第35話 攻略対象をまず決めた。
アティの寝顔を見ながら考えていた。
マジ天使。この、まん丸ほっぺからちっちゃいピンクの唇がプクッと突き出てるの何なの。ヒヨコみたいで超絶可愛いんですけど。神の芸術品かよ。ヨダレで枕の色変ってるけど。大丈夫、そこも含めて全部可愛い。
違った。そっちじゃない。
アティの身体的傷の危機を回避できれば、アティが自らの意志で色々吸収出来て豊な人間になれれば、悪役令嬢にはならずに済んで、幸せになれると思ってた。
でも違った。
周りからの圧力もあるんだ。
時代的な背景、文化、しきたり──
色んなものに彼女は縛られ、圧力をかけられ、個性を削がれ、無力化され、自分の意志とか関係なく『悪役令嬢への道を強制的に歩まされる』可能性も、まだ残っていたんだ。
私自身も、最初の結婚をした時は『そんなものなのだ』と受け入れていた点もあった。
例えば、結婚した相手の血を継ぐ男の子を生む事。最初の結婚の時には反抗もしなかった。それをやっていれば後は自由にできるんだ、という半ば『諦めと妥協』があった。子供が持てるならそれでいい──そう、無意識に思い込んでいた。
そして、上手く立ち振る舞っているつもりだった。
それではダメなのだ。
悪役令嬢にならなければ、エリックに婚約破棄される事もなく、問題ないと思っていた
でも、それだけでは足りないんだ。
『婚約破棄になった事も想定しておく』
これも必要だった。
エリックにも、ある程度選択の自由がある。公爵家の嫡子として、ちゃんとしっかり考えた上で、正規の手順を踏んでアティとの婚約を白紙に戻して、他の女性を選ぶ可能性もゼロじゃない。
……アティを捨てるとか、そんな選択をするエリックを許せるかどうか自信はないけど、まぁそこはエリックの意志を尊重したい。今や、エリックも可愛いし。
もしエリックとの婚約がなくなった時に、アティに選択の余地がなくなってしまったらダメだ。
『その道しか考えてなかった』という状況になっては困る。
もし、エリックから婚約破棄されたとしても、『うん! 分かった! それじゃあね!』と言い切れる柔軟さが欲しい。
そして、他の選択肢を選べる状況に居て欲しい。
その選択肢は、単純に『じゃあ他の男』って事ではなく。
アティに『貴族子女は相手の子供(男児)を生むだけが使命』なんて、相手ありきで依存した生き方しかないなんて、思って欲しくない。
他の生き方もあるという事を、知って欲しいし、そうであって欲しい。
その為には。
法律を変える事は私には無理だ。
でも、アティのまわりにいる人間の『思い込み』から排除していく事は可能なのではないか?
勿論、他人の意志を変える事なんて不可能。
でも、『それは当たりまえではない』という事を、知らしめるだけなら、なんとか可能なのではないか?
まだ十年以上時間はある。すこしずつ意識改革していく事はできるんじゃなかろうか?
まあ、私が異常者扱いされるのは目に見えるなぁ。
『面倒くせぇ女』『
そう言われるのは目に見え……ん? なんか、既にそう言われているのは気のせいか??
まぁいい。
アティが自由に選択して生きる道の数は、多ければ多い方がいい。
その為に私が矢面に立つ事になっても構わない。
一度熊に食われかけた身だ。今更何があっても怖くない。……多分。
まずは、アティの周りにいる人間の思考パターンを崩す事からだな。
特に、侯爵と大奥様。
一番面倒くさくて一番の強敵。
しかし、彼らの意識が変えられたら、そのメリットはデカイ。
やり甲斐あんじゃん。
やってやろうじゃん。
私は自分にそう固く誓って、隣で眠るアティの髪をそっと
***
「貴女の立場はそうとう悪くなりましたよ」
そう、わざわざ私に進言してくれてきたのは、
今後、アティに乗馬の練習を私がしてあげたいと相談している時に、そんな事をぶっこまれた。
言われなくても分かってらァ。
ちなみにここはアティの部屋。アティはおやつのクッキーを
「……存じ上げております。昨夜侯爵様から
私も、そう返事してからお茶をずずっとすする。
「なんで貴女は事を荒立てないと気が済まないのですか」
盛大な溜息をついて、
実は、大奥様と私の大バトルを、部屋の外で聞き耳をたてていたらしい。良い趣味だことォ。
「荒立てる気はありませんでしたよ? 大奥様が変な事を言わなければ」
そうだよ。そもそも、あんな事をあんな場所で言い出した方が悪い。
「でもあのような言葉、貴女なら今まで散々聞いてきた筈ですよ。なんで今更……」
まあ、そのサミュエルの言う事も理解できる。
確かに、確かに今までも色んな場所で色んな人から、散々、耳にタコができるレベルで聞いてきた。だから、その都度その都度聞き流してきたよ。ええ、今まではな。
「アティがいましたので。アティの前で、大奥様の言葉を聞き流す事は出来ませんでした。それは肯定する事になりますから」
アティを前にあの言葉を肯定してしまったら、アティにも肯定させる事になってしまう。
そんな事できるか。
「旦那様は突然ハネムーン状態に突入してあの状態ですが、大奥様の圧力で離婚させられるかもしれませんよ?」
うーん。離婚は別に構わない。
「そしたら、アティを
「捕まる気ですか」
言い返したら速攻でツッコミ入れられた。
「うーん。私がこの家に心残りがあるとしたらアティだけですから。この修羅の家に残していくぐらいなら犯罪者も辞しませんね」
私が涼しい顔してそうサラリと告げると、物凄く嫌そうな顔をするサミュエル。なんだ。何が言いたい。
全く後悔も反省もしていないそぶりで(事実してない)、涼しい顔でお茶を飲んでいると、
「……そういえば、あの言葉は本心ですか?」
少し声のトーンを落として、サミュエルがボソリと呟く。
「あの言葉?」
どれの事?
