第51話 やっぱり助けに行った。
寝泊りしている客間に戻り、着替える。
勿論男装だ。
いざという時が来なければいいと思っていたけれど、一応念のため持ってきておいた。剣も一緒に。
素早く着替えて、すぐさま厩舎へと向かう。
そして馬を勝手に借りて、レアンドロス様たちが向かった方向へと向かった。
闇雲に進まず、真新しい馬の足跡を追う。
森の中の少し開けたところで、馬の足跡が乱れてぐちゃぐちゃになった地面を見つけた。
ここが、襲撃の現場だな。
まわりにはもうレアンドロス様たちはいなかった。
きっと、ここから展開してアティを探しに行ったのだろう。
私は人間の足跡を探しつつ、周囲の地理の事を思い出していた。
屋敷から湖までは、今いるこの森を抜ける。この森は私の家の領地とメルクーリ領を隔てる山脈の麓を、這うように横に広がっている。
山脈は険しく山越えは簡単にはできない。一応山道はあるけれど、それはもっと北に迂回しなければならない。
本来、アティの命を狙ったんであれば、その場ですぐ殺せば済む話だった筈。
だけどその場では殺さず攫ったという事は、アティの命が目的ではないんだ。
だから、向かうとしたら、南。鉄道駅がある方面。
当初、私を家に留まらせるアティを亡き者にしようと企んだのかと思った。
でも違うようだ。
流石に、幼いアティを殺す事には抵抗があったのか。
この真犯人が大奥様だとしたら──
アティを無事に侯爵に戻すとした時。
アティを攫って、他の貴族に『救出された』というテイを取る芝居をとるかな。カラマンリス侯爵に恩を売りたい貴族など、それこそ履いて捨てる程いる筈。
その貴族と通じてアティを救出したテイをとり、元夫とヨロシクやっててアティを
言われるがまま私と離婚して新しい従順な女をあてがって結婚させる。
貴族は貴族でカラマンリス侯爵に恩を売って丸儲け。
晴れて万事丸く収まって、私とメルクーリ伯爵家以外は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
アティをそのまま戻さないとする時。
アティを攫って売り飛ばし、その間元夫とヨロシクやっててアティを
私自身もアティがいないので離婚に賛成するし、傷心の侯爵には新しい女をあてがうから離婚に簡単に同意するだろう。
晴れて万事丸く収まって、アティと私とメルクーリ(以下略
──とでも思ってんじゃねぇの?
今回こんな損な役回りをメルクーリ伯爵家がさせられたのは、多分レヴァンのせい。
大奥様に、恥をかかせたからだ。
メルクーリ領で事件が起これば、当然領主であるメルクーリ伯と主催者であるレヴァンが責められる。
一石二鳥を狙ったっじゃないかな。
本当に、
私は、襲撃現場から南へと向かう足跡を探す。
草が生えてよくわかりにくくなっていたので、私は地面に這いつくばって視線を落とし、草が踏み分けられている場所を探した。
──あった。
私は腰を落としてそっちの方角を入念に見定めた。よく見ると、草が新しく踏みつけられて微妙に左右に分かれ、微かな道のようになった場所があった。背の低い木の細い枝も折れている。これは馬が通った跡じゃない。高さと幅的に人間だ。
おそらく、襲撃者は馬を遠くに置いておいて、襲撃時には馬には乗っていなかったのだろう。むしろ、馬がいたら目立って待ち伏せしにくくなるし。
攫った後に、遠くに繋ぎとめていた馬に乗って逃げたか。
ふん。山育ちを舐めるなよ。
私は、開けた場所にある木に、服の裾を破いて結び付けた。
もしレアンドロス様たちがここに戻ってきたら分かるように。そして、自分もこの場所に簡単に戻って来られるように。
私は馬を引き連れ、でも乗らずに、絶えず草が踏み分けられた場所を確認しつつ、その跡を追っていった。途中、目印を残しながら。
足跡を追いつつ気配を探る。近くに野生動物はいそうだが、人間らしい気配はしなかった。
しかし。追っていて気づいた。
やっぱりどこかの貴族のお抱えの私兵たちじゃないかな。
馬の統率がとれている。これは馬に乗ってそれなりの訓練を受けた証拠だ。それに、馬の
そこらの賊では、こんなにちゃんとした
さて。跡を追って見つけたとして。
どうやってアティを救出するか。
相手は銃を持っているかもしれない。私は剣とナイフだけだ。
うん。避け切れない。
だから正面からいったらダメだ。
一人ずつおびき寄せて確実に仕留める。
追っ手がいる事を分かっている筈なので、できるだけ遠くに逃げるとは思うけれど。
アティを連れての強行軍は難しいのではないだろうか?
