第43話 何か物事が動き始めた。
ちょっと待ってマジでどうしよう。
勿論断るのもアリだろう。何せ、彼はウチの一族の秘匿(というテイ)なのだから。
でも、彼から正しい情報を引き出す為の、交換条件でもあり正当な彼の取引材料に思う。
私から彼に利益をもたらせていない。
そろそろ彼に利益を与えないとフェアじゃないし、いつ心変わりされて嘘を教えられるか分からない。
しかし……会わせようにも、会わせ方にも問題がある。彼がセルギオスです☆ と、隣に立たせて紹介出来ないし。私と同一人物やねん。
ああ! 忍者に生まれたかった! そうしたら分身の術が使えたかもしれないのに!!
もしくはコピー的なロボット。アレ、子供心に本当に欲しかったなぁ。便利じゃね? 記憶まで共有できるんだから──って! 現実逃避してる場合ちゃう!
どうしよう!!
そんなこんなで色々悩んでいる時だった。
あのアホ元夫・レヴァンから、カラマンリス邸に正式なお誘いがあった。
『夏前に、薄紫の花が咲き乱れる木の群生地があるのでそこにご招待したい、是非に』
と。
夏前に薄紫に咲き乱れる木とは、色の違う桜のような木だ。メルクーリ伯爵領にある場所で、私も幼い頃に行ったことがある。
それは見事で美しく圧倒的だったのを覚えている。桜に慣れ親しんだ私からすると、樹木いっぱいに咲き乱れる薄紫から薄い青紫の木の海は、脳が揺さぶられるほどの衝撃だった。本当に、震えるほど美しかった。
しかし、このお誘い、曲者だ。
『アティ』と婚約者の『エリック』、そして良ければその母上も、との事。
侯爵は呼ばれなかった。
一応、建前は『エリックとアティの婚約祝い』。私が呼ばれたのは、婚約締結の時にその場にいなかったから、だそうなのだが、敢えて侯爵を外したことに、濃密な意図を感じる。
勿論、社会見学も兼ねているからと、
父親が同行出来ないってどないやねん。
もう、なんかの下心丸出しやんか。
行きたくねぇ……
絶対、絶対大奥様も一枚噛んでる。
でも、理由が分からなかった。
侯爵を敢えて外す意図。
なんか……また大一波乱あるわ。絶対。
サミュエルとセルギオスの件もあるってーのに。クッソめんどくせぇ。
エリックとアティ、そしてイリアスに、あの薄紫の木の群生地を見せる事は大いに賛成だ。
あの場所は本当に美しい。北の方にしか咲かない木だし、特にアティは気に入ってくれると思う。
また、その群生地の近くにあるメルクーリ伯爵の別荘は、騎馬たちの牧場も兼ねている。
最近馬に興味を持ってくれたアティや、エリックにも馬についてを教える絶好の場所だ。
悩ましい……本当に悩ましい。
アティやエリック達のためには一緒に行きたい。是非にでも行きたい。
でも……またあの
──あ。
でも、そうか。
ゼノに、会えるんだ。
ゼノか。
彼は今幾つだろう? 確か、エリックよりは上、イリアスよりは下だから……七、八歳か。可愛いだろうな。彼の幼少の頃に会えるんだ。
しかも。
これが、エリックとゼノの出会いになる可能性がメチャクチャ高い。
もしかして、乙女ゲームでの二人の出会いも、こんなイベントだったのかな?
……こんな穏やかな話だったかな……なんか、違和感があるんだよな。
どうするか早急に答えを出さないとな。
悩ましい……
私はそうして、暫く眠れぬ夜を過ごす──ワケはなく、アティの頭皮の匂いを嗅ぎながら、それによる穏やかで健やかな眠りを貪り続けた。
アティの匂いは素晴らしい睡眠導入剤だね!
***
「セルギオスから許可が出ました。会えますよ」
ある日、アティの授業が終わった後、帰り支度をしている
その言葉を聞くと、サミュエルは嬉しそうな顔で振り向いた。
……なんで、そんなに喜ぶの?
