第31話 自分の問題を解決しようとした。

 侯爵に呼び出されたのは、意外や意外。

 墓地だった。


 ビックリだよ。

 なんでよりにもよって墓地やねん。

 墓地に何の用があんねん。埋めるぞって事? 返り討ちにしてやらァ。


 侯爵とは墓地で待ち合わせた。

 一人で来いとの事だったので、馬を借りてホントに一人で来てやった。

 決闘ですか? 受けますよその決闘。


 しかし、墓地の入り口に佇んでいた侯爵は丸腰だった。

 なんだ。

 決闘じゃなかった。


 侯爵が無言で顎をしゃくるので、大人しくついて行った。

 墓地を奥へ奥へと進む。

 そして辿り着いた先は──


 アティの母、侯爵の前妻の墓だった。


 彼は、手にした花を墓石の前にそっとそなえる。そして膝をつき胸の前に手を添えて、目を瞑って祈りを捧げた。

 私はその様子を、後ろからずっと見ているだけだった。


 何なんだろう。

 墓参りに付き合えと、そういう事だったのかな。

 そしたら剣じゃなくて花を持ってきたのに。先に言ってくれないかなぁ。

 なんで、ホント、この男は何も説明しないんだろう。

 私をエスパーか何かと勘違いしてんのかな?


 随分と長い祈りが終わり、侯爵は立ち上がってクルリと振り返った。

 私を静かに見下ろしている。

 私は、侯爵の目的も何も分からなかったので、取り敢えず黙って侯爵の顔を見返した。

 ガン飛ばしなら負けない。


 私から視線を外さず、侯爵は静かに口を開いた。

「今、彼女に報告をした。何を報告したのか、分かるか?」

 分かりません。分かるはずがありません。私はエスパーではありません。

 喉まで出かかった言葉をグッと飲み込む。

 そして、言葉を発する代わりに、首を横に振った。

 すると、侯爵は少しはにかんだような笑みをこぼす。

「今まで苦労をかけて済まなかった、と。アティを放置してしまって済まなかった、と。

 そして──」

 そこまで言うと、少しだけ言い淀み、目を泳がせたのち、改めて口を開いた。

「お前の事は永遠に愛している、と」

「はぁ」

 何?

 私は何を見せられてるの? 何を報告されてんの?

 亡くなった前妻の事をノロケられてんの?

 それ、わざわざ私に見せる意味ある?

 勝手に報告してくれよ。

 私に見せる必要、なくね?

 嫉妬ならしないよ。カケラもな。

「そして、許可を、貰おうと思ってな」

「はぁ」

 さっきから、侯爵が何を言いたいのか全然分からない。

 ここに至るまでの説明がねぇんだよ説明が。

 誰か説明してくれよ。


「新しい妻を、愛する許可を」

「はぁ………………はっ?!」

 今、なんつった?

 侯爵は、その言葉を零した瞬間から、頬を染めて私を見つめている。

 やめろ。

 そんな目でこっち見んな。

 何か期待した目を向けんな。


 私は、ジリジリと後ろに下がった。

 なんか、身の危険を感じる。

 すると、侯爵は朗らかでありつつ照れた様子で、ジリジリ近づいてきた。

 やめろ、来んな。

「お前の言葉で、改めて自分の考えを見直してみたんだ。

 確かに私は、お前の事をあのセルギオスの付属としか見ていなかった。

 意思があるのだと、何度も説いてくれたお陰で、お前という人間を、改めて見つめなおしてみたんだ」

 そうですか。それは良かったです。

 でも、それがさっきの言葉と何の因果があんねん。

 忘れちゃった?

 私、お前のイチモツ潰すぞとか、散々言いたい放題だったの、忘れちゃった?!

 私、面と向かってアンタを罵倒したんですけど?!


