第39話 昔の結婚話を掘り起こされた。

 レヴァンと結婚していたのはもう何年も前。

 領地が隣同士なので(といっても辺境地帯なので隣といってもメッチャ遠い)、家族ぐるみでの付き合いがあった。

 珍しく母がまとめた結婚話で、私が嫁に出されるのか、すぐ下の妹なのかさらに下なのか、そこだけが議論のマトだった。

 当然、私にも妹たちにも、意思確認などされなかった。


 私が選ばれたのは、姉妹の中で一番彼と年が近く、かつ、母が私をサッサと嫁に出したがったからだね。

 とんだ跳ねっ返りじゃじゃ馬娘が片付くならと、母が無理矢理にでも推し進めたんだろうという事は想像にかたくない。


 私も異論はなかった。

 異論がなかった理由が、実はあるのだが。

 その時は自分でもその理由に気づかなかった。


 でも、結婚期間はそれほど長くはなかった。

 結婚した後に迎えた最初の冬に、私が熊による大怪我をしたから。

 その怪我が、離縁のキッカケだった。

 実家に担ぎ込まれて急死に一生を得た私。しばらくは重症で実家のベッドで寝たきり生活になった。

 怪我をしたと連絡した最初こそ見舞いには来たけれど──

 見舞いに来たのは、その一回だけだった。

 完全回復しても、ヤツは来なかった。


 復活して結婚先の家に戻った後は。

 服を着た私を見た時はいつも通りだった癖に、私の体の傷を見たヤツは、完全に私を遠ざけるようになった。

 向こうの親に子供を催促された私は、なんとかその期待に応えたいとレヴァンに相談したが、なんのかんのとはぐらかされて、結局、怪我をして以降は指一本触れてくる事はなくなった。


 そして。


 ある日、レヴァンは離婚申請書を私に手渡して来た。

 その時に言われた事を詳しくは覚えていない。

 ただ、『お前を見ると痛々しさを思い出す』とか『お前を守れなかった自分の不甲斐なさを感じるんだ』とか『お前を守れなかった俺はお前に相応しくない』とか『申し訳なくて』云々かんぬん。

 綺麗事を並べてなんとか言い訳していたけれど、要は『女として見れなくなったからお前は不要だ』という意味だと理解した。


 ちなみに、相談なんてない。

 一方的に書類を渡して、ヤツはすぐに外国遠征に参加しに行ってしまったのだから。

 受諾以外の選択肢は、最初から用意されていなかった。


 最初から政略結婚だと理解していた私は、別に何の感情も湧かず、そのまま離婚した。

 レヴァンの事情も分かる。

 ヤツには後継ぎをもうけるというミッションがある。それが達成出来ない事は許されない。

 だから、別れると言う選択をした彼の事は、責めなかった。


 問題は、その後だ。


 暫く時間が経った後、なんか知らんが便りをよこすようになったのだ。直接家に来ることも。

 自分は別れたのは嫌々だったんだ、お前の気持ちを無碍むげにしてしまって申し訳ないだの、お前の俺を思う気持ちは痛いほど理解してるだの、それでもあの時はお前の気持ちに応えられなかったの、なんだの。

 まるで私が、離婚に日々胸を痛めて毎日泣き濡れているように言い、何かにつけて絡んでくるようになったのだ。


 そんなワケあるかい。

 清々せいせいしたわ。


 体の傷と二つ名のおかげで下手な男は来なくなったし、母は私を憐れんだのかあまり干渉してこなくなったし。それで剣術大会に潜り込んだり好き勝手出来るようになったしね。

 祖父や父の仕事の手伝いも楽しかったし。


 なんのかんのと理由をつけて、今度は私がレヴァンを避けるようになった。

 だってウザくて。

 もう何の思い入れもない男から、後からグチグチ絡まれたら、そりゃウザいって……

 だから、避けまくった。


 それに、もう一つ、避ける大きな理由が一つあるのだ。


 ***


「確かに、あの時はああするしかなかった。すまない、セレーネ。お前の気持ちに応えてやれなかった俺を許してくれ」

 一人、舞台の上でピンスポ当てられて壇上独白を演じているかのように語るレヴァン。

 マジ、ウザイ。

 コイツの中で、どんなストーリーが勝手に展開されてんのか。知りたくもないがな。


 この場はレヴァンヤツの独壇場。

 なんか空気も『手違いによりすれ違い離れざるを得なかった恋人同士が、勘違いを解消して元サヤに戻る』的な感じになってる気がする。

「そういう事だそうよツァニス。この人の気持ちはまだ前の旦那さんにあるようだし、そもそも貴方の息子を産む気もないようだし。間違いを正す為に、貴方の結婚はなかった事にしなさい。それが一番良いわ」

