第22話 家庭教師の信頼をGETした。
「セルギオスは……」
私の言葉を、
「私の……」
信頼を得る為には、嘘はつくべきではない。
「兄です」
「知ってる」
速攻で彼からツッコミが入った。
「いえ、そうではありません。貴方が知っている私の兄のセルギオスは、貴方がご存じのように、もう既に亡くなっています」
私は、
──嘘を。
「あのセルギオスは、セルギオスではありません。私のもう一人の兄なのです」
男装がバレると動きにくくなる。
だから、物凄く真面目な顔して真っ赤な嘘をついてやらぁ。
「もう一人の……兄? お前は双子で死んだ兄が長子だった筈だが?」
サミュエルは、以前私を脅す為に色々調べたであろう、その情報を口にした。
うん、間違ってない。事実。
「実は……生まれた事を秘密にされた兄がいたのです。私たちは、実は三つ子だったのです」
嘘ですが。
「跡目を継ぐ為の男子が、同時に二人も生まれてしまった事でいらぬ混乱を招かぬ為に、一人は生まれた事を秘密にされたのです。名前も──つけられなかった」
嘘なんですが。
「彼は今も影で生きています。──私の、協力者として。私が、アティに何かあってはいけないからと、護衛をお願いしたのです」
いえ、彼は私なんですが。
「でも、これは秘密なんです。我が一族が、
ええ、男装した私がセルギオスを名乗って剣術大会荒らしをしていたとか、めっちゃ一族の恥扱いされてます。
「彼は表舞台には絶対に出てきません。出られないのです。だから……どうか、内密に」
ダメ押しで、私は少し目を潤ませてサミュエルを見上げた。
彼は、驚いた顔をしていた。
しかし同時に、色々考えているよう。視線が泳いでいる。
「……そう、だったのか……」
あ、信じた。
いいよ。情報を集めて策略家を気取っていても、こういうちょっと単純なところ、結構好きよ。……ヒトを突然罵倒するところは嫌いだけどね。
「なるほど、そうか。旦那様が出た剣術大会にいた、あのセルギオスという男は……死んだ筈の人間ではなく、彼だったのか……」
あ、なんか、違う情報も混ざって、より確信っぽくなったみたい。良かった。
「あの!」
私は一応、更にダメ押しのダメ押しをする。
「この事は、侯爵様にも秘密にしておいてください!」
「お願い……します」
私の渾身で迫真の演技で
彼は、色々
「分かった」
納得したようだ。
良かった!!
よし。更に情報を与えておこう。より、嘘を強固にする為に。
「エリック様は、その時助けてくれたセルギオスを、私だと勘違いしてこの屋敷に通ってきているようなのです。まあ、三つ子ですから。顔は似ていますしね」
っていうか、本人だけどね。
「いたいけな子供の夢を壊したくなく、私はエリック様に、私がセルギオスだと伝えております。どうか、エリック様の夢を壊さないであげてください」
まあ、この部分は事実も含まれてるね。エリックが私をセルギオスだと思ってるのは本当だし。
それを伝えると、サミュエルは少しはにかんだ笑みを
「……意外といいヤツだったんだな」
コラ。『意外』は余計やろ。
まぁいいや。
取り敢えずセルギオスへの濡れ衣は解消できたし、サミュエルの信頼も維持できた。
この場は丸く収まった。
あとは、アティをどう
色々、作戦を練らねばならない。
しかし──
私は、ふと部屋に
もう、結構遅い時間になっていた。
「もうかなりいい時間です。アティの件については、また別途ご相談させてください」
これ以上遅い時間まで自分の部屋に家庭教師を引き留める事は、あんまり良い事じゃない。誰かに見かけられて、屋敷中に変な噂がたっても面倒くさい。
「ああ、そうか。もうそんな時間か」
サミュエルもその事に気づき、すぐに部屋の扉の方へと歩いて行った。
彼を見送るついでに、その背中へと声をかける。
「どうか、アティの為に。よろしくお願い致します」
そう、深々と頭を下げた。
「分かっている」
そう捨て台詞的なものを零して、彼は部屋を出て行った。
***
でも、アティが屋敷にいる時は何も起こらないのだから、現時点で一番濃厚な犯人が
対策を立てねばならない。
そんな事したら、自分の立場が危うくなってエリックの側にいられなくなるからだ。
彼の現在の一番の目的は『エリックの一番近くに自分がいる事』
だから、やるとしたら間接的。自分がやったという証拠が残らない形で、だ。
この間のように誰にも見られないようにしてランタンを落とすとか、罠を張るとかだ。
しかし、彼の頭が良すぎて、私の考えでは向こうの上をいけるとは到底思えなかった。
こっちのアドバンテージがあるとしたら。
セルギオスの登場で多少警戒はしているとは思うけど、おそらくガッツリ警戒はしていないと思う。多分だけど。
問題はまだある。
もし本婚約の時にアティを守れたとしても、それからずっと
それは物理的に難し過ぎる。
できれば、
そんな事は可能なのだろうか?
始末するか?
いや、それは不穏すぎる。
それは……最悪の場合だな。
うーん。どうしたもんか。
あらゆるパターンが想定でき過ぎて、全てをカバーできる方法なんてない。
その場合はどうしたら……
あ、そうか。
その場合は──
***
「だんちょう! げんきか?!」
開口一番がソレかい。ま、可愛いからいいけどね。
屋敷の玄関から入ってきたエリックの口から飛び出してきた言葉を、思わず微笑ましく思ってしまう。
うん、いいよ。おバカでも。賢さを気取った薄っぺらよりは数段マシだね。おバカでもいい。しっかりと地に足ついたおバカなら。
因みに、アティはといえば。
あの日、夕飯を辞退して夜も一緒に寝なかった為か、次の日の朝、私がアティの部屋を訪ねたと同時に足に抱きついてきた。
どうやら相当心配をかけてしまったようだ。
ホントにごめんね、アティ。
でも、ちゃんと他人を心配出来る良い子だねぇ。優しい天使様だねぇ。可愛くて優しいとかそんなんアリかよ。アティの場合はアリだけど!!
アレから数日間は、家に来ないように我慢していたのだろう。
玄関から入ってきたエリックは、もう
勿論後ろには、世話役のイリアスを従えて。
知ってるぞ。その笑顔の裏に憎悪を潜ませているのを。
しかもさ。
もう気づいてるから分かるけど、殺気、ダダ漏れやぞ。まだまだだな。
「さぁ、こちらへ。今日はある提案があるのです」
私は、素知らぬ顔してエリックとイリアスを談話室へと導いた。
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