第6話 体調

 スマホのアラームで目を覚ました。

 今日は、カーテンから透ける光が暗い。

 半分寝ながら、窓に近づくと、雨音が聞こえた。

 今日は雨かー。

 カーテンを開けても、あまり眩しくないからか、芽遊が起きない。


「芽遊ー?」

「……」

「起きよー?」


 むにゃむにゃって言うのかな。

 口元がちょっと動いてるけど、起きてない。

 昨日も別に夜更かしもしてなかったんだけどなー。


「芽遊ー? 起きれるー?」

「ん~……」

「どうしたのー?」

「……」


 手を伸ばしてきたので、握ってあげても、もう寝そう。

 おでこに手を当てても熱なさそうだし……


「芽遊ー?」

「……」


 上半身を起こした。


「だっこ……」

「だっこ? はい」


 ハグでいいよね。

 どうしたんだろう、なんで今日こんなに甘えん坊なの?


「起きれた?」

「んー」

「顔洗っておいでー」


 立たせてあげると、自分で洗面台の方へ向かっていった。

 なんか寝ぼけてたのかな。

 まあ、年がら年中芽遊に甘えてる僕が言うことじゃないか。

 朝ご飯作ろー。



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「今日、体調悪かったりする?」

「別に?」

「そっかー。ならいいや」

「?」


 やっぱり太陽の光って目が覚めるのかな?

 でも、今まで雨の日とかも起きてたけど……


「……」

「なに」

「体調悪くない?」

「悪くないけど……そう見える?」

「寝起き悪かったから」

「わかんない」


 自覚もないみたいだし、僕から見ても体調が悪いようには見えないし、ただ寝起きが悪かっただけなのかな。


「ごちそうさま」


 芽遊が歯磨きしに行ったので、僕は芽遊のかばんを準備する。

 今日の授業はーっと。

 体育とかあるんだ。

 今日は室内だろうなー。



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「今日雨だよ。はい、傘」

「ありがと」

「あと、タオルとかも入れておいたからね。鞄にも雨よけのカバーつけておいたから、学校に着いたら、外してね」

「うん」

「じゃあ、車で水掛けられちゃったりするかもしれないから気を付けてね。もちろん、車もね。音が聞こえづらいだろうから」

「ん」

「じゃあ、気を付けていってらっしゃい」

「いってきます」


 芽遊が玄関の扉を開くと、雨の音が一層大きく聞こえるようになる。


「結構降ってるね……送ってく?」

「大丈夫。いってきます」

「そう……いってらっしゃい」


 芽遊が玄関を出ていった。

 僕もお皿洗わないと。



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 雨の日ってちょっと特別な気分になったりしましたよね。

 洗濯物を干せないっていう面倒はありますが、それとは別に。

 あと、傘をさしたりしなきゃいけないので、それも面倒ですね。

 

 その傘をさしてるからか、周りと隔たりがあるような感覚になるんですよね。

 大雨なら軽く曲を口ずさむくらいなら周りに聞えない、と思う。

 聞こえてたらすごく恥ずかしい。

 傘の外は雨が降っているわけで、それが壁のようになってるって言う感覚になるんでしょうね。

 他人を認識しようっていう意識が薄れるんでしょうね。

 許されるなら、他人と関わりたくないよーって感じがして自分を嫌いになりそうですが、まあ、それはそれ。

 油断して車にひかれたりしたら嫌ですからね、視界も悪いですし、気を付けていきましょう。



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「今週のインターンでるか?」


 講義が終わって、お昼を食べに行こうとしたところで、話しかけられた。


「今週のは行かないかな」

「そうか……知り合いに行くってやつとかいなかったか?」

「どうだろ。聞いてないな」

「まじか……親に出ろって言われたから申し込んだけど間違いだったか。すまん、ありがとな」


 そういって、男の人は去っていった。

 インターンは何回か行ったけど、これからはもっと増えるかもしれない。

 早めに確認して、バイトも調整しないと。

 学食に向かっている途中、目の前で転んだ人がいた。

 こういったらあれだろうけど、久しぶりに転んだ人を見た。

 冬にならいるかもしれないけど、なかなか転んだ人を見る機会ってないよね。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい」


