第42話 次の攻略対象について相談した。

 またアティの周りが慌ただしくなってきたなぁ。

 あ、いや違うか。私の周りか。


 周りは『事を荒立てるな』と言う。

 でもそれは、不平不満があっても黙って従え、という事ではないのだろうか?

 でも、私は降りかかる火の粉を払い除けているだけだ。

 黙って火傷しろというのか?

 黙ってアティが火傷しているのを見てろと言うのか? そんなん無理に決まっておろーがッ! アティの玉のお肌にかすり傷でもできようもんなら、もうそんなの世界の損失だろうがッ!!


 ただ、確かに──もっと上手く、立ち回るべきなのかも。正面からぶつかれば風当たりは当然強くなる。だから、裏から色々動く必要があるのか。

 だとしたら、情報が、足りない。

 まだまだ味方も少ない私では、圧倒的に情報が足りない。


「と、いうワケで。色んな悪だくみの為に情報収集してそうな貴方にご相談があるのです」

「助けを求めてるならもっと低姿勢であるべきじゃないのか……?」

 私の物言いに不満タラタラな家庭教師サミュエルが、ゲンナリとした声でそうボヤいた。


 大奥様、レヴァン、そして侯爵と一悶着ひともんちゃくあった日の後、いつも通りアティに勉強を教えに来たサミュエルに、休日も相談があるからと屋敷への来訪をお願いした。


 そして、来てくれたのが今日。

 休みの日なので、家庭教師サミュエルはいつものスーツとは違う、少しラフな格好をしていた。

 また、いつもだと来ない日にサミュエルが来てくれた事がよほど嬉しかったのか、サミュエルを見たアティは、ほっぺたを真っ赤にして興奮し、喜んで飛び跳ねていた。可愛い。そんなにジャンプしたら羽が生えて飛んじゃうぞっ! すぐ捕まえちゃうけどなっ!! これ、前も言った気がする! うん! でも、毎日思ってるからねっ!!


