第20話 ヤンデレの事を思い出した。
イリアス・ライサンダー・テオドラキス
乙女ゲームの攻略対象。
ゲームの主人公やエリックたちと比べると少し年上の、テオドラキス宰相の嫡男。
味方にすると頼もしいが敵に回すと最悪、と言われる頭脳派で策略家。
ゲーム中、あんまり人好きするようなタイプじゃなかったのに、何故かエリックと親しげだと思ったら。
なるほど。エリックの世話係をしてたのか。
アンドレウ公爵家との将来のコネクションを見据えて。
確か、エリックの七つ上だから、十一歳。
立ち振る舞いを見ると、もっと上にも感じたが。
ヤバイ。コイツ、苦手なんだよなぁ……
エリックが薄っぺらい正義漢なら、コイツはさしずめ毒の檻。いわゆる──ヤンデレ。
乙女ゲームにはそれぞれキャラごとに、バッドエンドやハッピーエンド、トゥルーエンドとやらが色々あるが、コイツの場合特殊で、殆ど全てのエンドで主人公は軟禁や監禁される。なんでやねん。
まぁ? そういう独占欲を発揮されて喜ぶタイプのニッチな乙女達には人気があったようだけど、私はダメだったなぁ。
強制イベント以外は、なるべく近寄らないようにしてたっけ。
乙女ゲームの時とは似ても似つかぬ、子供っぽい無垢な顔だったから気づかなかった!
こんな無垢が蛇みたいな顔になるんだから、人って分からない……
なんだろう。
このいたいけな少年があのサイコ野郎だと気づいた瞬間から、私の脳内のある部分からメッチャ警戒警報出てる!
落ち着け私。まだこの少年はサイコ野郎になってない。
まだ、変な性癖には目覚めてない。きっと。たぶん。おそらく。それはどうだろう??
そもそもサイコな性質って生まれた時からだから、途中で変える事ってできないんだよね。そんな危険なヤツを、アティとエリックの側においておくなんて怖い。
でも、こればっかりは私にはどうしようもできない。
さっきから、ニコニコした無垢な笑顔で私を見ているその幼い顔の裏に、とんでもねぇ怖い側面を隠してる気がしてならなかった。
気のせい、気のせいなんだ。気のせいなのは分かってる。
でも、この「苦手意識」はどうしようもない。
「セレーネ様?」
言葉を発しなくなった私に気づいたのか、
「おかあさま、おかお、へん」
アティがそんなド直球な指摘をしてくる。
「だんちょう?」
エリックまで、とんでもなく不安そうな顔をして私を見上げてきていた。
「セレーネ様、お顔が真っ青ですが、どうしたんですか?」
「あ……なんでも、ありません。今日は私、少し体調が悪いようです。申し訳ないのですが、今日の修行はナシにして欲しいデス……」
なんか、上手く口まで回らなくなってきた。
私がそう言うと、サミュエルがすかさず立ち上がり、ドア付近のベルを鳴らす。
すぐさま談話室に家人が入ってきた。
「どうやら奥様のお加減がよろしくないようです。エリック様方のお見送りをお願いします」
テキパキと指示をすると、家人がエリックと
「おかあさま」
「だんちょう……」
私のそばを通り過ぎる時、二人は揃って不安げな顔を私に向けてくる。
「少し、調子が悪いだけです。明日には元気になっています。
心配かけてごめんなさい。大丈夫ですよ」
私は、出来る限り笑顔を作って二人に向けた。
***
私は、自分で言うのもなんだけど、珍しく自分の部屋に
今日の夕飯もとらなかった。食欲なんて皆無だった。
アティには悪いと思ったけれど、
さっきから、全身が粟立って落ち着かない。脳が警戒警報をガンガン鳴らしているのは分かるのに、その理由が分からない。
どうしたんだろう、自分。
もしかして、アティから風邪でも貰ったのか?
アティの風邪なら喜んで
あの子に関して、何かあるんだ。
でも、それが分からない。
実は、乙女ゲームについて何度も周回したけれど、このイリアスのキャラのルートだけはエンディング・イベントスチルコンプリートの為だけしかやっていない。
だから、実は彼についての詳細やイベントについては、あまり覚えていないのだ。
それぐらい、本当に苦手だった。
ただの苦手意識?
いや、そんな事はない。だって、まだ今は何もされていない。される予定もない。
乙女ゲームの中では、悪役令嬢継母と、イリアスとの接点はないのだから。
──ないよね?
そう思った瞬間、脳内の警報が更に大きくなった。
居てもたってもいられないぐらい落ち着かない。
私は、座っていられず、部屋の中をウロウロうろうろと歩き回った。
何か忘れてるんだ。
きっと、すっごく重要な事。
でも思い出せない。
じっとしていられない。
どうしちゃったんだ、自分。
「らしく、ないな」
そんな声が、背後から飛ぶ。
驚いて振り返ると、扉のところに、
「ノックぐらいしてくださる?」
いつの間に。勝手に開けんな。
「したさ。何度も。気づかなかったようだから、悪いと思ったが勝手に開けさせてもらった」
別に悪かったとも思っていない風で、後ろ手に扉を閉めて部屋の中へと入ってくる。
入ってくんな。許可してねぇよ。
「……貴方は、
この時間帯、この屋敷に居るハズのない人間に、その疑問をぶつけてみた。
「気になる事があって、今日は泊まる事にした。旦那様の許可は取ってある」
気になる事?
そんなの、今はどうでもいい。
それより、このどうしようもない感じだ。これを早くなんとか
「アティは今マギーが見てくださっています。おそらく、彼女がそばにいれば大丈夫だと思います。多分、ですが」
ああ、アレか。アティの警護を頼まれたのに、彼女を放っておいてる事を指摘しにきたのか?
確かに。今誰が敵か分からない状態で彼女の側を離れるのは得策じゃない。
でも、正直、それどころじゃないと感じてる。
どうしてだ?
私の中では、アティより優先すべき事なんてナイ
サミュエルは、部屋の扉の前で腕組みし、扉に背を預けて足も軽く組んでいた。
しばらく私がウロウロしている姿を眺めていたら
「何をそんなに怯えてるんだ」
そんな言葉を放ってきた。
「怯えてる?」
私が?
何に?
「イリアス様と喋ってから、お前オカシイぞ」
イリアスと喋ってから?
イリアスが……
「私、イリアス様を、怖がってる?」
まさか、そんな。
ただの少年だぞ? まだヤンデレになる前の
怖がる理由なんて、ない、
ない、よな。
あれ。
ああ、この感じ。
思い出した。
一人で、熊と対峙した時に似てるんだ。
私は、怯えてる。
怖がってる。
あの、あどけない
命の危険のようなものを感じ取ってる。
だから、頭の中で生存本能が警報を鳴らしてたんだ。
『逃げろ』
と。
でも、なんで?
自分が怯えているのだと自覚した瞬間、意図せず身体に震えが走った。
足先から振動が始まって自分では止められない。
私は、自分の身体を抱いてなんとか震えを止めようした。
「本当に、らしくない」
そんな声が、すぐそばから聞こえた。
部屋のガス灯の明かりが何かに遮られて、私に影を落とす。
フワリと、
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