第44話 家庭教師に会いに行った。

 あっという間に、サミュエルとセルギオスの会合日となった。

 会うのは夜。それまでは普通にアティと遊んだりして過ごした。


 しかし。

 夜に抜け出す事を考慮して、日中から体調が悪いフリをした。少しフラフラしつつ、時々頭を押さえたり。

 お陰で、夕方ぐらいで『すみません、体調が悪いので今日は休みます』と言って部屋に引っ込んでも、誰も怪しまなかった。

 夕飯も勿論辞退した。


 部屋に鍵をかけ、男装してから窓から脱出。

 厩舎からいつものを拝借して街まで急いだ。


 事前にそこにいくまでの時間や場所の確認をしていたので、バーに辿り着くまではすんなりいった。

 しかし、今日はバーのところには馬を繋がなかった。万が一サミュエルが見て、カラマンリス邸の馬だと気付かれたらマズイから。

 別のところにある馬を預けられる店で馬を預け、バーまで歩いた。


 日はすっかり落ちきって、街は夜特有の遠い喧騒に包まれている。ガス灯の灯が石畳を照らすが、路地はひっそりしていて暗く、あまり入らない方がいい事を予見させた。


 私は、怪しいのは分かっていて、口元を布で隠した。サミュエルと対面するのだ。完全に顔を晒した状態で会えない。流石にバレる。

 そして、バーの中へと入った。


 酒臭さと葉巻の煙で独特の匂いがする。

 酒を酌み交わす男たちの中から、サミュエルの姿を探した。

 バーの奥、こちら側を向いて席に座りワイングラスを傾けている男──いた。

 バーに入ってきた時の私を一瞥いちべつしたサミュエルは、ワイングラスをテーブルの上に置きつつ、こちらをチラチラとうかがっている。

 私はカウンターでお金を置いてグラスワインを注文し、出てきたグラスを持ってサミュエルの前へと近寄って行った。

「待たせました」

 頑張って低い声を出す。あまりハッキリ喋るとバレると思って、少し活舌悪く。

 すると、サミュエルは少し嬉しそうな顔をした後、私に席をすすめてくれた。

 なんでそんなに嬉しそうな顔すんの。普段そんな顔見た事ないわ。

「セレーネ様から聞いています。貴方が、セルギオスですか」

 彼にそう問われ、私はコクンと頷いた。

 バーに来たからにはお酒を楽しみたいところだったけど、今日は目的が違う。そもそも顔をさらせないので、ワインはテーブルに置いたまま口をつけなかった。

「……なぜ、顔を隠しているのですか」

 サミュエルから真っ当な質問。

「私は存在してはならない人間。どこに関係者がいるか分からないので顔をさらせないのです。本当のセルギオスと、顔は瓜二つですし。

 なので、侯爵様にも私の事は秘密にしておいて下さい」

 そう、言い訳した。本当は顔出したらバレるからなんだけどね。それに、侯爵にバレたら面倒くさい。

「そうですか」

 あ、納得してくれた。ホント、こういうところ彼は素直だよね。


「それで、話とは」

 私は本題に入る。彼は情報交換がしてみたいと言っていた。

 どんな情報が欲しいのか、実のところ分かっていない。もしかして、まだ悪巧わるだくみを諦めていないのかな。だとしたら素直に色々な情報を渡すのは危険だなぁ。

「セレーネ様が、アンドレウ侯の嫡男やウチのアティ様と、メルクーリ伯の息子がそのうち接点を持つ事になるだろうと仰っていた。

 その情報はどこから?」

 乙女ゲームから! と、言えたらどんなに楽か。

 私は、乙女ゲームのイベントやゲーム中に語られた設定などを思い出しつつ、中には予想を入れ込みながら口を開いた。

「独自の情報網で、その出処でどころはあかせません」

 乙女ゲームだしね。

「メルクーリ辺境伯──獅子ししはくには息子がいらっしゃらない。また新たにお子をもうけるつもりもないとこの事。

 獅子ししはくは甥のゼノ様を後継として養子に迎えようとしていらっしゃる」

 これは、乙女ゲーム中に、アホ元夫レヴァンの息子・ゼノとのイベントで語られた事だ。

 ゼノは、伯父の養子になって辺境伯を継ぐ事になっていると言ってた。

「そうなると、将来の繋がりの為に今頃から子供達同士の顔合わせが行われる。子供の頃から親しいに越した事はないですから。

 アンドレウ公の嫡男・エリック様はアティ様と婚約なされた。地盤固めが始まっている。

 宰相であるテオドラキス侯爵の嫡男は、エリック様の世話係で既に絆は出来上がっています。

 次の地盤は北西辺境──メルクーリ辺境伯の未来の義理の息子の番、という事です」

 ここは、私の予想。

