第5話 血縁

芽遊side



 私のお兄ちゃんはおかしい。


 そう思ったのはいつからだったか。

 いや、最初はちょっと変わってるかも、くらいの感覚だったかもしれない。

 おかしいからといって、それが何か問題かと言えばべつにそうじゃなかったけれど。


 でも、お母さんが死んだとき、お兄ちゃんはちょっと変わった。

 それはお姉ちゃんもだけれど、私に構うようになった。


 私の父親は、お母さんが私を妊娠中に浮気をして、離婚したらしい。

 直接は教えてくれなかったけれど、そうらしい。


 そしてシングルマザーだったお母さんも、私が中学3年の時、死んでしまった。

 その一年前から入院していたので、覚悟はしていたんだけど、それでも私は参ってしまって、だいぶ二人に支えられた。今もだけど。


「芽遊ちゃん、おはよー! 日直なの?」

「うん」


 これは私の友達の美柑。

 1年の時からの付き合い。


「もうすぐ文化祭だね~」

「……あ」


 普通に忘れていた。

 プールは今週でよかった。


「絶対忘れてたでしょ……」

「別に?」

「誤魔化し方が雑なんだよな~……」


 椅子に座ったまま、こちらに振り返ってくる。

 椅子に反対に座ってることになるので、脚広げてるんだけど、もう知らない。

 何回言っても忘れるから。


「お兄さんと仲良くしてる?」

「……いきなり何」


 最近は聞いてこなかったのに。


「昨日見かけたから」

「……」


 まあ、そういう可能性はあった。

 一昨日じゃなかったことが不幸中の幸い。


「見ての通り」

「相変わらずラブラブだったね~」

「……どこみた」

「んふふ、どこでしょ~?」


 美柑には私がお兄ちゃんを好きなことなんてバレているしいいんだけど。


「余計なこと言ったらグループLIMEにあることないこと書くから」

「絶対やめてよ!? 芽遊ちゃんが言ったら全員信じちゃうでしょ!?」

「はぁ……冗談に決まってるでしょ」


 今まで一言も送ったことのない人間が何か送ったって信じてもらえるわけがない。


「でも、本当に珍しいと思うよ? 高校生で兄妹の仲がいいの」

「知らないし」

「何にも不満無いの?」

「ある」

「あ、それはやっぱりあるんだ」

「当然」


 もう何年一緒に生きていると思ってるんだ。


「例えば?」

「なんで言わなきゃいけないの」

「大したことじゃないんでしょ?」

「まあ」

「じゃあ、いいじゃん。一個だけ!」


 不満はいくつかある。

 その中から一つ言うとするなら。


「あんまり構ってもらえないことかなぁ……」

「……うわぁ」

「なに」

「いやー、こりゃクラスの男子に見せられんわ、と思って」

「は?」

「なんでもなーい。それより、お兄さん、学祭来るの?」

「どうだろ」


 誘えば来てくれるだろうけど。

 乗り気かどうかわからない。


「メイド喫茶するんだーって言えば来てくれるんじゃない?」

「……」


 にやけて全然似てない人のまねをする美柑の頬を左右に引っ張る。

 もちもちだ。


「いひゃい……」

「誰の提案でこんなことになったと思ってる」


 手を離す。

 涙目になりながら、頬をさすっていた。


「ようやくだよ!? 私がどれだけ待たされたことか」

「……大げさな」

「大げさじゃないよ!? 一年の時も二年の時も却下されたんだから!」

「なんで三年になって許可された? 受験勉強で頭回ってないんじゃない」

「ちょっとそれはひどくない……?」

「美柑は元々頭回ってないでしょ」

「それはひどすぎないかな!?」

「はぁ……美柑と話してると朝からつかれる」

「芽遊ちゃんに言われたくないよ……」


 美柑が黒板の方を向く。

 いつの間にか、クラスに人が増えてきた。

 朝のホームルームまではもう少しあるけど。


「お兄さん、来てくれるといいね」

「ん」

「あ、でも……」


 再びこちらに顔を向けた。

 何だそのにやけ顔は。


「彼女連れてきたら」

「は?」

「いや、まだ言ってる途中」

「いないから」

「おぅ……顔怖いよ?」



%%%



「芽遊ちゃん、私もう疲れたよ……」

「帰れば」

「つ~か~れ~た~」

「……」


 放課後は図書室で美柑と宿題をしていた。


「あ、司書さんこっちみてる……」

「美柑が騒ぐからでしょ」