 一応声だけかけておく。

 尻もちをついていたし、そこまでのけがはしてないだろうけど。

 お尻が濡れてる。

 ……ま、気づくよね。

 セクハラとか言われても困るし。

 いやですよね、今の世の中。

 指摘したらセクハラの可能性、指摘しなかったら後で文句を言われる可能性。

 どっちもあったら、犯罪にならない後者を選ぶのが当然なのに、そういう判断は冷たいって言われるんでしょうね。

 自業自得なのとか、そこまで考えが行く前に文句が出るんでしょうね。

 冷静になりましょうよ、冷静に。


「いったぁっ!?」


 立ち上がろうとして踏ん張った足が滑って尻もちをついていた。


「あの、手をかしましょうか?」

「……すみません、お願いしますぅ……」


 手を掴んで、立ち上がらせる。

 そんなことありますかね。

 まあ、でもさすがにかわいそうが過ぎるので無視はしません。

 転んだのを見られた挙句、立ち上がろうとしたのを転んだのなんて見られたら恥ずかしいですもんね。

 うんうん、わかるわかる。

 すぐ忘れるので気にしないでくださいねー。


「……すみません」

「いえいえ」


 さて、気まずい。

 赤の他人なので。

 でも、無言で一緒にいると、どんどん気まずくなっていくので、退散退散。



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 食堂で、お弁当を食べていた。

 ちなみに、ちゃんと許可されてます。

 1、2割はお弁当なんじゃないですかね、予想ですけど。


「あの、ここいいですか?」

「どうぞー」


 僕みたいに一人で食べていると、隣の席が空いていることがあるので、混雑しているときはこうやって聞いてくる人がいる。

 もちろん断ったりしないけれど、何も言わずに座ってくるのは、ちょっと。

 いや、止める権利はないですけど、普通にびっくりするので、ワンテンポ余裕が欲しいというか。

 でも、まあ、たいていの人は察してくれるというか。

 空いているときは、わざわざ人の座っている隣に座ろうなんて人はほとんどいないので、ひとりで一人で食べているときも多い。

 お昼前の講義が同じ人と一緒にくることもあるけれど、半々くらいだ。


「あの……」

「……」


 隣の人がこっちを見ている。

 僕に話しかけてますよね。

 口の中のものを飲み込んでから。


「どうかしましたか?」

「その……さっき、すみません」


 あー、もしかして、転んでた人か。

 前髪が長くてよくわからなかった。

 マスクもしているしね。

 一回あっただけだしね、うん。


「気にしなくて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 ほら気まずい。

 また言いに来たってことは、この人はいい人なんでしょう。

 でも、僕はそんなにウェイウェイ言っている人じゃないので、積極的に話題を振ったりできないわけです。

 男同士なら適当なこと言ってもいいけど、家族でもない女の人に何を言えばいいのかわからない。

 そんな状況が、どちらかが食べ終わって席を立つまで続くわけで。

 気にしなければいい話ですけど。


「あの……同じ講義でしたよね」

「すみません、どの講義ですか?」

「さっきの、日本文学特殊講義cです……」


 前の講義にいたらしい。

 いたかな?