 私は、ちょっと信じられないモノを目の当たりにして、頭の中では様々なツッコミが浮かんできたのに、それを上手く言葉に出来なくなっていた。

 それだけ、私の頭は混乱していた。


「お前は、何度となく、私のダメな部分を指摘していてくれたな。

 アティとの関係も、改善してくれた。

 家庭教師サミュエル子守頭マギーからの評判も上々だ。少し突拍子もない事をやらかすが、アティを心から愛している、と二人が言っていた」

 まぁ、ええ。アティの事は心から愛してますから。可愛がってますから。溺愛しておりますから。

「アティを愛してくれた。普通、前妻の娘を愛するなど、難しい事なのに。お前はやってくれた──」

 いや、あの子なら誰しもが愛しますよ。その資質は充分持ってました。最初から。

 アンタが眼中になかっただけです。

「──私の為に」

「ハァッ?!」

 流石に、今の言葉には反射的に言葉が出てくれた。

 何言ってんのコイツ?! どこをどう解釈したらそうなんの?!

「私は、アティだから愛しているだけです! 決して侯爵様の為ではありませんけれども?!」

 怖い!!

 イリアスにこの間自己承認が云々とか自己肯定感がどうのとか偉そうに説教した、その報いなのかな?!

 何このイリアスと対極の考え方!

 全ては自分の為だとでも思ってんの?! 頭沸いてんの?!

「私が貴方に散々言ってきたのは、私を愛して欲しいからじゃありませんからね?! 私を一人の人間として扱えって言ってたんですよ?! そこ理解しています?!」

「ああ。それで、お前という人間を改めて見直して、愛しいと、思ったんだ」

「ナニソレ意味が分からない!!!」

 人間扱いしろって話から、なんでそんな一足飛びなの?!

 何コイツ、ホント何考えてるのか分からない! 怖いコイツ怖い!!


 私は堪らず、ズザザっと後ろに下がり、剣を抜いた。

 我慢できなかった!

 全身が拒否反応起こしてる!

 そんな私の様子を、侯爵は不思議そうな顔で見ていた。

 なんでそっちが不思議そうな顔すんだよ。

 オカシイのはそっちだからな!

 え?! そうだよね?! なんか不安になってきたぞ?!

「受け入れては、くれないのか?」

「はいっ! 無理です!!」

 侯爵の言葉を速攻で否定した。

 むしろ、受け入れて貰えると信じてた事が信じられんわ!

「……分かった。まぁすぐにとは言わない。あんな仕打ちをしていた私を、流石にすぐには受け入れられないのは当然だな」

 ふっと、侯爵は鼻で自嘲気味に笑った。

 その自分に酔ってる感じが堪らなく無理!


 しかし……

 折角、私の存在が屋敷で認められ始め、アティの身の回りが整ってきたのに、ここで離縁されるのは正直痛い。

 私はなるべく穏便な言葉を探してなんとか口を開いた。

「わ……私は侯爵様の事はまだ何も存じ上げておりません。

 確かに子を成すのは女の義務で、愛云々は二の次なのだと教えられてきましたが、私はその考えには正直反対なのです。

 いや、愛とか恋とかはちょっとソレは脇に置いておくとしてですね……ええと」

「ツァニスだ」

「は?!」

「ツァニス。ツァニス・テオ・カラマンリス。私の名前だ。

 お前はいつも私を『侯爵様』と呼ぶな。今度からは名前で呼ぶといい。ツァニスだ」

 そういえば。

 私、侯爵様のファーストネーム、知らなかったな。

 興味、なかったから。知りたいとも思わなかったし。


 人間扱いしてなかったのは、お互い様だったのかも、しれないな。

「ツァニス様……」

 私は、自省の意味を込めて、彼の名前を呼んだ。

 すると、まるで花が綻ぶかのような輝かしい笑顔を侯爵──ツァニス侯爵が零した。


 ああダメだ──

「やっぱ無理ッス!!!」


 私は、全力で拒否の声をあげてしまった。


 そんな私の悲痛な叫びは、墓地にムナしく反響して、消えていった。



 第一章 了

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