第14話 家庭教師に相談された。

 一心不乱に剣を振る。

 余計な事を考えずに済むように。


 誰もいない裏庭で、運動不足解消も兼ねて身のこなしの鍛錬。

 今アティは子守頭マギーに看病されている。


 私は先程アティの元を見舞った。ちょうど訪れた時に目を覚まし、普段の大人しいアティからは考えられない程泣いて騒いで取り乱した。

 一瞬でも炎に包まれた恐怖、怪我しないようにだったけど私にタックルされたり、軽い火傷したり髪の毛を切ったり──その事を脳が処理しているのだろう。熱に浮かされて混乱して泣き喚き、私の声は聞こえないようだった。


 私はベッドに座り、アティを膝に抱いた。彼女が疲れてまた寝入るまで、ずっと体を揺らして背中をポンポンと叩き続けた。

 途中、暴れたアティの拳が顔やら何処やらにヒットしたけど。いい角度で入ったね。いい拳だったよ。将来有望だ。


 いやぁ、しかし懐かしかった。

 妹の中には、小さい頃癇癪かんしゃく持ちだった子がいてさ。もう泣いたら手がつけられなくて大変だったね。

 もう、一度その暴走モードに突入すると、落ち着かせるなんて無理だったなぁ。顔をグッチャグチャに真っ赤にして、その場でバタバタ暴れる暴れる。怪我したり、力が入りすぎてヒキツケとか起こさないようにだけ気をつけて、落ち着くまでずっと粘ったね。

 あの子に比べたら、アティのなんてまだまだ可愛い部類だったよ。

 妹は……キックが強烈だったな……運悪く鳩尾みぞおちにブチ込まれた時には、流石にうずくまったよ。


 それにしても。


 今思い出しても、ハラワタが煮え繰り返る。

 あんな可愛いアティに、ランタンぶつけて火傷させようとした人間がいたのだ。

 許すまじ。八つ裂きにしてやるわ。


 しかし、それが誰なのか分からない。

 侯爵と子守頭マギーは違うように感じるけど、根拠がない。自分の印象で判断すると痛い目を見る。

 それに、口ではなんとでも言える。

 世の中には、誠実な顔をしながら人を殺す人間だっている。笑顔の裏で、何を考えてるなんか分からない。


 今のところ、家庭教師・サミュエルが濃厚か?

 でも、そんな事を企んでる人間が、事件を起こす前に私に正体を明かすだろうか?

 自分が疑われないように、下手な事はしない筈。あんなあからさまに私に喧嘩売ったりしないよな。

 ……私が、何も出来ないと踏んでて? いや、それにしたって下手すぎるだろ。


 つーか、アイツはそもそも何したかったんだ?

 ホントに、あんな言葉で私を追い出そうとしたんかな? 罵倒されたら実家に泣いて帰るとでも思ったんか?

 ……笑止。

 あいつのまわり、どんだけか弱い女しかいなかったんだか。いや、ショックを受けたフリして、実は呆れて離れていったのかもしれんな。

 どのみち友達は少なそうだなぁ。

 しまった。他人ヒトの事言える程、私も友達いなかった!


「兎に角、家庭教師サミュエルの動向には注視だな。下手な動きを見せたら──」

「見せたらなんだというんだ? 凶暴女」

 不意に後ろから声をかけられ、思わず隠し持っていたナイフを声のした方に投げつけた。


 カッ


 投げたナイフが木に刺さった音がすると同時に、その横に立っていたであろう男が尻餅をついた。

「危ないだろ全身凶器女!」

 そこにいたのは、家庭教師・サミュエルだった。今日はアティは勉強できないから休みの筈なのに、なんで屋敷に? しかもなんで裏庭に?


「貴方が急に後ろから声をかけてくるからです。武器を持った私には、背後から近づかない事をお勧めします」

 私は、汗を拭いつつ剣を鞘へと収める。

 そして家庭教師サミュエルの方へと近づき、木に刺さった投げナイフを抜いた。

「何処の世の中に、そんな危険な屋敷の奥方がいるんだよ」

 物凄く不満そうな声で立ち上がった家庭教師サミュエルは、近寄ってきた私からササッと距離を取る。

 何だよ。人を危険物みたいな目で見やがって。

「自分の身は自分で守れるようにするのが普通ではないでしょうか?」

「……いちいち可愛げがない女だ」

 私の言葉に、チッと舌打ちをするサミュエル。

「可愛げが必要なら可愛げを提供したくなるよう行動を改めて頂けますか? ヒトを突然罵倒するような人間に、可愛げを発揮する必要はありません。貴方の機嫌を取りたいとも思いません」

 速攻で言い返した。

 ってか、なんで私がお前の機嫌を取らなアカンねん。可愛げなんて好きな人にしか振りまきたないわ。そもそも世の中は、なんでどうでも良い人間にまで愛想を振りまけと女に教育すんだよ。

 愛想振り撒かれたいなら男どもも振り撒けや。

 そうしたくないなら女にも強要すんなクソが。


 言い返されると思わなかったのか、ブッスリとした顔で私を凝視するサミュエル。

「……お前に相談しようと思ってた俺が馬鹿だったな」

 そうボソリと呟いてその場を去ろうとする。

「相談とは?」

 彼の言葉が気になって、つい呼び止めてしまった。

 あ、と思ったが遅い。

 ヤツがニヤリとして振り返った。

 なんかムカつく。

「……お前、アティ様がアンドレウ邸で怪我をしたのは知っているか?」

 サミュエルは、少し周りを気にしながら、少し声のトーンを落として喋り始める。

「はい。存じ上げております。……詳しくは知りませんが」

 ホントは知ってるけどね。アティ助けたの、私。

「アティ様が、何者かに火傷させられそうになったんだ。間一髪だったから、火傷は軽く髪が焦げただけで済んだが」

 真剣な声音だった。

 コレを私に告げるという事は、コイツが犯人ではないのか?

