第19話 修行がバレた。

「セレーネ。しばらくお前は屋敷から出るな」

 最近ずっと屋敷に逗留とうりゅうしているカラマンリス侯爵──自分の夫から、そう告げられたのは、とある朝の食堂での話。


 アティとはいつも通り食堂で一緒に食事を摂っていたが、いつの間にか、そこに侯爵が参加するようになっていた。

 ま、そこにいるからといって喋らないんだけどね。


 しかし、今日は違った。

 私の方は見ずに、アティの食事の介助(といっても、アティは自分で結構ちゃんと食べられるけどね)をしている私に、一言、そう言い放った。


「……どういう事ですか?」

 侯爵の言葉に、当然納得なんかいかないので、すぐさまそう切り返す。

「言葉の通りだ。いいな?」

 速攻で冷たい声が返ってきた。

 オイオイオイオイ。何の説明もナシに命令だけって、随分いいご身分だな。

 いい身分は事実だが!


 ……ホント、コイツは何の説明もしねぇなぁ。


 かなりイラッとしたけれど、ここにはアティやそれ以外の家人たちがいる。

 ブチ切れられない。

 っていうか、侯爵コイツ、それが分かっててここで言ったな!?

 ここでは私が大人しく「はい」としか言いようがない事を分かってて!!

 くっそう。


 うーん。

 ムカつく。

 でも、アティの前で険悪なムードにはなりたくない。

 ああでも……


「侯爵様」

 私は、アティに向かっていた身体を真っすぐに侯爵へと向け直し、改めて問いかけた。

「侯爵様のお言葉は絶対だという事は理解しております。

 しかし、一方的に言われたのでは承服しょうふくしかねます。

 理由を、ちゃんとお教えいただけますか?

 もし、ここでは話せないような、内密の内容であれば後でお伺いしますので」

 丁寧に、私は自分の意見を述べた。

 そう、こうやってアティにも『納得いかねぇ事は飲み込まずその場で抗議の声をあげる』事を覚えて欲しい。

 私たちは首振り人形ではないのだ。


 侯爵は食事をする手を止めて、微妙な、本当に微妙ーな顔をする。

 そして

「……セレーネ。お前は今、『修行』と称してエリックを家に招いては色々と教えているそうだな」

 そう言いにくそうに言った。

「うっ……」

 ああ、やっぱり。その事は侯爵の耳にも入ったか。まぁ、エリックが黙っていられるワケはないとは思っていたけど。

 一応心の中で言い訳させていただくと! エリックを私が家に招いた事は一度もありませんー! あっちが勝手に来るんですゥー!!

「その時に、どうやら先方の教育方針とは違う事を教えているとか」

「ぐぅっ……」

 ……言い訳すらできない。ええ、その通り。

 だって、向こうの教育のままにしたら、エリックは薄っぺらい正義感を振りかざすウザい男になるじゃん。あの乙女ゲームのキャラのままに。

 そんなのアティの夫としてはふさわしくない。だから私が洗脳──違った、ちゃんとした『人間』になる為の心構えをさ、こう、ね。伝えようと……

「すみません」

 確かに。それによって侯爵の立場を悪くしてしまった。

 そこは反省。素直に謝った。

「しかも、『受け身は基礎中の基礎!』とか叫びながら、庭でゴロゴロ転がって泥だらけになるそうだ」

 ……ああエリック。

 偉いぞ。家でもちゃんと自主練してるんだ。これぞ教え甲斐がいがあるってもんだ。団長は嬉しいぞ。団長じゃないけどね。

 思わず嬉しさで顔をニヤけさせてしまったら、侯爵がそれを目ざとく見つけてにらみつけてきた。

 すみません。反省は、してます。一応。泥だらけになるから庭ではやらず、家のカーペットの上とかでやりなさいと伝えるべきでした。

「ともかく。今後、エリックを家に招かず、お前は部屋で大人しくしていろ」

 面倒臭そうな顔をした侯爵は、そう言って話を締めようとしたが

「あの、一つ、よろしいでしょうか?」

 私は更に言いつのった。

「なんだ」

 ああ、マジ面倒臭そうな顔。ああいう顔を、アティに向けて欲しくないなぁ。私には別に構わないけど。面倒くさそうな顔されたって言いたい事は言うから。

「エリック様の方からいらした場合は、どのように対処すれば?」

 そうだよ。私は一度だってエリックを自分で呼んだ事ないもん。『だんちょう! しゅぎょう!!』と言って事あるごとに訪ねて来るのは向こうだもん。

「……いないと言えばいい」

「嘘を、つけと?」

 そう切り返すと、今度は侯爵がウッと言葉を詰まらせた。

 ここにはアティがいる。アティがいる前で、嘘をつく事を、肯定できるかな?


