第25話 屋敷に再度潜入した。

「いってらっしゃいませ」

 私は、家人たちと共に深々と頭を下げた。


 今日はアティとエリックの本婚約の日。

 侯爵にともなわれたアティは、こちらを何度も振り返りながら車に乗り込んだ。

 やめて。そんな寂しそうな顔するの。さらって逃げたくなる。私にはその行動力があるからね? 逃げていいんか? ダメだろ。ダメだ。アティの為に我慢。

 アティの様子に気づいた子守頭マギーが、アティと手を繋いでくれたのは嬉しい。

 ──本来、手を繋ぐのは侯爵にお願いしたいトコだけど、それは難しいのかもしれない。


 侯爵とアティ、子守頭マギーが乗り込んだ車と、家庭教師サミュエルが乗り込んだ車が屋敷の敷地から出て行った。

 それが見えなくまるまで屋敷前で見送り──

 さてと。

 そろそろ、こっちも準備を始めるか。


 私は勿論、本婚約に同行は許されてない。

 だからね。

 勝手に行くよ。男装してセルギオスになってな。

 偏執少年イリアスが手ぐすね引いて待ってる場所にアティを送り出すのに、私が家で大人しく待つワケもなく。

 今日は裏からアティを守るぞっ!


 部屋に戻っていそいそと準備する。

 そして窓から脱出し、厩舎から馬を(勝手に)借りて早速アンドレウ邸へと向かった。


 さて。本番はこっからだ。

 油断せずに行かないとね。


 今度は迷わずにアンドレウ邸に辿り着く事ができた。

 また馬を見えない場所に隠し、アンドレウ邸の敷地内に侵入する。

 人に見つからないように、私はこっそりと敷地内を移動して屋敷の方へと向かった。


 移動中、これからの事を考える。

 私の目的は、偏執少年イリアスの魔の手からアティを守る事。

 できれば、これを機に偏執少年イリアスからの脅威きょういがなくなると嬉しい。しかし、それは難しいだろう。

 偏執少年イリアスの記憶がトぶまでボコる、なんて事も許されないしなぁ。

 まぁ、先の事は置いておくとして。とりあえず今回の危険を避ける事だけに集中しよう。

 その為の準備はした。

 あとは、成功する事を祈るだけだ。


 偏執少年イリアスが行動を始めると思われるタイミングは、本婚約後、無事終わって人々が油断している時だと思われる。前回もそうだった。顔合わせが終わり、大人たちが油断して子供だけで奥庭で遊んでいる時を狙われた。

 だから、それまではまだ少し時間があると思うけど──気は抜けない。

 一応、家庭教師サミュエル子守頭マギーには、基本できるだけアティから離れないように、とお願いはしているが、一瞬も油断しない、なんて事は無理だろうし。


 屋敷の近くまでたどり着いて、私は周りを見渡す。

 誰もいない事を確認し、私は荷物からアンドレウ邸の男性使用人用のジャケットを取り出して羽織り、鍵の開いている窓から屋敷の中へと滑り込んだ。

 これは、家庭教師サミュエルにお願いして、古くなって破棄される予定だったものを手に入れてもらったものだ。何に使うのか、と聞かれたので「念のためセルギオスに渡しておく」と言い訳して。ま、間違ってないよね。

 古ぼけていてサイズオーバーだけどまぁ仕方ない。

 これで、ぱっと見怪しくは見えない筈だ。伊達メガネもかけたし。これですぐには『前回の怪しい男』とはバレないはず。まぁ、時間稼ぎにしかならないかもしれないけど。


 私は、堂々とした足取りで屋敷内を歩いた。

 途中、何人かのメイドとすれ違ったが、一瞬目を止められるだけでとがめられたりはしなかった。

 侵入、成・功☆


 さて。問題は場所だよな。

 この屋敷、バカでかすぎんだよ。全部を探してたらキリがない。

 特別な構造してなければ、基本アティ達は一階にいる筈だ。

 取り敢えず近くの部屋を片っ端から耳を当て中の音の確認から始めた。


「あの……何をなさっているのです?」

 ドキーン!!

