第27話 犯人を追い詰めた。

「……僕をどうする気ですか?」

 誰もいない部屋に入り扉を閉めた時、振り返って私を見上げたイリアスがそう怯えた口調で漏らす。


「……下手な芝居は結構です、イリアス様」

 私は、そんな彼を冷めて目で見下ろしていた。

「そんな、下手な芝居なんて……僕は脅されたから怖くてついてきただけです」

 彼はそう演技を続けた。


 ──ああ、彼は私に似てる。

 この場面、家庭教師サミュエルが最初に私に詰め寄ってきた時と重なるわ。

 イリアスはきっと、言い逃れようとするだろう。

 私ならそうする。

 自分をか弱い存在に見せて、可能であれば穏便に事を済ませるつもりなんだ。

 処世術だな。

 ──自分が無力なのだと実感してる者の、せめてもの足掻あがき。正面からぶつかると弾き飛ばされるから、相手の隙を突いてスルリと逃れて先へ進むための、手法。


 でも、私は自分の悪事を隠す為になんか使わない。


「アティに渡したジュースに、毒を仕込みましたね。見ましたよ。

 わざわざ、グラスを上から持って。その時にてのひらに忍ばせていた薬を入れましたね」

 手品師マジシャンがよく使う手だ。

「毒なんてそんな──」

「じゃあ先程のジュース、飲んでいただけます?」

 私がそう詰め寄ると、怯えた表情を消して彼はヤレヤレといった風に肩を少しいからせてから落とした。

 演技ヤメたか。

「そんな事をわざわざ僕がやる理由はありますか?」

 あ、開き直った。

「貴方の言う事を聞かなきゃならない理由なんてないですよね?」

 まぁね。確かに。

「引き摺ってって、僕の口に無理矢理ジュースを突っ込む事も出来るでしょうが、しないですよね? ──カラマンリス夫人」

 彼は目を細め、酷く嗜虐しぎゃく的な色が浮かべた。


 ……バレてたか。

 まぁ、だろうと思ったよ。

 さっき気づいた顔してたからね。


「貴方はアティの誕生日をぶち壊したくないハズだ。だから、パーティを止めるような事はしない。

 僕をここに連れてきたのもそれが理由でしょう?」

 十一歳とは思えぬよどみない喋り。

 コイツ、やっぱり頭の回転が早い上に、もっと幼い頃からこんな事ばっかやってたんだな。

 油断ならない──が、勿体ない。

 この能力を他の事に使えば思ったように生きられる筈なのに。

 何で個人に執着しなきゃ生きられないんだろう。


「それに」

 イリアスが、子供らしく可愛らしかった唇を横に引き上げてニヤリと笑った。

「ここで僕が騒げば、困るのは貴方だ」

 正解。

 うわっ。性格悪っ。

「あのジュースだって、僕が毒を仕込んだ事を貴方以外誰も見ていない。

 だから、貴方が入れたのだと僕が騒げば、その通りになる。

 ──事実がどうであれ、ね」

 まぁ確かにねー。

 この屋敷での信頼度は、イリアス少年の方が抜群にある。

「そもそも。貴方はここで正体がバレたら、マズイですよね」

 最後に性悪少年は、そう締めた。

 完全に勝ち誇った笑顔を浮かべて。


 私は、ポリポリと頬をかく。

「……毒を仕込んだ事は認めるんですか」

 さっき確かに言ったよね。『僕が毒を仕込んだ事を貴方以外誰も見ていない』って。

 イリアスがジュースに何か入れたのは分かったけど、それが毒である確信はなかった。

 ……ホントに入れやがったのか、コイツ。

「うん。まぁ、この場ではね。でも、ここを出たら、僕はシラを切り通して貴方に罪を被せますよ」

 さっきのヤバイニヤリ顔を消して、彼は子供らしいにこやかな笑顔でそう言い切った。


 んー。参ったなぁ。

 本人、全然悪びれてない。

 これは由々ゆゆしき問題だ。

 悪事が他人にバレて後悔や反省してくれたなら、まだ更生の余地があったと思うんだけど。

 コイツ、自分がやった事・やろうとした事が、悪い事でありマズイ事であり許されない事だと、思ってない。これっぽっちも。

 自分の欲望が全て。社会性ゼロ。

 十一歳でコレはマズイ。

 どうするか……


「……イリアス様は、指紋、てご存知ですか?」

 私は自分の手を見てグーパーさせながら呟いた。

「指紋?」

 頭がイイ偏執少年イリアスも、私と同じように自分のてのひらと指を見た。

 流石に知ってるか。拇印押すしね。

「人間の指には、模様がありますよね。コレ、人によって違うんですよ。同じ指紋を持つ人間は存在しません」

 例え、一卵性の双子でも指紋は違う。

「人の指からは皮脂が分泌されている為、何かに触ると、その指紋の跡が残るんですよ。

 特に、硬質でツルツルした面には、ね」

 そう、例えば、ジュースが入ったグラスとか。

「指紋は、例えば灰などの細かい粒子を振りかけて吹くと、指紋の形に灰が残り、目視できるようにする事が出来ます」

