第2話 第二の家

焦った口ぶりの物体を見て、まさか毒なのかと不安になる。


「毒とかではないですよね?」


 伺うように言っても、2匹はあーだこーだ言い合っていて私の声など聞きもしていないようだった。


『ちょっと、どうするの?食べちゃったよ』

『知らないよ!』

『あー、どうしよう母様に怒られる!』


 聞いていない2匹をほっといて、自分の体を確かめる。特に違和感や体調不良などは感じられなかったので、ひとまず即効性はなさそうだと胸を下ろした。


『こうなったら、母様にバレないようにメリシアのところに持っていこう!』

『うん、まあ適当に祝福でもしてやれば死にはしないだろうしね』


 突然の死というワードに驚いて、顔を上げる。言い争いは終わったようだ。死にはしない、ということは一応大丈夫ということだろうか。一世一代の勇気を出した後なのに、置いてけぼりの状態だ。早くなんかこう、なんでもいいからなんかやってほしい。2匹は同時にこちらに目を向ける。片方が指を差して、なにか得意げに口を上げた。


『マレビト、祝福をやる』

「えっ?」


 突然の言葉に噛み砕くことができず混乱する。シュクフクとはなんなのだろうか。口に出そうとするが、あっという間に2匹は私の頭上に飛んでいってしまう。目で追うと、2匹は向かい合い手や額を合わせている。木漏れ日に照らされいる2匹は神秘的で、美しい風景を眺めている感覚だ。

 そして数分が経っただろうか、時間感覚さえなくなるほど呆けていたらしい。2匹は離れ、すると木漏れ日の光とはまた違うキラキラしたものが頭上から降りかかった。思わず手を差し出す。自分の手のひらにのったキラキラは、乗った瞬間体温に溶けるように消えた。


「…これがシュクフク、ですか?」


 降りかかるのが終わるまで、私はよく分からない現象をよく分からない気持ちで眺めていた。キラキラが見えなくなったあと、近くにいるであろう2匹に声をかける。しばらく経っても何の返事もなく、あたりを見渡すとなにも居なかった。


「え、夢?」


 狐につままれた、とはこういうことを言うんだろう。呟いた声は森に吸い込まれた。



 自分の身に何が起きたのか。先程の2匹が夢なのであれば、さっさと醒めて欲しかった。いつまでも座り込んでいても仕方がないと、立ち上がる。手をついたときに感じた土の冷たい感触が、やけに生々しい。これは夢ではないのだと、私はそろそろ決心をしなければいけないらしい。

 木々の間から漏れる日差しは、強い光から柔らかく包み込むような色に変わってきている。おそらくもうすぐ夕暮れになる。暖かいとは言え、こんなよく分からない森で夜を過ごせるほどの心臓は持ち合わせていない。

 先程の2匹の、妖精のような物体のことを思い出す。確かシュクフクと言っていた。シュクフクとは、祝福のことだろうか。ふと冷静になると日本語が通じていたことに気付く。

 立ったはいいものの、どちらに行けばいいのか分からない。このまま立ってても仕方ないことは分かっているけど、色々考えることが多すぎて地面を見つめてしまう。自分に喝を入れるために、ため息をついてあたりを見渡す。目を凝らした前方には道のようなものが見えた。とりあえず、この道でもなんでもない木の間から抜け出すために私はその世界で初めて一歩、踏み出した。


 道は大きい一本道だった。左側は道が途切れていて、深い森に続いている。私は迷いなく右へ足をすすめた。

 10分くらい歩いたころ、ようやく出口が見える。木の影がなく、青青とした芝生が柔らかい日差しに照らされていた。どうやら森を抜けても都会というわけではなく、自然豊からしい。木々が揺れる音しか聞こえなかったため、薄々気付いてはいたがすぐに人に会えないとなるとこれからどうすればよいのか。そもそも人に会ってどうにかなるんだろうか。先が予測できないことに絶望感を抱き思わず足を止める。あと10歩ほど進めば出口であるのに、足は突然重くなって進めなかった。悩んでいても何も得られない。けれど、どうしようと悩んでしまう。せめて、あの2匹が居たらいくらか楽だったのに。