もし、本当にアティを『救出劇のネタ』として使うのであれば、アティにもしもがあるような事はしない筈。売り飛ばすにも、高く売りたいなら傷もつけないように気をつけるだろう。
だとしたら、暗くなってからは移動はしないな。この森にも普通に熊はいるし。
危ない事は避けると思うが……そうか、火だ。
奴ら、もしかして火を使ってないか?
それに気づいた私は、この辺で一番背の高そうな木を探す。
そしてその木をナイフを使ってなんとかよじ登った。
流石に子供の頃のようにはいかなかった。身体が
なんとか登れる限界のところまであがり、周りを見渡してみた。
少しだけ視界が開け、生い茂る木々の頭が沢山見えた。
まわりを注意深く観察し、目を凝らす。
──見つけた。
遠く、南の方角のかなり離れた場所の木々の間から、細く立ち昇る煙があった。
やっぱり。一休みするのに焚火をしたな。
これだから都会育ちの人間は。
逃げてる時に火を使うバカがどこにいる。自分の位置を知らせるようなもんじゃないか。確かに野生の動物たちは火を怖がるが、下手な熊は頭がいいから火なんて怖がらないぞ。むしろ、一度人間の味を知ってしまった熊なんて、そこに人がいると分かったら襲いに来るのに。
今回は、戦う意志が殆どないと見えるし、森の中での立ち回りが下手なように思う。
ミッションは『アティを攫ってくる事』だったんだな、ホントに。
レンジャーたちだったとしたらきっと追う事は難しかっただろうが、こいつらなら簡単に跡を追える。
私は木から降りて、先ほど煙が見えた方向へと急いだ。
***
木が燃える匂いがする。
私は、少し離れたところに馬を繋ぎ、気配を殺して匂いがする方へとゆっくり近づいていった。
途中からは這って行って、匂いと音に集中する。
目の前の草をかき分けると、少し前方に火の明かりが見えた。
そして、その周りに座る人間と馬たちも。
アティも──いた。さるぐつわを嚙まされて、木の根元に座らされている。後ろ手で縛られているよう。怯えた目で絶えず周囲をキョロキョロしていた。髪がボサボサになってる。抵抗したんだな。よく頑張ったねアティ。
あの野郎ども……ぶっ殺してやる……
その瞬間、私の殺気を感じ取ってしまったのか、奴らの馬が私の方へと視線を向けた。さすが馬。殺気には敏感だ。
私はなんとか感情を抑え込み、その場で息を殺してじっと観察した。
私から見える位置に五人。おそらく、周りを警戒して森の中に何人かいる筈。
全部で七、八人ってところか。全部確認しないとな。
確かに、アティたちの一行は釣りに向かう時、護衛は三人ぐらいしかいなかった筈。アティの護衛、エリックの護衛、ゼノの護衛の三人だ。その人数差ならあっという間に制圧されて、攫われてしまっても仕方がない。アティを速攻で捕まえられたら、対熊用に持っていたであろう猟銃も使えない。
相手の武器も確認する。五人いる人間は腰に剣をさげている。馬の横にくくりつけられた猟銃が見えた。手元には置いていないし拳銃は持ってないようだ。油断してんなぁ。
でも、さすがにこの人数を一人では倒せない。アティもいる。人質に取られたら手が出せない。
やっぱり。独りずつだな。
私は、中心部から少し距離をとりつつ、ゆっくりと横へと移動して、周辺をくまなく調べた。
森の中に二人、焚き火のところに五人。全部で七人か。
……森を利用すれば、イケる。
私は、息を殺して観察し、ジックリとチャンスを伺った。
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