第17話 正体をバラした。

 朝、アティに会いに行くと、ノックして扉を開いた瞬間、足にアティが抱きついてきた!

 運命の再会ね! 私も会いたかったわアティ!!

 思う存分抱きしめて匂いを嗅いで顔中にキスしたった。キスしまくったった。チュッチュチュッチュ音立てまくったった。


 しかし、まだ少し身体が熱かった。

 本人はスッカリ元気だったが、これは多分、身体が熱に慣れただけだ。まだ熱は下がりきってないよう。

 大事をとって今日も安静にすることになった。


 アティの部屋で一緒に食事を取った後は、子守頭マギーが暫く面倒を見るとのこと。

 私はその隙に、色々やっておく事にした。


 まずは。


 男装セットを買い直さなきゃ……

 服、焦げちゃったし。

 でも。その間アティのそばを離れる事になるんだよな。

 家庭教師サミュエルに言われなくっても、誰が敵か分からない今、あまりアティから離れたくない。

 あー。やっぱり一人で動くには制限あるなぁー。せめて、誰か男装の事話せる人がいると楽なんだけどなぁ。


 男装を伝える相手か。

 侯爵──ナシ。ナシ中のナシ。絶対NG。どんな反応するか分からないし。あと、なんとなく、個人的に、教えたくない。ヤダ。


 家庭教師・サミュエル──ナシ。信頼されたばっかだから。ここで『嘘ついてましたー☆』とか言ったら、またどんな罵声が飛んでくるか分からない。


 子守ナニー頭・マギー──ありな気がする。恐らく、現時点でアティを害する気もなさそうだし、私の味方ではないけれど、少なくてもアティの味方だ。

 ……うーん。そう、アティの味方だけど、私の味方じゃないんだよなぁ……

 男装の事を弱味とされないかなぁ。

 されないとは思うけど、まだその確証がない。

 うーん、困った。


「本当に、困った」

「なにがこまったんだ?」

 そんな無邪気な声が、横から飛んだ。

 しまった! 庭の東屋あずまやでノンビリしてたから警戒してなかった! しかも、気配が……って、アレ?


 私に声をかけてきたのは、東屋あすまやの柵からピョコッと顔を出した小さな少年だった。

 あれ、この顔は──

「エリック、様? 何故ここに?」

 私は、立ち上がって膝をつき、挨拶をした。

 いくら幼児といえど、侯爵夫人より公爵家子息、そして嫡男である彼の方が身分が高いからだ。


 アンドレウ公爵の嫡男、次期アンドレウ公爵。乙女ゲームの中でのメイン攻略対象。

 エリック・スタティス・アンドレウ。

 アティの婚約者であり、途中、アティから乙女ゲームの主人公に乗り換えて婚約破棄するクソ野郎──と。まだ違うけど。

 アティの一つ上だから、今は四歳か。


 しかし、何故彼がカラマンリス邸の中庭にいるんだ??

「エリック様。どうしてここにいらっしゃるのです? どなたと一緒にいらしたのですか? 一緒にいらっしゃった方々はどちらに?」

 私はエリックに再度問いかける。

 彼は、私の言葉に答えず、ヨイショと私が今まで座っていたベンチに腰掛けた。

「あてぃにあいにきた!」

「アティに?」

「うん! あてぃのみまいだっ!」

 みまい? あ、お見舞い。

「あてぃがかみのけきったから! かみはおんなのいのちなんだろ!!」

 ああ『髪は女の命』か。まぁ、一部そう言われているな。

 アティの髪の場合は、女の命どころか世界の光だ。太陽だ。なくなったら人は生きられないからな!!

 まぁ、アティは今のボブカットでも滅茶苦茶可愛いけど!!!


 そうか。お見舞い。一応、アンドレウ邸で起こった事だったから、そのお詫び的な事だな。エリックを連れてきたという事は、本当に婚約は上手く行くんだ。

 それは良かった。

 アティが悪役令嬢になんかならなれけば、婚約破棄もされる事はない。

 ……まぁ? このエリックと結婚するっていう事に、イマイチ納得はいかないけれど。


 このエリックは、乙女ゲームのメイン攻略対象。つまり、典型的な王子キャラ。

 金髪碧眼で精悍な顔つき、剣をたしなみ物腰柔らか。少し直情的なところはあるが、それは正義感の表れ。

 アティから乗り換えたエリックは、まぁスマートに乙女ゲーム主人公に接する。

 主人公の健気な部分を見抜き、どこで見てたんだか悪役令嬢・アティの悪行を暴いていく。


 私は、あんまり好きじゃなかった、と記憶してる。

 私が好きだったのは別のキャラ。そんな王子王子したヤツなんか、ウンザリって感じだったし。

 ぶっちゃけ、このエリックはうわっぺらな正義感を振りかざしていて、底が浅くて若干ウザいな、と思ってた。

 それはゲームの脚本家のせいかもしれない。


「おまえはなにしてるんだ?」

 過去の事を思い出していると、エリックが首を傾げて私の顔を見上げてきていた。

 あ、そうか。エリックは私を知らないんだな。

「私はこの屋敷の主、カラマンリス侯爵の妻ですから。この家が私の家なのですよ」

「つま?」

「ええ。アティの母です」

「はは?」

 なんで疑問系なんだよコラ。似てないからか? 似てないからだな? 似てないよ! 産んでないからな!! それが何が?!