 バチんと自分の頬を叩く。せっかく勇気を出してよく分からない実を食べたんだ。初めて自分で意思を持った。元の世界に戻れないかも、とかは多分あんまり考えてなかった。後悔するかもしれない、家族に会いたくて泣くかもしれない。けど、どうにでもなれと食べてしまったからにはやるしかない。うじうじとしている自分に本日2度目の喝をいれ、もう一度前を見据えた。

 その時、カサっと今までとは違う音が聞こえた。


「あぁ、ここに居たんだね」


 突然後ろから声をかけられる。なにかが歩く音など聞こえただろうか。バッと振り向くと、妙齢の女性がそこに居た。ミルクティー色の頭に、上下動きやすそうな服をきたその女性は、肩にフクロウを乗せていた。


「え、フクロウ!?」


 フクロウは可愛いが、幾らか大きすぎる。私が指を指すと、フクロウは首を傾げた。カクカクとした動きは完璧に鳥類である。バサッとサービスで羽を広げたフクロウに、思わず後ずさった。「ぎゃあ」という声も付随して。

 大きいとは思っていたが、広げると女性から羽が生えているかのように見えるほどである。フクロウって、こんなに大きかっただろうか。フクロウカフェに行った記憶と照合しても一致しない。私はフクロウに夢中になりすぎて、その女性のこともこれからどうしようと考えていたこともどこかに飛んでいた。


 一拍置いて、しーんとした森に大きな笑い声が響いた。その声に思わず忘れていた女性に目を向ける。その女性はひとしきり笑ったあと、いまだに指を差し続けている間抜けな私をまっすぐ見てにっこりと笑った。


「気に入った、弟子にしてやろう!」


 また意味の分からないことを言われてから、手首を掴まれて強制的に歩かされる。ここの人たちは突拍子もないことを説明もなしに言う癖があるのだろうか。抵抗する暇もなく引っ張られるように後に続いた。あんなに遠く思えた出口はほんの数歩だった。森を抜けると、想像していたよりずっと広かった。道は整備されているが、道に沿うように木が生え、左側には大きな湖と釣り堀のようなものが見えた。

 見たことがある景色だった。憧れて何度もインターネットで検索した、北欧の田舎とそっくりだ。ポツポツと、住宅のようなものが見える。日本にある家とも違った建物だ。憧れていた景色を堪能していると、女性はいきなり立ち止まった。


「うっ」


 急ブレーキができなかった私は、女性の肩に思い切り顔をぶつける。フクロウは私がぶつかる前に反対側の方へといつのまにか移動していた。鼻が痛い。手で顔を覆う。女性はくるりとこちらを向くと、私の手を離し歓迎するようにその手を広げた。フクロウも同じように羽を広げる。


「ようこそ、ここが私の診療所だ。今日からお前の第二の家だよ」


 森の出口から1分ほど。私の第二の家であるそこは、自然豊かな景色に隠れるように存在した。クリーム色をした可愛らしい建物に目が釘付けになる。第二の家とはどう言うことだろうか。まだまだ疑問聞きたいことももたくさんある。けれど私の心は先程の不安などどこかに行って、伝承文学に初めて会ったあの日のようにウキウキとしていた。


「家、ですか?」

「ああ、家だよ。ここで私の弟子として暮らしフェアリードクターを目指しなさい」


 おそるおそる、好奇心を隠しながら訪ねる。女性は森の時と同じ笑顔で微笑みかけた。フェアリードクターがなにかは分からない。けれどおそらく、楽しいだろう。帰れないことに後悔する時もあるかもしれないが、きっと来てよかったと心から思えるだろう。

 根拠はないが自信はあった。両手を握りしめて、私は女性の後を追ってその家に入った。

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異世界に行ったのでフェアリードクターを目指します @hasumi_a

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