第18話 修行を開始した。

 熱も引いて、アティはすっかり元気になった。

 また、エリックの見舞いも嬉しかったよう。

 新しい髪飾りをプレゼントされて舞い上がっていた。うん。可愛い。似合うよ。良い趣味してるじゃん。誰が買ったか知らないけれど。

 ま、それと同時に、庭で摘んだアティの好きな花も持たせたからな。

「これ、すき」

 と頬を赤らめたアティはこの世のものと思えないほど可愛かった。思わず昇天しそうになったね。


 でも、一番はコレだったかも。

 アティの部屋に来たエリックが、突然アティの手を握って叫んだのだ。

「あてぃはお(↑)れ(↓)がまもる!!!」

 ……ドラゴン騎士団の話をスッカリ信じたエリックが、その使命感に駆られて口走ったのだ。

 まぁ、セルギオスの名前出さなかったから、ヨシとしよう。


 アティはその言葉がよっぽど嬉しかったのか、その日の夜一緒に寝た時は、その事を何度も何度もずっと話していた。

 微笑ましい。ホント、微笑ましい。

 その瞬間を写真撮って額縁に飾りたかった。

 それが出来ないので、心の額縁にこれでもかってほど飾り付けて刻み込んだ。

 ホント、尊い……半分昇天しかけたよ。


 アティが元気になったのは嬉しい。

 嬉しいんだが……


 アレ以来、エリックが頻繁に訪ねて来るようになった。

 どうやら、ドラゴン騎士団の修行をしたいらしい。

 キラキラした目で私を羨望せんぼうと尊敬の眼差しで、訪れてはつどつど見上げてきた。


 最初は忙しいからと断っていたんだけれども。

 断ると、エリックが目に見えてガッカリするので罪悪感が。

 しかも

「きしだんだからいそがしいんだ。しかたないんだ」

 と、自分に言いかけせて、ショボンとした背中を見せるもんだから──もう!!


 アティが勉強中の時だけ、エリックに稽古をつける事にした。

 ただし。

 稽古をつける時は、世を忍ぶ仮の姿で行う事、セルギオスではなくセレーネと呼ぶ事、ドラゴン騎士団の話は口にしない事、それをキッチリ守らせる事とした。

 ……まぁ、無理だとは思うんだけどね。


 稽古の時は、エリックの側には必ず世話役の少年が常に付き従っていた。

 私は彼に『今エリックの中で流行ってる設定で、キャラになり切ってやってるんだ』と説明しといた。


「さてエリック様! 準備はいいですね!!」

「はい! だんちょう!!」

 いや、団長ではないんだけどね。まぁ、いいけど。


 中庭で、動きやすい格好をしたエリックと、同じく動きやすい格好をした私は、面と向かって立っていた。

 今、アティは家庭教師サミュエルの授業を受けている。


「ではエリック様! 修行を始めますよ!」

「しゅぎょう! お(↑)れ(↓)ひっさつわざおぼえたい! かっこいいの!」

 エリックは、腰に差した木刀を抜き放ち、ブンブンと振り回す。

 しかし私は、その木刀をキャッチして取り上げた。

「エリック様。貴方は勘違いしています。騎士団の強さは力や剣の強さではありません。心の強さですッ!!」

 そう言うと、エリックはキョトンとした顔をする。どうやら、必殺技を伝授してもらいたかったようだ。

 そんなものはない!!

「こころのつよさ?」

「そう、心の強さ。だからといって、心の強さとは、泣かない事や我慢する事、泣き言を言わない事でもありません。

 理不尽に立ち向かう心を持つ事、そして、つらくてくじけても、いずれ立ち上がったら前に進む事ですッ!」

 熱弁したけど、エリックは小首を傾げている。

 ……やばい。可愛い。

 うん。まぁ、概念的な事を伝えても、分かりにくいよね。

 私は、膝をついてエリックの目線に合わせる。

 そして、その両手を取った。

「エリック様は、『男だから泣くな』とか『男だろ我慢しろ』とか、沢山言われてませんか?」

 そう尋ねると、エリックは大きくウン! とうなずく。

「うん! だってお(↑)れ(↓)おとこだもん!」

 私は、ふぅとため息を一つついた。

 やっぱり、まぁそう教育するわな。普通。


 私は、エッヘンと胸を張るエリックを、真面目に、真摯な眼差しで真っ直ぐ見た。

「エリック様。男だからとか女だからとか、それは違うんです。泣きたい時は泣いていいんです。我慢できない時は逃げたほうがいい事もあります。それは、男も女も関係なく、みんなそうなんです」