「おとこなのに?」

 ……聞き捨てならねぇな。

「なんですって?」

 私は、顔はなんとか笑顔を保持しつつ。でも、青筋は浮いてたかも。

 膝をついたまま、エリックと同じ目線で、なるべくほがらかに聞き返す。

「だっておとこだろ?」

「……エリック様。それは違います。私は女ですよ。どっからどう見ても──」

「おまえ、せるぎおすだろ?!」

 っ?!

 今、なんてった?!

「あの、私の名前はセレーネ──」

「おまえはせるぎおすだ! このあいだ、お(↑)れ(↓)とあてぃをドンってした!」

 しまった。顔、覚えられてたか!

「だろ?! お前はせる──むぎゅ!」

 大声で喚くエリックの口をガバッと塞いだ。

 誰かに聞かれたら大変!!

「エリック様。私は、セレーネ。セルギオスではありません」

 噛んで含めるように私はエリックに言い聞かせる。

 しかし、エリックは首をブンブンと横に振ろうとする。そして、塞がれた口で何かをモゴモゴ叫んでいた。

「エリック様、叫ばないでください」

「○×△□××△○○!!」

「エリック様……」

「△△○□×!!」

「エリックさ──」

「○×ー!! △×□□□!!」

「……」

 ……こうなったら、仕方がない。とっておきの、幼児を黙らせる技を使わねばならないか。

「エリック様、よくお聞きください」

 私が、わざとらしく周りをキョロキョロしてから、声のトーンを落としてエリックに語りかけた。

「確かに。私の名は如何いかにもセルギオス。しかし、それは他の方々にはバレてはならない事なのです」

 出来るだけ神妙に、真剣な顔をしてそう言うと、エリックが目を見開いて私を凝視していた。

「セルギオスは強大な悪を倒す為に、身分を偽って、アティ様のお側についているのです。偽りの名は『セレーネ』。アティの母として潜入しているのです。

 よくぞ、私の正体を見破りましたね、エリック様」

 そこまで言うと、突然、エリックの目がキラキラ輝いた。

 やっぱり、好きよね、そういうの。

 私は、ゆっくりエリックの口から手を離す。

 エリックは、フニャけた口元で私を羨望せんぼうの眼差しで見つめていた。

「アティ様は、世界を助ける為の鍵なのです。アティ様に何かあったら、この世界は滅んでしまいます。

 しかし、何者かが世界を壊そうと企み、アティ様を亡き者にしようとしております。

 私は、それを食い止める為の組織──えーと、ドラゴン騎士団の騎士、セルギオス」

 適当に今考えた設定だったけど、エリックは目をキラッキラさせてコクコクとうなずいている。

「いいですか。私の正体が他の人間にバレてはマズイのです。そうすれば、私は消されてしまう。そうなっては、アティ様をお守りできない。お守り出来なければ──」

 私はここで、わざとらしくタメる。

「──世界が、滅んでしまいます」

 その真剣な声に、エリックがゴクリと唾を飲み込んだ。

「普段は、私の事は『セレーネ』とお呼びください。絶対、間違っても男の名で、呼んではいけませんよ」

 そう伝えると、エリックはゆっくりうなずいた。

 ヨシ、ここで最後のダメ押しだ。

「エリック様、これを」

 私は、普段隠し持っている、鞘に収まった投げナイフの一本をエリックに渡す。

「これは、ドラゴン騎士団の証。

 私の正体を見破ったエリック様は、騎士団への所属の資質がおありです。いえ、もう、これでドラゴン騎士団の一員です。

 貴方も、アティ様をお守りする義務が生じました。いいですね?

 エリック様も、私と一緒に、アティ様をお守りするのです。

 ──ドラゴン騎士団の、一員として」

 そう力強く伝えると、エリックはほっぺたを真っ赤にし、頭から蒸気を立ち上らせそうな勢いで興奮して、コクコク頷いた。


 よし。洗脳完了。


 かなーり頼りないけど、欲しかった味方が一人出来たぞ。

 ……まぁ、お守りする子が一人増えた、とも言うが。


「それでは、私はこれで失礼させていただきます」

 私は立ち上がり、エリックにうやうやしく頭を下げる。

 そして、出来るだけゆっくりと、その場を後にした。


 まぁ、これでエリックの口から私の名前が出たとしても、一緒にドラゴン騎士団の名前が出て、周りの大人は本気にしないだろう。


 咄嗟とっさの判断とはいえ、よくやった私。

 私は自分の演技の出来に満足し、悠然と屋敷へと戻って行った。

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