第23話 誕生日会を計画した。

「再来週、アティの誕生日があるのは知ってますか?」


 談話室にて、振る舞われたお茶と茶菓子をパクついているエリックに尋ねてみた。

 エリックは勿論首を傾げる。

「○△△××──」

「口の中に物がなくなってから喋りましょうね」

 さえぎると、エリックは口を押さえて一所懸命にモグモグした。何なの可愛い。その行動、ツボやぞ。

 ゴックンとお菓子を飲み込んだエリックは、口をあーんと開けて私に見せ、私が頷いてから喋り始めた。

「しらないけど、あてぃはこんどうちにくるぞ!」

「エリック様の家に? あら、そんな予定があるのですね」

 私は、あくまで『知らないテイ』で通す。

「イリアス様は、その予定の事はご存じですか?」

 私は、今度は偏執少年イリアスに話を振ってみる。

 しかし、彼はんー? と少し考えた素振りをした後

「すみません。存じ上げません」

 と済まなそうにそう零した。

 え……演技派ー。知ってるクセに。まあ、無知な少年を演じていた方が、彼にとっては色々都合がいいのだろう。いや、歪んだ見方かもしれないけれど。彼は頭の回転の速さは相当のハズ


「そうですか。アティの誕生日と関係があるのですかね? うーん」

 私も偏執少年イリアスに負けじと無知な女を演じる。

 そして、何かを思いついた風で、パチンと手を合わせた。

「そうだ! アティがエリック様の家を訪ねたタイミングで、お誕生日会をしませんか!?」

 そう提案した瞬間──

 私は見逃さなかった。イリアスが、ふっ、と口の端を歪ませて笑った事を。

 まぁ反応を見る為に、エリックを見ているフリをしてイリアスを凝視していたからな。

「たんじょうびかい!」

 エリックの顔がパァッと輝いた。

 お前が喜んでどうする。お前の誕生日会ちゃうぞ。可愛いから勿論許すが。

「あ、これはアティには内緒にいていてくださいね。サプライズパーティーにしたいので」

 私が口の前に人差し指を持ってきてシーッとやると、エリックも同じように指をたててシーッとした。ナニコレ可愛い。私を萌え殺す気か。もう四歳の癖に。

 あ、そんな微笑ましいやり取りしてたら。

 イリアスの視線が厳しくなった。こちらを視線で焼き殺してきそうな勢いだな。殺意ぐらい隠せや。


「ケーキと……何かプレゼントを用意して、アティを驚かしてあげるのです。きっと喜びますよ!」

 それは、純粋にそう思った。きっとアティは喜んでくれる。その喜び方なんかさ、絶対絶対絶対絶対可愛いぜ? もう、想像しただけで脳内麻薬で脳味噌溶けそうになる。

「けーき!」

 エリックが更に舞い上がった。だからお前のケーキちゃうってば。まぁ、でも、こんなに喜ぶんならエリックの為にも頑張っちゃうよ!!


 ……と、いっても。私が作るわけじゃないんだけどね。屋敷の料理人にお願いするよ。

 え? 作れないのかって? 作れるよ。作れるけどね? 過去、作ったことあるんだけどね? 何故かスポンジが岩かよ、ってぐらいに硬くなってね?

 妹がさ。前歯、折ったんだよね☆

 モウ二度ト作ラナイ……


「じゃあケーキは私が準備しますね! エリック様とイリアス様は……そうですね。サプライズ用の部屋の飾り付け等をお願いできますか?」

「うん!!」

 私の言葉に、エリックが飛び上がらんばかりにテンション爆上げ。それを、イリアスもニコニコとした笑顔で見ていた。

「あ、プレゼントはそれぞれで用意しましょうか。そうですね。アティに相応しいと思うものは如何いかがですか?」

「アティ様に相応しい……?」

 そこで、偏執少年イリアスがふと首を傾げる。暫く目を宙に泳がせてから──ニヤリと笑った。

 オイ、お前、今どんだけゲスい事思いついたんだよ。やっぱ怖いなこの少年。ホントに十一歳かよ。

「あ、でも……」

 そこで私は初めて言葉をにごらす。

「もしかしたら、私はその場に行けないかもしれません。アティがエリック様のお家に行くことを私は聞かされていませんでしたから」

 ぶっちゃけ、これは事実。

 だって、アティの本婚約の話は私に直接されていない。つまり『来る必要はない』という事だ。

 むしろ、侯爵の事だから『来るな』と思ってるかも。チキショウ。

 アイツ、本当に私をただの『セルギオスの血縁をヒリ出す腹』としか思ってねぇな。しかも、ナチュラルに悪意なくそう思ってるのが更にムカつく。


「だんちょう、これないの?」

 先程のハイテンションとは打って変わって、あからさまにしゅーんと沈んだエリック。ああ、今、エリックの頭とお尻に犬の耳と尻尾の幻覚が見えるゥ。耳が寝ちゃって尻尾が下がったぞー! なんなのこの小動物感! 私が犬好きだと知っての狼藉ろうぜきかけしからん!

 アティはねぇ、仔猫って感じなんだぁ。勿論猫も好き。あのキュルンとした菫色バイオレットの瞳で小首かしげながら見上げられたらさぁ、もうあざと可愛い! その場ですぐ抱き上げて撫でぐり回しちゃう!! 勿論本人にあざとさなんてないからタダの可愛いなんだけどさっ!!!