 伝わるかどうか分からないけれど、私は自分の考えを伝える。


 男だから泣くな、なんて、酷く愚かな事だ。

 男なら泣いてはいけないのであれば、そもそも男には泣く機能が備わってない筈。しかし、そうなっていない。泣く事は生理現象で摂理だ。それを我慢することの方がオカシイ。

 泣く事が情けないとか無様だ、なんて事はない。

 泣く事は高まった感情の発露。ストレスを解放する行為。

 悲しくて泣く、悔しくて泣く、辛くて泣く。

 人は、極限まで高まった感情を『泣く』事で発散し、バランスを取っているのだ。

 感情は、出さなきゃそのうち出し方を忘れてしまう。つまりそれは、感情やストレスを、腹に溜め込んでしまうという事だ。

 そして、それがいつしか他の事に影響を出してしまうようになる。


 侯爵が、妻の死を受け入れられなくて、生写しのアティに接せられなくなったように。


 泣く事が無様? どこがだよ。

 私にとっては、泣く人間を嘲笑あざわらう方が無様だ。


「痛い、辛い、嫌だ、そう思ったら、私にちゃんと伝える事。できますか?」

 ゆっくりと、エリックに説明する。

 しかし、エリックは微妙な顔をしていた。

 恐らく、普段言われている事と正反対の事を言われたからだろう。

 イマイチ、納得していないようだ。

「でも、そしたら、しゅぎょうできない」

 シュン、と肩を落とすエリック。

 ああ、そういう事か。

「エリック様がそう言ったとしても、修行はやめませんよ? エリック様が『修行を辞めたい』って言うまでは続けますよ」

 そう笑顔で伝えると、彼の顔が途端にパァっと輝いた。何て良い顔をするんだキミは。


 私は、エリックの頭をゆっくり撫でつつ、私の考えを伝える。

「痛いと伝えてほしいのは、怪我したら治したほうがいいから。辛い、嫌だと思ったら、じゃあ辛いと感じない、嫌だと感じない方法を、エリックと一緒に考える必要があるからです。

 それに、そう言葉で伝えてくれないと、私にはエリックが痛いとか辛いとか、感じてるのか分からないですからね」

 感情を上手く言葉にできないと、発散できずいつか爆発してしまう。感情の爆発は、一番悪い結果を招く事が多い。悲しみも、そして怒りも。

 感情を上手く処理するためには、まずは言葉にする事──幼い頃は、まずそれが大事。

 言葉にするにはある程度の客観視も必要になる。

 その練習を、小さい頃からするのだ。

 そうして、人は気持ちを制御する術を身につける。自分の感情が分かれば、自分で対処できるようになる。


 ──怒りを他人にぶつけて傷つけて発散したり、不機嫌を他人にケアしてもらわなければならないような人間には、なって欲しくない。


 そんな男は、アティの夫には相応しくない。


 そう、これは夫修行だ。

 アティに相応しい夫になる為の修行である!!!

 ま、本人には勿論言わないが。


「最初は難しいと思うけど。騎士団の修行は難しいのです。

 エリック様は、ついて、来れますか?」

 私は、ニヤリとしてエリックを挑発する。

 その言葉に発奮はっぷんしたエリックが、あたりまえだ! と大声で叫んだ。

 よし。これぐらいハッキリした方が丁度いい。上辺だけをなぞる様な生き方なんかして欲しくないしな。


「よし! それではまず! 体捌たいさばきの練習です! 受け身は戦いの基本中の基本!! エリック様いきますよ!」

「はい!!!」

 二人でそう気合を入れた私たちは、周りの人間が呆れるほど、庭をゴロゴロ転がりまくるのだった。

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