 あんまり記憶にないんだけど……


「私、あんまり出てこれなかったので……」

「そうなんですね」


 休んでいたらしい。

 なら覚えてなくても仕方ない。うん。

 確かに5割が最終レポートだけど……まあ、いいか。


「その、私、朝起きれなくて……」


 困るぅ……

 初めてあった人にそんなこと言われても反応に困る……


「そうなんですねー。あ、僕は食べ終わったので失礼しますね」

「あ……はい」


 去ろう去ろう。



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「ただいま」

「……おかえり」


 玄関に入ると、芽遊がすぐ近くにいた。

 トイレに行っていたみたい。

 顔を近づけ、額を合わせた。


「熱はないけど……体調悪い?」

「……ちょっと」

「生理?」

「ちがう」

「そっかー、じゃあ、今日ははやめに寝ないとね」

「……ん」


 ちょっと目がおかしくなってるし、風邪かな。

 夏風邪だとすると結構心配なんだけど。

 雨で冷えちゃったのかもしれない。


「お風呂どうする?」

「……はいる」

「じゃあ、沸かしちゃうね」


 ボタンを押す。

 ソファに座ってテレビを見ていた。

 勉強も集中できないのかもしれない。

 晩ごはんは消化のいいものにしないと。



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 僕がお風呂から上がると、芽遊は布団で寝転がっていた。

 僕がお風呂に入っている間、何をしていたのだろうか。

 スマホを手に持っているわけでもなく、ただこちらをじっと見ていた。

 待っててくれたのかな。


「僕も歯磨き終わったら寝るからね」

「ん」


 今日は芽遊がごはん前にお風呂に入ったこともあって、食器を洗っていないのだけど、明日でもいいか。

 歯磨きをしながら、棚から体温計を探し、芽遊に渡す。


 しばらくして、芽遊が温度計を渡してくる。

 36度9分。

 芽遊の平熱は36度6分付近だったし、熱はないかな。


 洗面台に向かい、口をゆすぐと、芽遊が待っていた布団に入る。


「……」


 手が回される。

 いつもそこまで力は入っていなかったけれど、より弱弱しい。

 力が入らないというより、無意識に近い感じで手を動かしたのだろうか。


「よしよし」


 背中をさすっていると、徐々に目が閉じていって、そのまま寝息が聞こえてきた。

 寝苦しそうでもないみたいだし、良かった。

 しばらく頭を撫でていると、僕も眠くなってきたので、その睡魔に逆らうことなく、意識を手放した。



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 いつもより早い時間に目を覚ましてしまった。

 腕の中の小さな体が熱を持っている。

 やっぱり熱出ちゃったか。

 まだちょっと外は暗いみたいだし、カーテンを開けるのはまだいいかな。

 芽遊が寝ている間に、解熱剤を出しておこう。

 体温計は出してあるし……

 汗もかいているし、起きたら着替えさせた方がいいかな。

 すぐに熱がひきそうもないし。



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「うん、だから、お昼過ぎに連れていこうかなって」

『ほんとに私行かなくていいの? 私、大学休んでもいいよ?』

「僕も、今日は……木曜だから、2コマしかないし、大丈夫」

『そっかぁ、お大事にって言っておいてね』

「わかった」


 枝彌との通話を切る。


「……」

「おはよう、芽遊」

「……お兄ちゃん」


 芽遊が目を覚ましたので、頭から手をどける。


「学校……」

「もう連絡しといたよ」


 今はもう8時を回っている。

 まぶしいかと思ってカーテンも開けていなかったけれど、もう開けてもいいかな。


「ご飯食べれそう?」

「……」


 こくん、と頷いて起き上がろうとする芽遊の肩に軽く手を当てる。


「おかゆ作ってくるから待っててね」

「……」



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「はい、口空けて?」

「ん……」


 軽く冷ましてから、芽遊の口の中にスプーンを含ませた。


「食べれそう?」

「うん」


 そのままおかゆを食べさせる。

 最後まで食べきれていた。


「着替えたい?」

「ちょっと、汗」

「拭いた方がいい?」

「ん」


 じゃあ、用意しないと。



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「背中は拭くから、芽遊は前お願いね」

「ん」


 体をふきながら、様子を窺ってみると、少し辛そうだけれど、全く動けないわけではなさそうなのでよかった。


「はい、自分で着れる?」

「うん……」

「着替えたら、もう一回横になってね。お昼になったら起こすから」

「眠くない……」

「横になるだけでも違うよ」

「……」

「頭冷たいかもしれないけど、我慢してね」


 冷却シートを張られる瞬間、一瞬びくっとしていたが、その後は大人しくしていた。

 しばらくはこっちを見ていたけれど、そのうち目が閉じ、寝息が聞こえた。

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膾を知りて羹に浸る 皮以祝 @oue475869

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