 ……思考が脱線した。


「そうですね。侯爵様に相談してみますが、行けないかもしれません」

 私はすまなそうな顔をして、エリックの頭を優しく撫でた。

 こればっかりはどうしようもない。侯爵がダメだと言ったらダメだからね。

「でもその代わり、アティが喜びそうなモノを沢山準備しておきますからね!」

 コレも本音。アレもコレもドレもソレも準備しちゃうからね!!

 盛大な誕生日パーティにしてやんよ!!!

「エリック様も、イリアス様も、ご協力いただけますか?」

 丁寧な物腰でそう二人に尋ねると、エリックは飛び跳ねて了承した。

 ──イリアスは、ただニコニコしていただけだった。


 ***


 様々な人間にネゴをとっていたら、あっという間に時間が過ぎた。

 アティとエリックの本婚約、そして誕生日が目の前に迫ってきていた。

 あとは、最後の締めを行うだけだけれど──


 これが一番厄介だなぁ。


 夕飯の後。屋敷の中に緩やかな時間が流れ始める頃、私はそこを訪れた。

 侯爵の書斎だ。

 最近、侯爵は屋敷にいるけれど、やはり忙しいらしくかなり遅くまで書斎にこもって仕事を片付けているようだった。

 ノックをするとすぐに返事が返って来る。

 私はしずしずと入室した。


 書斎の机に、沢山の書類に囲まれて座る侯爵は、入ってきたのが私だと気づくと、面倒臭そうな顔をした。

 あからさまだな、オイ。

「なんだ」

 すぐに私から机の上の書類に視線を戻して、侯爵はぶっきらぼうにそう吐き捨てた。

「あの、アティの本婚約の件なんで──」

「ダメだ」

 早いな、オイ。せめて最後まで言わせてくれよ。

「……まだ最後まで申しておりません」

 悔しくてそう食い下がると、更に、本当に、とてつもなく面倒臭そうな顔をして私をめ上げた。

「どうせ、一緒に連れていけと言いたいんだろう。ダメだ」

 正解。

 くっそう。取りつく島もねえ。

 理由を聞いたところで適当にでっちあげられるだけだ。

 侯爵がこれ以上機嫌を悪くして聞く耳を持たなくなるのも面倒くせェ。

 私は本題のみ伝える事とした。


「私が一緒に行けなくても構いません」

 そうポツリと告げると、物凄く意外そうな顔をして私をハッと見上げた。

 どういう意味だこの野郎。

「ただ、その日はアティの誕生日でもある筈です。なので、アンドレウ邸でアティの誕生日サプライズパーティを開きたいのです」

「パーティ?」

 まさか、私の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。

 侯爵は手に持ったペンをペン置きに置いて、改めて私の方へと向き直った。

「はい。その日は、アティとエリック様の婚約の記念となるだけでなく、アティの誕生日という記念日です。

 そこで、アンドレウ邸でお祝いをして欲しいのです。

 実は、その手配は完了しております。

 あとは侯爵様の許可をいただければと思いまして」

 私がしおらしくそう説明すると、侯爵は顎に手を置いて少し悩む。


「おそらく、お食事などをなさると思います。その時に一緒に祝って欲しいだけなのです。いかがでしょうか?」

 と、言いつつ。実は、婚約の手続きを行った後、アンドレウ邸で食事会が開かれる事は、家庭教師サミュエルを通じてリサーチ済みだ。

 よっぽどアティの誕生日を祝いたくないのであれば断るだろうが。

 そうはいかないだろう。アティを、愛しているのであれば。


 っていうかさ。

 家庭教師サミュエルにアンドレウ邸の情報を貰うのと同時に、彼にアンドレウ邸にそれとなく『その日はアティの誕生日なんだ』という情報も流してもらったんだよね。

 もし正式にその話がなくても、家人たちはその話が急にあがっても大丈夫なように準備はする筈だ。


「……さっき、『手配は完了している』と言ったな」

 侯爵が口を開く。お。いい感じ。あと一押し。

「はい。侯爵様の許可さえいただければ、すぐに準備にとりかかって用意できるように、必要な場所に話は通してあります。

 でも──」

 私はそこでわざと言葉を切って溜める。

「アティには内緒にしてあります。喜んで、もらいたくて」

 たっぷり情感を込めて言ったった。


 侯爵が、軽く舌打ちしたのが聞こえた。

 ははっ。このワードには弱いか? そうだよな。最愛の前妻にそっくりなアティが、喜ぶんだぞ?

 それに。

 その場に私が行かないという事は、その手柄を、侯爵自身のものにできるのだ。アティからの株が爆上がりやぞ?

 どうだ?

 ダメだって言えるか?


「分かった。私からアンドレウ公爵家へ話をしておく」

 やった!

「ありがとうございます」

 本当に嬉しかったので、私は丁寧に頭を下げた。


 侯爵は、許可だけ出すと、もう話題に興味を失ったのか、視線を書類へと戻してしまった。

 機嫌を損ねて取り消されては嫌なので、私は大人しくサッサとその場を後にしようと背中を向けた。


 その瞬間──


「そういえば。サミュエルとの火遊びは順調か?」


 そんな冷たい言葉が、私の背中に突き刺さった。

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