 場の空気を作る事に一役買っている大奥様は、ここぞとばかりにそう言い募った。

 オイ。『なかった事』になんてならねぇぞ。離婚も結婚も事実や。


「しかし母上……」

 侯爵が重い口を開いてなんとか言葉を発しようとすると

「そうするのが一番いいのです。分かりなさい」

 大奥様は、そう言って侯爵の言葉を遮った。


 ──ああ、なるほど。

 侯爵が何も私に説明せず、意見を聞かず物事を進めようとする癖の理由が見えた。

 大奥様だ。彼女が侯爵に、子供の頃からそういう仕打ちをしてきたんだ。

 自分の意見が滅封されてきたのなら、そのうち意見を言わなくなるし、相手にも聞かなくなる。

 侯爵のこの態度は、大奥様のだったワケだ。


 その場の空気が、完全にレヴァンと大奥様のものになった時だった。


 私は、スクリと立ち上がる。

「私から一番重要な事を申しても構いませんでしょうか?」

 部屋の隅に立つ家人たちにも聞こえるほどの大声と滑舌で言ってみた。


 しかし、やっぱり誰も私を見ない。

 大奥様に至っては、そよ風すら感じないといったテイで、優雅にお茶を飲んでいる。


 ほほう。徹底的に私を無視する気だな。

 そっちがその気なら私にだって考えがある。

 私は、部屋の隅で怯えて待機する家人をちょいちょいと呼ぶ。

 そして、机の上に置かれたカップやソーサー、花瓶から何からを全て撤去させた。

 そしてテーブルのフチを掴み

「うぉらっ!!!」

 ひっくり返した。


「ひゃあ!」

 流石の大奥様もコレには驚いたようで、小さく悲鳴を上げて手足を引っ込めた。

 侯爵やレヴァンも驚き、その場から立ち上がる。


「無視するのもいい加減にしてくださりますか? 私は、ここに、今、存在しているのですけれど」

 私は手をハタきながら、周りにいる人物たちの顔を順々に睨みつけた。

「セレーネ、今は大事な話をしているんだ」

 そう言って私をたしなめようとしたのはレヴァン。

「はぁ? その『大事な話』とやらの一番重要な当事者は、私ではありませんか? 違いました? 誰か同名の違う女の話をなさってます?」

「いや、それは……」

 私が間違った事を言ってない事に、レヴァンは言い淀んだ。


「貴方の出る幕ではありませんよ。わきまえなさい」

 額に青筋立てて声を上げたのは大奥様。

わきまえる? 何をです? わきまえてないのはそちらではありませんか? この中で一番無関係なのは、大奥様、貴女ではありませんか?」

 その私の言葉に、大奥様の顔がカッと赤くなった。

「その口の利き方! 誰に向かって言ってるのか理解してるの?!」

 彼女も立ち上がって私を睨みつけてきた。

「だから、以前申した通り、貴女は私より偉くありません。対等です。貴女はもはや、前侯爵の、妻でしかない」

「何ですって?! 私はツァニスの──」

「ええ、母親ですよね。でも、私の母ではない。それに、今しているのはであり、あなたはどれの当事者でもない」

 ハッキリそう言い捨てると、流石に大奥様は言葉を失った。ま、事実だし。

「セレーネ、落ち着け。私の母にその言い方はダメだ。私が許さない」

 今更やっと口を開いたのは侯爵だった。

 ああ……お前、ここにきてやっと口きいたと思ったらソレかよ。

 ガッカリしたわ。

 私は、侯爵にゆっくりと振り返り、彼を冷たい目で睨みつけた。

「……私が、いつ、貴方に許されようとしましたか? 貴方に、いつ、許しを、こいました?」

 地の底から響くような低い声でそう言い返すと、侯爵は目をまん丸にして驚いた顔をする。コイツ、こう言えば本当に私が黙るとでも思ってたんか。

 舐めるな。

「今、この場で、貴方がすべき事は、大奥様に対する私の言葉遣いを指摘する事だけ、でした?」

 私は問い詰める。

 侯爵に、今自分の立ち位置を思い出させる為に。

 彼は逡巡する。今までの自分の行動をかえりみてるのかもしれない。しかし、言葉は出てこなかった。


 最後に、私は立ち尽くすレヴァンの方へとツカツカ歩み寄って行った。

 驚いた顔で私を見下ろす彼の胸ぐらをガッと掴み、私の方へと引き寄せる。

「何度同じ事をお伝えすれば、この頭でご理解いただけます? ダメを承知でもう一度申しますが。

 私は、清々しく貴方と離婚しました。

 離婚できてとっても嬉しく思います。

 本当に。

 心が晴れやかです。

 それなのに、今更何しにいらっしゃったのですか?」

 一気に捲したてると、レヴァンが口をモゴモゴさせる。

 そして、何を思い付いたのか、キリッとした表情になり、誠意のこもった視線で私を見つめてきた。

「お前を、迎えに」

 あー。ダメだこの男。

 根本を理解してない。


 私は一度大きく息を吐き(※実質ため息)、大きく息を吸って、その場にいる全員に聞こえる声でハッキリ言った。


「貴方はもう再婚してますよね!? 迎えに来るも何も既に妻子ある分際でどう私を迎え入れる気なんです?! 愛人ポジ?! 二号?! 日陰の囲い女?!

 私を舐めるのも大概にしてくださる?!」


 私のその言葉に、レヴァン以外のその場にいた全ての人物が、ポカーンという顔をしていた。

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