第28話 犯人を説得した。
扉の前でキョトンと立ち尽くすエリック。
イリアスが半狂乱となり、飛び出しナイフを手にして飛びかかった。
「エリック様受け身ッ!!!」
私がそう叫んだ瞬間、エリックは瞬時にその場でコロリと前転する。
よくやったエリック! 自主練が効いてる! 良い反応速度! 団長は嬉しいぞっ!!
エリックを捕まえようとしていたイリアスの手が空を切る。
その手を
私はすぐさまエリックの手を引っ張って引き寄せ、私の後ろへと隠す。
イリアスが、ナイフを手にユラリと振り返った。
目の焦点は合っていない。
その姿を見て、先程感じた
コレ、乙女ゲームのイリアス攻略のバッドエンドの流れと同じじゃないか。
イリアスルートはエンド回収の為にしかやってなかったから、すぐに思い出せなかった。
イリアスと乙女ゲームの主人公が愛を誓い合った時。
それまでのイベントで、一度でも他の攻略キャラとの恋愛イベントを見ていると、バッドエンドに突入するんだよね。
『もう、俺以外見なくて済むように、一緒に逝こう』
とか言われて、腹刺されるんだよ。突然。
その後イリアスも自殺して心中エンド。
もうビックリの展開だったよ。
そんな
ついでに思い出した事が。
そうだそうだ。
イリアス、コイツ確か母親と思っていた女に殺されそうになったんだよな。
しかも、もともとイリアスは母親に望まれて生まれたんじゃないんだ。
イリアスの家には長い事子供が生まれなかった。そこで、イリアスの父親は愛人を作って子供を産ませようとしたんだけれども──そのやり方がマズかった。
とある貴族の令嬢を半ば強引に連れ去り、本人が嫌がるのを構わず……
母親が半ば屋敷に軟禁されて状態でやっと生まれてきたのがイリアスだった。
イリアスが生まれてすぐ、母親は
用が済んだ、という事だろう。
父親の本妻であるイリアスの義理の母は、そんな経緯で生まれたイリアスを疎ましく思ってた。
そしてある日──イリアスは母親に毒を盛られた。殺されそうになったのだ。
母が初めて自分の為に淹れてくれたお茶だと喜んだのも束の間──イリアスは死の
なんとか生き残ったイリアス。普通の健康と引き換えに。
義理の母はその事件がキッカケで離縁され、父親は後妻を貰った。
すると、呆気なく弟が生まれた。イリアスの腹違いの弟。
イリアスの父は、一度殺されかけて身体を弱くしたイリアスより、健康な弟を溺愛した。また、母親も勿論我が子だけを溺愛。
跡目も、弟の方に継がせると公言するようになった。
イリアスの存在意義が否定されたのだ。
そこから、彼は兎に角『自分を見て欲しい』と
それが、彼がヤンデレた理由。
まぁ、元来のサイコパス傾向もあるとは思うけどね。環境だけで、人はサイコパスにはならないから。
しかし。
イリアスの父親もひでぇなぁ。要らない子だというなら、子供を欲しがってて確実に愛してくれそうな夫婦に養子に出せばいいのに。
この世界、養子に出す・貰うは貴族間ではままある事だ。男なら尚更。
ウチにも話は沢山きたよ。貧乏子沢山を地で行く貧乏貴族だったから。でも、ウチは妹たちを養子には出さなかった。両親はそれぞれみんな愛してくれたし。私もベロベロに可愛がったし。
なのにイリアスの父は手放す事はせず、あまつさえあわよくばとエリックの教育係としてアンドレウ邸に突っ込むんだから。
嫌なヤツ。マジ、嫌なヤツ。病気でヤツれて苦しんで天に召されろ。
思い出してから。
イリアスを同情の目でしか見る事が出来なくなった。
彼も、哀れな人生を歩いてきたんだ。まだ十一歳の少年の身には、酷すぎる運命だ。
でも。
だからといって、アティを害していい理由にはならない。
エリックにナイフを向けてフラフラと近寄るイリアス。
私はため息一つ、足を振り上げた。
キィン!
イリアスが手に持つナイフを蹴り飛ばした。
そして、呆然と立つイリアスの胸ぐらを掴んで引き寄せ、部屋の中に引き摺り込んだ。
「いりあすどうした?」
私の後ろで、エリックが状況を飲み込めずキョトンとしている。
「ちょっと待ってて下さいね」
私はイリアスの胸ぐらを掴んだまま引きずって部屋を移動する。
そして、部屋の隅に飾られた花瓶から花を取り出して
バシャっ!
イリアスに頭から花瓶の中の水をぶっかけた。
「っ?!」
その冷たさに、我に帰るイリアス。
私は目の焦点を自分に向けた事を確認してから、その手を離した。
「気づいた? 今、お前、何しようとしたか覚えてる?」
私は膝をついて、辺りをキョロキョロ見回すイリアスの目を真っ直ぐに見つめる。
「僕は……ええと……」
状況を理解していないイリアスに、私は右手を振り抜いた。
パチン!
