで頭を下げた。

 その瞬間、コッキングしながら草むらから走り出て、相手の頭を銃で殴りつける。

「ぐあぅ!」

 横に転がる男の太ももに銃をつきつけて

「この距離なら外さないよ」

 引き金を引いた。


 男は悲鳴をあげて足をおさえ、その場にうずくまる。

 取り落した猟銃を持っていたものと交換して、前の銃は遠くへ投げ捨てる。そしてすぐにその場で腰を落として場所を移動した。

「どうした!?」

 男の悲鳴を聞いて、もう一人が男がうずくまる男の方へと近寄ってきた。

 息を殺して草むらで待ち構える。

 近くを通り過ぎた瞬間──彼の足を後ろからナイフで切りつけた。

「ぎゃあ!!」

 相手の足裏の腱を断裂して戦闘不能にした。


 なんだか酷く冷静だ。熊狩りをしている時みたいな気分。相手は人間なのに。私、おかしくなったのかな?

 そうかもれない。アティが攫われて、正常でいられるワケがない。

 ここからでは聞こえない筈の、アティの歌声が聞こえる。

 やっぱり、頭おかしくなったのかも。


 あと三人。

 次。


 残りの三人は、焚火のそばから動いていなかった。

 一人が馬の手綱を握り、二人が森の方を警戒している。馬の方にいる人物は、両手で馬の手綱を掴んでいる為、銃を持っていない。

 森を見ている二人は猟銃を両手に持って構えていた。

 銃が邪魔だなぁ。

 さすがに正面から行っては避け切れない。


 しゃがみながらある程度彼らに接近し、また地面に伏せて匍匐ほふく前進。そして銃を構えた。

 狙って引き金を引く。

 再度馬の傍に着弾させた。

 驚いて大暴れする馬。

「ヤバイぞ!!」

 手綱を持っていた男は、馬に蹴られまいと距離をとった。

 森を警戒していた二人が、馬の方へと反射的に振り返る。


 その瞬間を狙い、私は銃を捨てて躍り出た。

 鞘ごと剣を振りかぶる。

 一人の男の鎖骨に向かって、鋭く剣を振り下ろした。

 剣の鞘が男の肩にメリ込んだ手応えで、骨が折れた事を感じた。

 そいつがよろけて地面に倒れるのを見送らず、すぐさまもう一人の男の方へと身体ごと振り返る。

 もう一人の男は、銃を私の方へと向けており、今まさに引き金を引こうとしていた。

 躊躇なく一歩踏み出し男に肉迫する。

 手で押して猟銃の向きを変えた瞬間、銃弾が飛んだが明後日の方の闇へと消えていった。

 左耳が激しい破裂音で一瞬音を失う。しかし怯まず、そのままの勢いで私は男の腹に前蹴りを叩き込んだ。

 私のような体重の軽い女が、男の身体を吹き飛ばそうとした時に、一番有効なのがこの前蹴りだ。横から払うより勢いをつけて前に押した方が体重が乗せられるから。

 しかも、相手の一番の弱点、腹を狙う事ができる。

「ごふぅっ!」

 蹴りを叩き込まれた男が、空気を変な声とともに吐き出して後ろへと尻餅をつく。

 私は続けざまに、そいつのスネに向かって思いっきり剣を振り下ろした。

 鈍い、骨が折れた音がした。


 鎖骨を折ってやった男が逃げないように足の腱を切る。何の感情も浮かなかった。

 物凄い悲鳴をあげながら地面を転がる男らを見下ろし、そいつらが手放した森の奥の方へと投げ捨てる。


 ラスト。

 最後の男は固まっていた。

 なんとか馬を捕まえたのか、その手綱を掴んだまま、私を恐怖の表情で凝視していた。

「誰の差し金?」

 私は一応、聞いてみる。分かってはいるけれど、言質げんちは取らないとね。

 しかし、彼は何も言わない。

「どこの貴族の私兵?」

 再度問う。剣から鞘をはずし、だらりと下げて。一歩ずつ、近寄りながら。

「ひぃ!!」

 彼が、手綱から手を放して逃げ出す。

 しかし私は冷静に、ナイフを抜き放って投げた。

 彼の脹脛ふくらはぎに命中し、足を刺された彼は地面へと突っ伏した。

「もう一度聞くね。誰に頼まれた?」

 それでも、地面を這いずって逃げようとする男。

 彼の近くへと辿り着いて、彼の喉元に剣先を突きつけた。

「凄い忠誠心だけれど。それって、命よりも大事?」

 私は、彼の足に刺さったナイフを、剣先でちょっと動かす。

「うがぁ!!」

 痛みに呻く男。痛いよね。分かるよ。

「最後のチャンスだよ。名前を言って」

 優しくそう問うと、彼は恐怖で濁った眼で私を見上げ、そして震える唇で名前を告げた。

「カラマンリス夫人と……ハジダキス伯爵……」

 やっぱり。大奥様か。

 あの女。どうしてくれよう。


 言質げんちは取れたので、ソイツはそのままにしておこうと思った時だった。

 彼が私を恐れて腕で顔をかばった瞬間──その腕に、小さな歯形がついている事に気がついた。

 あれはもしかして、エリックが噛み付いた跡?

 と言う事は……

「お前がエリックを殴ったのか」


 エリックの嗚咽が耳に蘇る。

 必死に我慢して、私に泣きながら謝った彼の泣き顔が──

 頭にサッと血が昇った。


「お前を許さない」

 私は、手にした剣を振り上げた。

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