 そう背中に声をかけられ、口から心臓が飛び出るかと思った。


 驚いて振り返ると、プレゼントとおぼしき包み紙をいくつも持った可愛らしい年若いメイドさんが、キョトンとした顔で私を見ていた。

 私は慌ててたたずまいを直し、精悍せいかんな(※当者比)笑顔を浮かべて誠実な物腰を作った。

「実は新人で。屋敷の内部の事をまだ把握しておらず、どこが会場なのか分からないので調べておりました。

 勝手に扉を開けて中の様子を伺う事もできず……不躾かと思いましたが、中の様子を外から伺って、部屋の場所を特定しようとしておりました」

 少しはにかみつつ、恥ずかしそうにそう言うと、メイドさんはクスクスと笑っていた。

「そうでしたか。私も新人なんです。分かります。お部屋いっぱいあって最初戸惑いますよね」

 ああ可愛い。アティとは違った、でもまだ純朴さと少女っぽさを残した可愛さ。

 しかも、相手に共感してくれる謙虚さまで。

 オッサンどころかオバサンもイチコロだよこんなの。

「あ、もしよければ、お手伝いしましょうか?」

 私は、メイドさんの腕いっぱいに抱えられた荷物を見て、スッと手を差し出す。

 しかし、メイドさんは困ったような顔をした。

「でも、ご迷惑は……」

「あ、じゃあこういうのはどうです? 私が荷物を半分持つ。そして、貴女はそのお礼に部屋まで案内してくれる、というのは」

 私はバチコンと一つウィンクを飛ばす。

 すると、メイドさんは顔をポッと赤くしてビックリし、それからまたクスクス笑い始めた。エクボが可愛いね。

「はい。じゃあお願いします」

 少し申し訳なさそうなメイドさんから半ば殆どの荷物を受け取り、アワアワした彼女を催促さいそくして、部屋への案内してもらった。


 よし。

 これでパーティ会場へは潜り込める。

 あとは……が起こるのを待つだけだ。


 私は、笑顔の下に決意を秘めて、廊下をゆっくり歩いていった。


 ***


 パーティはどうやら、大広間サルーンで開かれるようだった。

 大広間サルーンに入ると、そこではせわしなく使用人たちが働いていた。

 もともと豪奢ごうしゃな作りの部屋に、子供向けな飾りが施されている。

 風船や垂れ布、どうやったんだか知らないけれど、天上から星に見立てたクリスタルが沢山ぶら下げられていた。

 すげぇな。マジ、すげぇな。予想を遥かに上回る凄さだなオイ。

 こりゃ、随分とアンドレウ公爵は気張ったなぁ。

 自分の息子の誕生日でもないのにここまでやるとは。

 それとも、エリック自身がそうしかけたか。エリックには『私の代わりに』と念押ししたからなぁ。『だんちょうのめいれい!』って張り切っても不思議じゃない。可愛いヤツめ。

 まぁそうだとしても。アンドレウ公爵はカラマンリス侯爵に恩を売るチャンスだ。豪華にすればするほど、カラマンリス侯爵は売られた恩がデカくなる。

 まぁ、何となくそれが分かっててアンドレウ邸に情報流してもらったんだけどね。

 男同士の見栄の張り合いと恩の売り合いは、ハタから見てて滑稽なもんだ。

 今回はありがたいけど。


 サプライズパーティは、本婚約の後に開かれるであろう食事会の後にでも、ちょびっとやるかと思ったけど。

 これは、食事会とサプライズパーティを同時開催だな。

 そりゃ盛大になるわ。

 ああ、この場に母として参戦したかったなぁ……

 アティがめちゃくちゃ驚いて喜ぶ姿を、すぐ近くで見れた筈なのに。

 ……マジあの侯爵野郎、ふっざけんないつかシメる。


 部屋に案内してくれたメイドさんに丁寧にお礼を言い、私は沢山いる使用人の中に混じってパーティの準備に参戦した。

 おそらくアンドレウ邸には沢山の使用人がいるのだろう。忙しいのもあって、指示を素直に聞いていたら誰も怪しまなかった。


 披露宴形式と立食を兼ね備えた形式だなぁ。

 部屋を半分に分けて、片方には丸テーブルと椅子がある。そこには既に皿等がセッティングされてあった。

 もう半分はスペースが空けられていて、そこで各々立っての会話を楽しめるようになっていた。もしかしたらダンスの時間もあるかもしれない。


 私は、テーブルの位置で大体誰がそこに座るのかを予想する。

 そして、まわりを見渡して扉の位置や物の位置関係を把握した。

 偏執少年イリアスは今回あんまり関係ない立場だが、エリックのお付きとなるとそばに控えるだろう。座る席があるとしたら、エリックのすぐ近くだ。

 アティはおそらく同じテーブル。……偏執少年イリアスに近いな。


 もし。

 もし偏執少年イリアスが、「自分がやった」と疑われる事なくアティに何かするとすると、おそらく──


 私は、パーティ中の偏執少年イリアスの行動を予想して、色々なケースを想定して頭の中に叩きこんだ。


 いつでも来い。

 アティは必ず守り抜いてやるからな。

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