 乙女ゲームではメインの攻略対象である、短絡王子エリック偏執少年イリアス、そしてゼノ。

 この三人は乙女ゲームで特有のハイスペ男子達で、将来国の中央に関わる事になる。という事は、幼少期から接点を持たせるのが普通だ。

 こうして、政治の真ん中は脈々と既存の利権が狭い世界で受け継がれていく。後から、外から有能な人間が入ろうとしても、もはやそこに入る余地はないのだ。


 そこまで語ると、サミュエルは口元に手を置いて考え込んだ。

「もしかして……」

 彼が思い至ったであろう事を先に指摘する。

「そうです。恐らく、先日メルクーリ伯からのご招待はそういう事だと」

 エリックとアティ、そしてイリアスをゼノと引き合わせる為だ。

 ……多分、そこに、下心を込めて私も呼んだのだろうな、と推測。

 本来、何か目的があるとしたら、その目的達成の邪魔になり得るので、他の思惑をそこに絡ませない方がいいんだけど、あのアホレヴァンはそこまで思い至らないのだろう。

 ついでだから☆  とか本気で思ってそう。

 あわよくば、なんて起こらねぇぞ?! させねぇぞ?!

 ホント、アイツ嫌い。離婚してから更に嫌いになった。

「何か起こる予感がします。貴方も警戒してください」

 私は、サミュエルにそう忠告した。

「それは、セレーネ様もご一緒するからか」

 彼がそう問い返す。

 ……ちょっと納得はいかなかったけれど、一応頷いた。

 みんな、私を見た物全てを壊すような人間扱いするけどさぁ。私だって何もなければ何もしないのに。しないよ? ……ちょっとしか。

「必要もないのにセレーネを呼びつけ、なのに侯爵は呼ばなかった。……誰かが裏で何かを企んでいます」

 何もないに越した事はないけれど、万が一の事も考えておかねばならない。

 万が一が起きた時、取り返しのつかない事になっては、悔やんでも悔やみきれないし。

「私も影から見守りますが、常に一緒にいる事は出来ません」

 セレーネとして行くとなると、セルギオスにふんして自由に身動き出来なくなる。

 サミュエルにも協力して貰えると、本当にありがたい。


 私は語り終わり、ワインを一口──飲もうとしたけど、そうだ。飲めないんだ。キィィィ! 飲みたいのにっ!!

 代わりに、と言った感じでサミュエルがワインをゴクリと飲み下した。ああぁぁ……羨ましいィー……

「……今後も、貴方と情報交換したいが、どうすればいい?」

 私のもたらした情報に納得がいったのか、サミュエルは今後の繋がりを希望してきた。

 うーん……それは難しいなぁ。

 会う時は色々準備が必要だしさー。

「セレーネに伝えてください。それでやり取りできます」

 ま、セルギオスセレーネやからな。

「会う事は……」

 サミュエルが更に言い募る。


「時期が来れば、またいずれ」

 私は彼に分かるように目で笑った。


 ***


 急いで帰らなきゃ!

 部屋に誰か来たら抜け出した事がバレてしまう!!

 一応、ベッドにクッション詰めて誰かが寝てるように細工はしてきたけど、触られたら一発アウトだからな!

 早く戻るに越した事はない。

 馬を走らせ大急ぎで戻った。


 なんとか屋敷に戻って馬を厩舎に戻す。

 ゴメン! 明日改めて世話しにくるからね!!


 私は窓から自分の部屋に戻ろうと屋敷の方へと走った。

 が、その時、窓の向こうに侯爵の姿があるのが見える。私は見つからないように外壁に張り付いた。

 執事と立ち話している。

「セレーネは?」

「奥様は今日は体調を崩されて部屋でお休みになっています」

「セレーネが……体調不良?」

 何、その意外そうな声。どういう意味じゃコラ。

「悪いのか?」

「いえ、寝ていれば治ると仰っておりましたので」

 うん。そう言ったね。屋敷の医者にかかったら仮病がバレそうだったし。

「何かあったらどうするのだ」

「しかし、そっとしておいてくれと言われましたので……」

「セレーネがそんな殊勝な事を言ったのか?! 随分酷いんじゃないのか?」

 オイ、コラ。マジでどういう意味だ。私だってたまには健気な事言うぞ?! たまには、な。

「旦那様! どちらへ?!」

「セレーネの部屋だ」

 執事に声をかけられつつ、侯爵は足早に廊下を歩き出した。

 マズイ! 部屋に来る!!

 部屋は外からも鍵をあけられるようになってるんだ! 居ないのがバレる!!


 私は慌てて自分の部屋の方へと全速力で走って行った。

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