 そういえばと思ってアティの方をチラリと見てみたら、私と侯爵が話をしているのを見たのが新鮮だったのだろうか。キラッキラした顔で私と侯爵を交互に見ていた。

 嬉しいのか、その顔は、嬉しいんだな? 結構険悪な感じになってるけど、アティにとっては私と侯爵が会話している方が嬉しいんだな?

 もう! なら今度からアティの前でウザいぐらいに侯爵に絡んでやんよ!!


「……エリックから来てしまった場合は応対していい」

 侯爵が、憮然ぶぜんとしつつそう呟いた。

「その代わり、下手な事は教え込まないように。いいな?」

 そして、ダメ押ししてきた。

 どうでもいいかもしれないけどさ、この「いいな?」って人に意見を押し付けるの、好きじゃないなぁ。ああ、でも私も他人にしてるかも。

 気を付けないと。

「分かりました」

 私はうやうやしく頭を下げた。


 ***


 ……早速さ。来たよね。エリック。暇なんかな?

 まぁ、まだ四歳児だからね。マナーや勉強を行う時間以外はフリーなんだろう。

 でも、来過ぎじゃね? 怒られない? エリック自身が、怒られない??


 屋敷の中で応対した私は、侯爵の言いつけどおり外には出ず、来たエリックを談話室まで案内した。エリックと一緒にいつもいる世話役の少年も一緒に。


 しかし。今日はワケが違った。

 一緒にアティも家庭教師のサミュエルもいた。

 なんで??


 談話室に勢ぞろいした違和感ありまくりの面々を前に、さてどうしたもんかと悩む私。

 まず。家庭教師サミュエルにセルギオスの正体がバレてはマズイ。

 しかし、エリックの口からツルっと出る確率が物凄く高い。っていうか、絶対出る。100%出る。まいった。どうしよう。

 つか、なんで家庭教師コイツがここに居んねん。お前、今日はアティの授業じゃなかったんかい。


「あの、サミュエル。貴方は何故ここに?」

 私はとてつもなく引きつった笑顔だったのだろう。サミュエルは普段の鉄面皮笑顔の中に若干の嬉しさをにじませていた。

「セレーネ様が、エリック様に色々と教えている事があると聞いたもので。是非それをアティ様の指導にも取り入れたいので、見学させて頂きに参りました」

 参りました、じゃねェよ! 口元がニヤついてるぞコラ!

 もしかして、私の弱味でも探ろうとしてんのか!? 保険にアティまで連れてきて!

 性格悪いなコイツ! 他人ヒトの事は言えないけどさぁ!!

「そんな、アティの指導に役立つような事は何も──」

「だんちょう! お(↑)れ(↓)うけみできるようになった! きょうはなにするの!?」

 私がなんとか言い訳して家庭教師サミュエルをどっか行かそうとする前に、エリックが! エリックがあっさり口滑らせた!!

「だんちょう?」

 エリックの言葉に、アティが小首をかしげた。うん、可愛い。じゃなくて!

「ああ、ええとですねアティ。私はエリック様に……その……」

 うう、どうしよう。世界の鍵となるアティを守る為のドラゴン騎士団があってね、なんて話はできんぞ!

 そんな話したら、当のアティが困惑するわ!!


「セレーネ様は、エリック様に、いざという時の所作しょさを教えてくださっているんですよ」


 その台詞セリフは思わぬところから飛んだ。

 普段、ニコニコしてエリックの後ろに控えている、世話役の少年が声を発したのだ。初めて声聞いた。

「しょさ?」

 アティが、少年の方を見て再度小首をかしげる。そこからチラリと家庭教師サミュエルを見上げると

「『所作しょさ』とは、身体の動かし方、という意味です」

 彼はアティに小さい声でそう説明した。

「そ、そうです。転んだ時やバランスを崩した時に、怪我をしないようにする為の『受け身』のやり方を、エリック様に教えていたのです」

 私は、世話役少年の助け舟に、ここぞとばかりに乗っかる。

 助かった。本当に助かった。『団長』部分を見事にスルーし、しかも嘘もついてない。

 やるやん、この少年!

「ああ、イリアス様はエリック様と一緒におられるので、内容をご存じなのですね」

 一瞬、目の端をひきつらせて、サミュエルは少年を見た。ふふ。私を問い詰められなくて面白くなかったんだろう。

 はは。私だってそう簡単に──


 イリアス?


 なんか、聞いた事がある気が──

 あ、既視感デジャヴ


 イリアス・ライサンダー・テオドラキス

 乙女ゲームで見た名前。

 しかも、結構頻繁に。


 ああ、コイツ……


 乙女ゲームの攻略対象だ。

 エリックの少し遠い親戚であり、将来の宰相候補、テオドラキス宰相の嫡男、イリアスだ!


 それに気づいた瞬間、私の脳裏には様々な思い出が蘇ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る