「家督はアティが継げばいい、と」
ああ、それね。
「本心です」
まだ分からないけれど、アティに政治ができて得意なのであれば、アティがすればいい。
私が速攻で肯定すると、サミュエルは口元を隠して何かを考え始めた。
……コイツ、乙女ゲームでの前科があるからなぁ。釘刺しとこ。
「アティを
「そんな事思うか!」
どうだか。お前、乙女ゲームではガッツリ悪役だったからな。悪役令嬢・アティに負けずゲスかったぞ。
「でも、可能性がないワケではないじゃないですか。エリックとの婚約は絶対ではありませんし。白紙に戻して貴方がアティと結婚して夫におさまろうとしても不思議はない」
だってアティ可愛いし。老若男女関係なくみんなアティを見たら好きになっちゃうし。
「……そんな趣味はない」
サミュエルが、私を
「そりゃ今はね。でも、二十年後、アティが大人になった時ならアリだとか思いそう」
大人になったアティなんて女神様だもん。見た人全員五体投地するぐらい神々しくなるもん。絶対。みんな惚れちゃうもん。
ま、コイツが夫なんて、絶対阻止するけどな。
「さみゅえるとけっこんできるの?」
ジュースのコップを両手で持っていたアティが、きゅるんとした顔で私とサミュエルを見上げていた。
「うんどうだろうねー? 未来は分からないからねー?」
アティがどうしてもそうしたい、と言うのなら、私は唇を噛み千切ってでも耐えるよ。で、サミュエルが下手な事をしないように、影から監視し続けるよ。暗殺も辞さないよ。
そう、私がはぐらかした時。
アティのバラ色のほっぺたが、更に真っ赤になった。
……ん? この反応ってもしかして……?
いや、ダメだ。こんな、本人がいるところでその事を指摘したら、アティ傷つくかもしれないし。
でも。
アティの初恋、もしかして、サミュエルかもしれない──
なんて思ったら! 母は! 赤飯を炊かずにはいられません!! 炊けないけど!!!
ああ、言いたい! 確認したい!!
でもダメだ! 少なくともここでは聞けない!! くぅ! 聞きたいィィ!!!
「なんですか、気持ち悪い……」
言葉が喉まで出かかって、なんとか押し留めてジタバタしていたら、そんな私を奇異の目で見るサミュエル。
この様子からすると、サミュエルの方は気付いてないな? って事は、アティはそれを本人には言ってないんだ。そうなんだ! そうだよね! 恥ずかしいもんね! その気持ち、大切にしたいしね! 分かるよ!!
「お気になさらず。ただの動悸息切れですから」
私はなんとか平静を取り戻し、コホンと息を整える。
ああ、でも。
もしアティがずっとサミュエルを好きで居続けるのなら、私はそれを応援したいな。
……コイツ、ゲスい悪役だけど。
既に大人だから、エリックみたいに洗脳──違った、教育する事も出来ないし。
うーん。どうしたもんか?
「いや、まずはサミュエルからっていうのは、アリかもしれないな」
そう。アティに教育指導していく一番身近な大人の男はサミュエルだ。サミュエルの考え方ややり方が、アティに色濃く影響する。
なら、まずは彼から攻略していくのがいい。
「……心の声、ダダ漏れてるぞ」
つい口にしてしまった私の言葉を聞いて、
そんな彼を見ながら、どう攻略していこうかと、私は色々
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