軽くだったが、イイ音がした。
イリアスは、殴られた左頬を抑えてビックリした顔をする。
「お前、今、そこのナイフでエリックを刺そうとしたんだよ」
その言葉に、床に転がるナイフに目を落とすイリアス。自分のポケットをまさぐって、それが自分のだと気づいたようだ。
「僕……そんな……」
彼は、自分の手を覗き込んで身体を小さく震わせていた。
「いりあす、ぶたれた! だんちょうなにすんだ!」
私の後ろでエリックがプンスカと怒りの声を上げる。私の背中にオモチャの剣を振り下ろそうとしたので、それを手で止めた。
「オモチャでも、人の背中に向かって剣を振り下ろすな。そもそも剣は、誰かを守るために使うんだ。復讐の為に振るうんじゃない」
私が静かな怒声をあげると、エリックはピャッと小さくなった。
エリックの行動に、イリアスは目を潤ませる。
そんな彼の顎を、私はガシッと鷲掴みにした。
「感動してんじゃねぇぞ小僧。お前、そんな敬愛するエリックを殺そうとしたんだぞ? そんな危険な奴を、エリックの
そう尋ねると、しばしの逡巡ののち、イリアスは首を横に振った。
「でも、お前はエリックの
──自分の、立ち位置が脅かされると思って」
無言で頷くイリアス。まぁ、顎掴まれてるし口をぶにゅっとされてるから喋れないってのもあるんだろうけど。
「誰かに必要とされたい、誰かに存在を認められたい。その気持ちは分かる」
兄が病気がちだったので、私は比較的放置されて育った。男でもない私は家督も継げない。目をかけられない寂しさは、私も一部理解できる。
まぁ、そのお陰で好き放題出来たんだけどね。
「だからといって、その相手の周りから人を排除して自分だけに視線を向けさせようとするのは間違ってる。そんな事をしたら、お前とその相手の周りには、誰もいなくなってしまう。
それに、もし世界にお前と相手二人だけになったとしても、相手が自分を見てくれる保証なんて何処にもない」
私の言葉に、イリアスの顔が険しくなる。
それでもいい、そう言いたげだ。
「それでもいい、とでも思ってるんだろうが、さ。お前の考えの何がダメなのか、お前自身気づいてないだろう」
私はヤレヤレとため息をつく。
もう、この話、別の人間に何度したか分からんなぁ。
「お前、エリックの事を『自分を見てくれる存在』としか認識してねぇんだよ。相手の意思無視してんの。
相手が何を望んでんのか、考えた事ある?」
そう言うと、彼は目を見開いた。ホラな。こんなんばっかり。
「お前は相手を愛してんじゃなくて、ただ存在を認める首振り人形が欲しいだけなの。
自分の存在をただ肯定してくれる、自動応答機能が欲しいだけ」
だから、彼は自分の家庭教師や家人を次々にクビにしていったのだ。
中には、イリアスのサイコパス傾向に気付いて進言してきた人間もいただろう。
でも、彼はそれを自分が否定されたと思って排除してきたのだ。
それでは、社会性は育たない。
社会には、自分の意思とは違う人間もいる。意見が衝突する事もあるだろう。
自分の周りにYESマンだけを揃えて、狭い世界に閉じこもっていてはいけない。
そもそも、コイツは将来、この国を動かす宰相の地位に着く可能性があるのだから。
国に多様性がなければ、やがて衰退して滅んでしまう。様々な意見を取り入れて、時代に合わせて柔軟に対応して変化していかなければならない。
彼は、その資質を手に入れる必要があるのだ。
「それに、お前は相手は誰であれ構わないんだよ。だって、相手の選択肢を奪ってきたんだから。
お前自身がそのうち、エリックから鞍替えする可能性もある」
時間が進んで、乙女ゲームの主人公が現れたらよ。呆気なくコイツはその子に鞍替えするんだから。つまりはそういう事。
イリアスの身体から、完全に力が抜けている事に気づいたので、私は手を離す。
彼は、ヘナヘナと床にへたり込んだ。
「じゃあ……どうすればいいんだよ……」
力なく、そう零すイリアス。
狂気の色はもはやすっかり抜け切っていた。
うーん。
まぁ、そうなるよなぁ。
確かになぁ。
ここら辺は難しい問題だよなぁ。
私は腕組みして考える。
気づくと、私の後ろで恐縮していたハズのエリックも、私のマネをして難しい顔をして腕組みしていた。出来てないけど。胸の前で腕クロスしてるだけやん。しかもお前、フリだけで何も考えてないだろ。そこが可愛いが。
私は散々首を捻ってから、重い口を開いた。
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