 そういえば。

 サミュエルを招いた事は、勿論侯爵にも伝えた。それを聞いた彼は、また微妙ビミョーな顔をしていた。

 ……また、サミュエルとの浮気を疑ってるんじゃないだろうな。

 なんか、信用されてないんだよなぁ。

 浮気相手をこんなに堂々と招く胆力たんりょくは私にはねぇぞ。……多分。


 今日はアティは子守頭マギーが見ててくれている。ナイフの扱い方を教えている事を伝えたら、これまた苦虫を噛み潰したかのような嫌ァな顔をされた。

 なんでそんな顔すんの。流石の私だって傷つくぞコラ。

 でも、彼女は別に不平不満は言わず『貴女にしてはマシな事ですね』と、ナイフの扱いの練習をアティにさせる事を引き受けてくれた。

 ……どう言う意味だったんだろうか。嫌味だったのかな。


 今は、バラ園の東屋あずまやのところでサミュエルと密談──違った、相談していた。

 アティの周りには、まだまだ危険がいっぱいだ。変な圧力を掛けてくる奴らもいるし。

 それと、もう一つ心配している事があるのだ。

「サミュエルは、メルクーリ伯爵のことはご存知ですか?」

 私は、ついこの間ここでアホヅラさらした元夫の事を尋ねる。

 彼はコクンと頷いた。

「勿論。お前に関わる事はある程度調べたからな。お前の元夫だろう?」

 やっぱりな。まぁ、私の事を初対面に罵倒するぐらいだから、罵倒する為のネタは仕込むよね。


 そう、その元夫が──正確に言うと、その息子が、私の現在の懸念事項だった。


 乙女ゲームでは、短絡王子エリック偏愛野郎イリアスの他に、もう一人メイン攻略対象がいる。

 ソイツは、幼い頃にエリックと出会い、イリアスと同じく将来片腕となる騎士だ。


 ゼノ・スピロス・メルクーリ


 私の元夫、レヴァンの息子。

 私と別れた後に再婚した相手との子供。

 そして、私が乙女ゲームの中で唯一好きになった騎士。


 ゼノ──彼の事が好きだった。

 陽に透かすと真っ赤に燃える褐色の髪と翡翠のような美しい翠の瞳グリーンアイ。気さくで少し不器用で、豪胆でおおらか。

 様々な物事に追い詰められていた前世の私は、そんな二次元の彼に物凄く癒されたのだ。

 だから──それによく似たレヴァンに無意識に淡い好意を抱いた。結婚にも異論はなかった。

 ま、その好意も、結婚後に木っ端微塵にされたがな。


 スッゴイ複雑な気分ー。元夫の息子を好きだったとかァー。よくよく考えるとマジで変な気分ー。

 ゼノがレヴァンの息子だという事に気づいたのは、侯爵と結婚して、ここが乙女ゲームの世界だって気づいた後だったけど。

 だから、ホント、現在進行形で変な気分ー。


 さて。

 そんな複雑な関係はいいとして。

 問題は、彼がどうエリックとアティに関わるようになったか、だ。

 あの男の息子だ。

 乙女ゲームでは見えなかった何かがあるかも知れない。

 それに、エリックとの出会いとなる出来事も気になる。


 アティの未来は変わりつつある。

 それが、これからの出来事にどう影響するのか分からない。

 だから、分かる情報は先に仕入れておきたい。


「では、メルクーリ伯爵の嫡男の事は知っていますか?」

 私は、まずは彼──ゼノの事はあまり知らない素振りでサミュエルに尋ねる。

 彼は首を捻って視線を泳がせ、自分の記憶をまさぐっているようだった。

「ああ、確かいたな。名前までは分からないが」

 まぁ、あんまり関係ないところまでは調べないよね。

「では、メルクーリ伯爵とアンドレウ公爵に、繋がりがあるかどうかはご存知ですか?」

 今この時、彼らに繋がりがあるかどうかが知りたい。

「アンドレウ公爵と?」

 また彼は首を捻る。頭を軽く左右に振って首をコキコキ鳴らしていた。どうでもいいけど肩凝り酷そうだなぁ。

「全くないワケではない筈だが……メルクーリ伯爵家は北西辺境伯だ。ええと。もともとお前の元夫は末子で辺境伯は兄が継いでいる筈。そこは勿論アンドレウ公爵との強い繋がりがあるな。

 ただ、お前の元夫となると、少し話は違ってくると思うが」

 そこまで言うと、彼はポケットから小さなメモ帳を取り出してパラパラめくる。

「……ああ、お前の元夫となると、中央とは少し疎遠だな。外国遠征の為あまり直接の繋がりを持ってないようだし。

 まぁ、そこら辺の政治の話は、どうやら兄に任せっきりなんだな」

 ……前から気になってたけど、そのメモ何が書いてあんの? 人を脅迫する為のネタ帳?

「ただ……そうか。辺境伯のところには子供がいないんだな。だから、メルクーリ伯爵の嫡子が、辺境伯を継ぐのではないかと噂されている」

 ああ、なるほど。

 だから本来本家ではない筈のゼノが、辺境伯としてエリックの片腕になるのか。

 まぁ、乙女ゲーム中ではまだ辺境伯にはなってなかったけど、エンディング後月日が経つとそうなってる設定だったなぁ。

 少しずつ思い出して来たぞ。


 ただ、それは単にゼノの立場の話だ。

 今の言葉の様子だと、現時点でエリックとの接点はなさそう。

 どこで出会うんだ?

 ゼノは、乙女ゲームのイベントとかで、何か言ってなかったかな……


「……で」

 私が頭を抱えて記憶をほじくり返そうと躍起になっている時、ふと、サミュエルが言葉を漏らす。

「そんな事を聞いてどうするんだ?」

 メモ帳を閉じて、悩む私の顔を真っ直ぐに見つめて来ていた。

 まるで、私の真意を探るかのように。

「さっき『相談』と言っていただろう。俺から情報が欲しいだけなら、そんな言い方はしないよな?」

 おおう、いいトコ突いてくるな。

 さすが、悪役。あ、元か。

「ご存知の通り、メルクーリ伯爵は面倒くさ──扱いにくい立場にいます。カランリス侯爵からすると」

「まぁ、お前のせいだがな」

 そのツッコミいらなーい。

「今回は正面からいらっしゃいましたが、どうやら別の線から接触があるのではないかという情報が入ったのです」

「どこから?」

 前世から、とは流石に言えない。

「……もう一人の、兄から」

 そう言うと、サミュエルは少し難しい顔をした。お、まさか疑ってるのか? 存在を。

 ま、確かに。実在しないからな、もう一人の兄なんて。セルギオスは私や。

「……お前の兄は、普段どこにいるんだ?」

 サミュエルからの素朴な疑問。

 あー! だよねー! そこ不思議に思うよねー! 私もあんまりソコ考えてなかったー!

「私の近くにいたり、実家に戻ったり町にいたり。あまり一箇所にジッとはしておりません。存在を知られてはならないので」

 私は、今思いついた事を、さも事実であるかのように真剣に話す。

「兄の話によると、いつかは分からないけれど、エリックやアティと、メルクーリ伯爵の息子が、接触する可能性がありそうだ、と」

 接触はあるよ。確実に。

 いつかは知らんけど。明日かもしれないし、五年後かもしれない。


 ぶっちゃけ、そのタイミングと出来事が知りたいんだよね。

 サラッと都合よく思い出せたら素敵だけど、私の脳みそはそんな都合良く出来てないみたいだし……くっそう。

 せめて! せめて思い出す為のヒントが欲しい!


「その動きがありそうかどうか、サミュエルが知っていたらと思ったのです」

 私が本心からそう真摯な声を出すと、彼はふむ、と片眼鏡モノクルの位置を直す。

「……一度、彼と話がしてみたい」

 え。

 え。

 え、今なんて?

「そんな情報を仕入れられる彼と、情報交換してみたい」

 彼は辺りのバラの方に視線を向けつつ、でもバラを見ずにその先に潜んでいるであろう人の事を探しているように視線を巡らせる。

「え、あ、と。その、私ではダメなのですか?」

 流石に、対面で顔突き合わせたら正体バレるわ。

「セレーネ様では話が遠い。彼の情報源についても知りたい」

 あー。ですよねー。

 私だとどうしても伝聞的話し方になるからねー。

 情報源?

 乙女ゲームです!

 なんて言えるか!


 しまった、彼がそう言い出す事は考えてなかった! どうしよう?!


「……セルギオスと、相談してみます……」

 私はその場での返答は保留にする言い方をする。

 どうする?! どうする?!

 どうしよう!!

 私は外からは悟られないように、頭ん中を高速回転させてどうすべきかを考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る