「いつだ?!」
そんなに会いたかったの?!
「今度の休日。街で」
流石に、ここで会うわけにはいかない。どこで誰に見られるかも分からないし、まかり間違って
「その場には私はご一緒できません。なので、彼と待ち合わせてください」
じゃないと無理だしね。その場で即変身☆ とか、無理中の無理。
「しかし、俺は彼の姿をよく知らない」
サミュエルは視線を宙に泳がせながらそう
まぁそうだよね。最初は遠目、次は背中越しだったし。
「大丈夫です。彼は貴方が分かります。彼から声をかけますので、所定の場所で待っていて頂ければ問題ありません」
私の方はサミュエルが分かるから大丈夫!!
壁ドンした仲だし!
とはいえ。
実は、私はこの近くの街のこと、全然知らないんだよね。
なんせ、行ったことが殆どないから。
「所定の場所とは?」
ね。どうしよう。
「場所は貴方の都合のいい場所で構わないそうです」
知らんしね。
サミュエルは、口元に手を当てて少し考える。
「町に『
バー!
バー!!
実は、バーってあんまり行った事ないんだよね! 実家の領地内のは何度か行ったことあるけど、なんか大衆飯屋って感じだったし。多分街のバーとは違うよね?! ヤバ楽しみ!!
思わずニヤリと笑ってしまったら、
いかん。思いっきり顔に出ちゃった。
「分かりました。セルギオスに伝えます」
コホンと一つ咳払いをして、真面目さを取り繕って頷いた。
***
流石に待ち合わせ当日いきなり行くのは行き当たりばったり過ぎるので、事前に調査しておく事にした。
行くまでにかかる時間、場所、そしてバーの中の作りなど。
しかし、流石に『街に行く』と言ったら護衛や同伴者が付いてしまう。
正直、一人で行きたかった。
アティは勉強時間、エリックが来ない日、そして侯爵がいない日の日中を狙って、出掛ける事とした。
秘密にしようかどうしようか考えたけれど、今回はちゃんと出掛ける旨を家人たちに伝えた。
『屋敷に閉じ込められて息が詰まったので遠乗り行ってくる』と。
馬術服に着替えて、いつもの子を厩務員さんに借りた。街に辿り着く前には男装する。流石に、高そうな乗馬服を着た女が一人で街を歩くのは危険だ。
そういえば。
いつも借りるこの
気に入ったので、実は毎日お世話しに来ていたりした。
厩務員の方とはそこで仲良くなったし。かなりの御年配の方で、聞いたら先々代から仕えてるんだって。
侯爵はあまり馬には乗ったりしないので寂しかったが、私が来て時々乗ったりするので嬉しいそうだ。
馬たちも喜んでいるといってくれた。
確かに、侯爵家には車があるからね。まだ世の中は馬が主流だけど、便利さでいったら車には敵わない。
私は馬の方が好きだけどね。
そんな感じで家を出て、途中で男装した。
お陰で荷物がちょっと多くなって面倒だったけど、こればっかりは仕方ない。
しかし、正直男装姿の方が気が楽だ。
お
女には常に周りから『丁寧であれ』という無言の圧力と独特の空気がまとわりつく。
男と同じ口調にしただけで『その口の利き方は何だ』と
お前と同じ口調なだけじゃボケ、って事はお前の口の利き方がどうなんだ、他人に押し付けるなら自分もせぇや、と、何度思った事か。
イチイチ突っかかってたらマトモに会話することもままならないから、普段はちゃんとしてるけどね。
ホント、マジで堅苦しくて息が詰まる。
馬を軽快に走らせていると、そのうち先の方に街が見えてきた。期待で血湧き肉躍る!
そういえば、ここにサミュエルは住んでるんだよな。なんで屋敷に住み込みにしないのかな? 平日は毎日通ってくるのに。面倒くさくないのかな? 確か、乗合バスで途中まで来て、そこから徒歩だよね。面倒臭いよね?
そんな事を考えていると、街まで到着した。
正直楽しみで楽しみで、膝が震えるほどだった。
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