第7話 婚約予定者の屋敷に潜入した。
アティは、乙女ゲームでの婚約者(のちに婚約破棄される)アンドレウ家に行った。
婚約前の顔合わせという事だ。まあ内々定の為だな。
その前に部屋を訪ねたら、メイドたちに綺麗に仕上げられたアティが、どうしたらいいのか分からぬ様子で、ポツンと椅子に座って途方に暮れていた。
でもその姿は、超絶天才技巧を持つ人形師が作り上げたかのような、ま・さ・に、奇跡だった。
奇跡が。奇跡が今地上で起こってるよ! 今まさにここで発生してるよ! 神々しいよ! 目が潰れるよ! 清らかすぎて目が蒸発してしまいそうだよっ!!
絹のようなフワフワなプラチナブロンドの髪は、ハーフアップの編み込み。瞳と同じ
ドレスは少し青みの強い紫だけれど、嫌味がない程に控えた色で、たっぷりとしたドレープとシルクの光沢でキラキラ。でもその上からレースとメッシュの布地が重ねられているので、キラキラも抑えられて子供らしさがあった。
もう可愛い。完璧可愛い。天使とかいう言葉ですらもう
しかし、反対に表情は曇っていた。
これから何をされるのか、どうすればいいのか分からず不安なのだろう。
何故、この家のヤツらは、彼女に分かるように伝えないのだろうか?
確かにこの子はまだ小さいから、婚約とか難しい事は理解できないだろう。
でも、これから何処へ行って何をすべきなのかは、ちゃんと言葉を選べば伝えられる筈だ。
私は、部屋の真ん中の椅子で不安げにするアティのそばへ寄り、膝をついて彼女と同じ目線になる。
そして、スカートの裾をギュッと握りしめた彼女の小さな手に、自分の手をそっと重ねた。
私は一緒には行けない。
ずっとそばにいて、手を握っていてあげる事も出来ない。
だからせめて、彼女がこれから
「アティ。大丈夫だよ。私はここで、ちゃんと待ってるからね。
それに、どうして綺麗な格好をしたのか、これから何があるのか、これからどうするのか、全部ちゃんと教えるから」
不安げに揺れるアティの目を真っ直ぐに見つめて、私はゆっくりと彼女に言葉を伝えた。
***
アティが乗る車を、屋敷の前に並んだ家人たちと一緒に見送った。
侯爵とは行き先のアンドレウ邸で落ち合うそうだ。
アティには、家庭教師のサミュエルと
そういえば、家庭教師・サミュエルは私を一生懸命見ないようにしていたなぁ。少しビビらせた過ぎたかな?
ま、別に構わないけど。
私はアティが居てくれたらそれで充分だしね!!
さて。
アティも居なくなった事だし──
後をつけるか。
ほら。
やっぱり、心配だからさ。
初めて子供にお使いさせる時だってさ、後からコッソリつけてって様子を見守るのが定石じゃない?
大丈夫。変装するから。
私が男装すると、実家の人間以外は私だって気づかなくなるしね! いやぁ、私の男装って完璧だからね。誰も女だと疑わなくなるんだよね! ははっ!
……一抹の疑問が残るのは気のせいか?
私は足早に部屋に戻って男装する。男装セットは実家から持ってきた。こっそりと。実家の人間にバレたら没収されちゃうからさ。
そしてコッソリ
大丈夫。すぐ返すし。
そして、馬を走らせアティたちの後を追った。
***
馬なのでかなり時間がかかったが、なんとかアンドレウ邸に辿り着けた。
途中、道に迷ったからではない。違うよ。道を聞いた熟女から熱視線を送られて、手を握られてどこの貴族のご子息様なのかと詰め寄られたからでも、決して、ない。
それにしても。笑ってしまうほど広い敷地だった。外からでは屋敷が何処にあるのか見えない。……世の中は不公平だ。こんなバッカデカい敷地に超豪華な屋敷を構えているんだから。
うちの実家は広いけれど古いばっかりで、敷地の殆どは畑になってたし。
流石に正面から入るワケにもいかなかったので、馬を適当な場所に繋いで敷地内に侵入した。
隅々まで手入れが行き届いていて美しい庭を抜け、
ここがアンドレウ邸だ。外見は実は見た事がある。乙女ゲームの中でね。
画面を挟んだ向こう側だったので、その時はイマイチ凄さは実感できなかったけれど、肉眼で見た屋敷は『どう金をかけたらこんなふうになるんだろう』という、一種の威圧を感じるほどの迫力だった。
ここでアティと、乙女ゲームの攻略対象である、エリック・スタティス・アンドレウ公爵の婚約前の顔見せが行われるのだ。
アティ、大丈夫かな。知らない人に囲まれて怯えてないかな。誰か、アティの手を握ってあげてるかな。
ここにいる侯爵も
──ん?
家庭教師──サミュエル。
この二人の名前を並べて考えた時、ふと
この二人の名前、確か乙女ゲーム中で見たような気がする。
見た。見た。確かに見た。
確か、この二人はタッグを組んで悪役令嬢アティを裏から操っていた奴らじゃん! エンドによってはアティと一緒に断罪されたり処刑されたりする奴らだ!!
家庭教師・サミュエルは、公爵家に
……まぁ、別にこの二人が断罪されたり処刑されたりするのは別に構わないし、どんな非業の最期を遂げようと知ったこっちゃねぇ。
操る為に、天使のアティを悪役令嬢に仕立て上げた事が気に入らない。むしろ、万死に値する。ゲームやってた時、直接私が手を下せないのを歯がゆく感じたものだ。うん。
本当ならコイツらなんぞ放っておきたい。
でも、そうするとアティに悪い影響を及ぼす。
しかも。この婚約前の顔合わせでこの二人が並んでいるという事は、ここから悪い事が起こり始める可能性が高い!
だって、二人はここで上手く事を運んで、無事にアティをエリック(将来公爵)の婚約者にしつつ、その約束が後から
──あ、そうか。
アティとエリックの婚約解消ができないという、当初の理由。
傷だ。
悪役令嬢時代のアティには背中に大きな傷があって、その原因がエリックだった、という話を読んだな。アティを傷物(ここでは物理的な傷)を負わせてしまった代償として婚約解消ができなかった、という設定だった筈。
もう! ホントに悪役令嬢設定のテンプレだな!!!
それ以外に思いつかなかったんか脚本家!!!
まさか。
その「傷」の原因が、あの二人が画策した何かだったとしたら──
アティが危ない!!!
至宝の天使に消えない傷をつけるなんぞ言語両断!
あの野郎ども! 生きては帰さねェぞ!!
お願いですから殺してくださいと靴の裏舐めて命乞いさせて、その上でミンチにしてやらァ!!!
既に始まっているであろう婚約前の顔合わせの場所を探しに走り出した。
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