 そこまで言うと、イリアスの顔色が如実に変わったのが分かった。

 私が何を言わんとしているのか、気づいたのだろう。

「ご存知の通り、私はあのグラスには指一本触れていません。手袋もしていませんから、私が触っていない事を証明出来ます。

 で。

 貴方は、どうですか?」

 勿論、イリアスは手袋をしていない。

 つまり、今家庭教師サミュエルが確保してくれているグラスには、イリアスの指紋が残っている。

「そ……そんなの、僕が触った証拠にしかならない」

 彼は焦り始めた。

 思った通りに事が運ばなかった為だろう。

 これぐらいの事で慌てるようではまだまだだなぁ。

「まぁ、貴方の証拠なんてどうでもいいんですよ。

 貴方がやった事を、あの場にいる人々に暴露したいワケじゃないのでね。私もやっていないと言い訳が出来ればそれでいい」

 私は本音を漏らす。

 そう、私の目的は、イリアスをさらし上げる事ではない。


 すると、私の言葉に安心したのか、ホッとした顔をするイリアス。

「じゃあ、僕も今日は手を引く。だから、お前も正体をバラされたくなきゃここで──」

「貴方が私の正体をバラしたところで、私はさほど困らない」

 私は、彼の目を真っ直ぐに睨みつけて、ハッキリそう告げた。

 彼は驚きの顔を見せる。

 私が、正体を何としてもバラされたくないと、信じていたようだ。

 そんなワケない。

「まぁ確かにとがめられるでしょうね。侯爵夫人が男装してまで屋敷に忍び込んで何をしてたんだ、と。

 アティのサプライズパーティーに参加したかったんだと言えば、それで終わりですよ。

 多少、怒られて自宅謹慎言われてそれで終了。

 まぁ、後々面倒でしょうが──」

 私の目に、ある感情が湧いてきた事に気づいたのだろう。

 イリアス少年が、震え始めた。

「──それは構わない。アティの命が脅かされ続ける事に比べたら。なんて事はない」

 私は、後ろポケットに手を入れる。

 イリアスが、身体をビクリと震わせた。


「幸いな事に、ここには誰もいませんね」

 私は、うっすらと笑顔を浮かべて、一歩前に出る。

 それに合わせて、イリアスが一歩後ろに下がった。

「病気を治療する時は、対症療法ではなく、根本療法が基本ですよね。問題解決も、同じです」

 もう一歩前に出た。

 彼はまた一歩下がる。が、その背中が、部屋の壁にぶつかった。

「こ……ここで僕を殺したら、他の人間に見つかってお前もタダじゃすまないぞ!」

 恐怖の表情で私を見上げるイリアス。

 無理なのに、なんとか後ろに下がろうと身体をモゾモゾさせている。

 私は、笑った。

「やだなぁイリアス様。私が証拠を残すとお思いで? 血も出さずに殺す方法がある事も、貴方もご存じでしょう? 頚椎けいついを、折ればいいんです。痛いと感じる前に死にますよ」

「でも、死体が……」

「そんなの、すぐに持ちさればいい。今はパーティの真っ最中。騒ぎに乗じれば誰も気づかない。あとはバラバラにして砕いてすり潰して飼料にすれば、存在した痕跡はこの世から消えます。簡単に」


『存在した痕跡がこの世から消える』

 この言葉を私が発した瞬間、彼の視線が泳いだ。

 焦点が定まらなくなった目で、空間をキョロキョロする。

「やだ……」

 突然、顔を真っ青にして、先程とは比べ物にならない程ブルブルと身体を震わせ始めた。

「僕はここにいるんだ……」

 立っていられなくなったのか、頭を抱えて床に膝をつく。

 え、何どうしたの?!

 ヤバイ、脅しが効きすぎちゃったかな?!

 例え頭が良くっても、十一歳の子供に聞かせる話じゃなかったかな?!

「僕はここにいるのに!」

 小さな体から発せられたとは思えない大絶叫。

「ちょ……イリアス様?!」

 もしや、騒ぎ立てて私を犯人や怪しい人間に見立てて追い出す算段なのかと思ったが、どうも様子が変だ。


「お願い消さないで僕を消さないでここにいるから……僕を見てよ……僕はここにいるんだから、お願い、消さないで……」

 イリアスが、床に突っ伏しながら、小さな声でブツブツと念仏のように呟き続ける。


 その言葉に、若干の既視感デジャヴを感じた瞬間──


「ここにいた! いりあす! ぷれぜんとみてー!!」

 部屋の扉がバタンと開き、そこからオモチャの剣を持ったエリックが顔を覗かせた。


「エリック様! ダメだ今は──」

 私が慌てて、部屋に入ってこようとするエリックを制しようとしたが。

 油断した私より、イリアス少年の方が動きが早かった。


 扉の前に立つエリックに飛びかかろうとするイリアス。

 その手には、キラリと光る飛び出しナイフが握られてるのを見た。

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