 それとも、私を抱き込んで動きやすくする為か?

「犯人は分かってない。それに──」

 そこまで告げて、サミュエルは少し口籠ごもる。口に手を当て、少し何かを思案し、改めて口を開いた。

「その場で、アティ様を助けた正体不明な男もいた。セルギオス、と名乗った」

 そうか。あの場にコイツもいたのか。

 家の人間に目撃されたのは痛かったなぁ。

 下手したらバレてしまうかもしれない。

 バレたら面倒くさいなぁ。


 セルギオスの名を口にしてから、サミュエルは私の様子を伺っているようだった。

 あ、もしかして、コイツ、気づいた?

「セルギオスは、お前の死んだ兄の名前だな?」

「ええ。そうです」

 やっぱり、コイツもそこは調べたか。

「俺は、ソイツが犯人じゃないかと思っている」

 なんでやねん! 違うわ! ソレ! 私!!

「何故です?」

「アティ様やエリック様を危険に遭わせて、それを助ける事によって、恩をカラマンリス侯爵とアンドレウ公爵に売ろうとしているんじゃないかと、俺は踏んでる」

 ……ああ、歪んだ見方をすると、確かにそう見る事も出来るなぁ。

 よくある手でもあるもんなぁ。自作自演てヤツね。まぁ違うんだけどもさ。

 ソレを真っ先に思いついたって事は──お前がソレを実行するタイプって事だな? 油断できねェ……


「……それを、なぜ私に?」

 そう、それが分からない。

 なんでその事を私にワザワザ伝えたんだ?

 もしかして、セルギオスの正体が私だと気づいて、強請ゆすりに来たのか?

 だとしたら、とんだ性悪男だな。


 サミュエルは、少し私から視線を外し、手で少し顔を覆う。何か、言いにくそうだ。

「犯人は、この屋敷にゆかりのある者ではないかと思う」

 ──遠回しに、私だって言いたいんだろう?

 どうする? コイツの記憶がトぶまでボコるか?

 いやいや、バレても別に私は構わない。動きにくくなるだけで。動きにくくなるのはちょっと面倒くさいけど、コイツをボコる方が更に面倒くさい。

 でも、逆に私がヤツを脅して、黙らせた方が得策か?


 私は後ろ手で、投げナイフを触った。


「──お前の兄の名をかたって、お前の立場も悪くしようとしている可能性もあるのではないか、と。

 でなきゃワザワザお前の兄の名を語る理由も思い浮かばない」

 違った。私が疑われてるワケじゃなかった。

 それに。

 兄の名に深い理由を読み取ってる。

 すみません、そこまで深く考えてませんでした。

「屋敷のものに注意を促したいが、この家にゆかりのある者だとすると、情報が筒抜けになってしまうから、誰にも言うことが出来ない。

 が、お前ならば、兄の名を汚すような事はしないと思ってな」

 疑われるどころか、むしろ、なんか、唯一、信頼されてるみたい。


 ホッとしてナイフから手を離した。

 サミュエルをふと見ると──ん? なんか、顔が赤い?

「だから、お前に──」

 お前に?

「──あ、アティ様の警護を頼みたい。どうやらお前は、そこそこ出来るようだし」

 わ。

 お願い事された。

 あの、ヒトを雌犬とか雌豚とか罵倒してた人間が。

 わ。

 なんか、ビックリ。


 その驚きが顔に出ていたんだろう。

 顔を歪ませてサミュエルは更に顔を赤くした。

「お、俺も好きでお前に頼んでいるんじゃない。今のところ、敵ではないと分かるのは、旦那様とお前しかいないからだ」

 お。なんすか。これがいわゆるツンデレですか?

 思わずニヤニヤしてしまうと、彼は怒った風の顔になり、プイッと背中を向けてしまった。

「兎に角、周りに注意しろ。いいな」

 そう乱暴に吐き捨て、その場を去ろうとする。


 その背中に

「分かりました。ただし、条件があります」

 そう投げかけた。

 足をビクリと止めて、顔だけでゆっくり振り返るサミュエル。

「……どんなだ」

 警戒した声で返事をする。


 私はニッコリと微笑みかけ

「『お前』はやめていただけます? 私には、セレーネという名前がありますので」

 そう丁寧に言った。

 お前に『お前』呼ばわりされたかねぇよ。

 こっちにだって、親が付けてくれた名前があらぁ。

「……考えておく」

 それだけを告げて、サミュエルはズカズカと屋敷の方へと戻って行った。


 その背中を見送った後、私はまた思考に集中する為に、剣を抜いてその切先に集中した。

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