「だってぇ……」

「宿題終わったの?」

「あとちょっと……」

「さっさと終わらせて帰れば」

「頑張る……」


 私たちは放課後にはよくここにきている。

 元々、私は家に帰っても誰もいないので、図書室で宿題をしていた。

 それを美柑に見つかってから、一緒にするようになった。


「終わった~」


 目の前にノートをかかげて喜んでいる。

 が、鞄から教科書を取り出し始めた。


「帰らないの?」

「うん、ほら。学祭終わったら中間あるし」

「そう」

「……私、最近結構頑張ってるんだよ?」

「いきなり何」


 美柑が似合わない真面目な顔で私の目を見ていたので、ペンを置く。


「その、ありがとね?」

「は?」

「だから、ありがとって……」

「なに」

「も~! 恥ずかしいんだから何回も言わせないでよ! 一緒に勉強してくれてありがとうって言ってるの!」

「……」

「図書室では静かにしてくださいね~」

「あ、すっ、すみません!」


 美柑は謝ってから、恥ずかしそうに顔を伏せていた。

 ……どういうこと?


「別に美柑に付き合ってるわけじゃないんだけど」

「わかってるけど……わからないとこ教えてくれるし」

「目の前でうんうん悩まれてるのが邪魔だからだけど」

「それにテストの点もよくなってきてお母さんに褒められたし」

「知らないけど」

「だから、今まで何にも言ってなかったなぁって思って」

「いきなり何」

「だからぁ、これからも勉強教えて……?」


 ……

 子供か。


「片手間でいいなら」

「うんっ!」



%%%



枝彌side



 今日の講義も終わったので、バイト中。

 このファミレスは同じ大学の学生もよく来る。

 私は単位も取ってるので、今はそこまで大学に行く必要はない。

 だから、バイトもたくさん入れるし、そのぶん給料も増える。



 バイト代を弟と妹のために使う。

 そうすることで、物を与えたという優越感に浸れる。



 そう言う建前でかわいい弟と妹に合法的にお金を使えるのだ。

 うぇへへへへへへへ↑


「お、お姉さん! 今日のバイトいつ上がりますか!?」

「マジで言ったよ!」

「どうなるどうなる!?」

「ご注文はお決まりですか?」


 前に芽遊ちゃんにバイト代を使い過ぎと言われた。

 私が稼いだお金なんだからいいじゃんと言ったら、それなら私たちが受け取るのも自由だけど、と言われて撃沈した。

 だから、何とか粘って、粘って粘って粘って、給料の1割まで許してもらった。

 でも、まだまだ甘い。

 芽遊ちゃんは二人で1割だと思ってるんだろうけど、私は一人1割ずつ使います。

 残念でした~!!


「お決まりになりましたら、改めて押していただいてもよろしいでしょうか」

「え、えっと! こ、これとドリンクバーも3つずつ!」

「こちら、3種類のソースからお選びいただけます」

「えっと、これで!」

「はい。では、ご注文を繰り返させていただきます――」


 もうね、二人ともかわいいが過ぎる。

 對ちゃんは私に無理させないようにって、いっつも気を使ってくれてて、バイト代も自分のために使おうとしない。

 それはちょっと不満。

 私と芽遊ちゃんのためには使うくせに自分のために使わないなんておかしいからね。

 だから、私がいろいろ買ってあげないとね! うんうん。


「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか?」

「あ、お願いします」

「はい」


 芽遊ちゃんはね、素直になれてない感じがほんとにかわいくて。

 對ちゃんのこと好きーってわっかりやすいんだよね。

 あと、私のことも。

 照れちゃうね。

 でも、最近はちょっと不安もある。


 二人の仲が良すぎるの!


 私抜きにして!って不満もあるんだけど、あれだけ仲いいと、ねえ?

 いや、二人とも本当にお互いのこと好きなのはわかってるし、それはいいことなんだけど。

 はっきり言うと、えっちとかしてないよね、ってこと。

 しててもいいんだよ?

 いや、良くはないけどね。

 もししてても、一回お母さんのお墓に謝っておけば大丈夫。

 うん、許してくれるでしょ。

 で、してるかしてないかは問題じゃなくて、私が行ったときにちょうどしてたらどうする?ってことで。

 血がつながってると、お互いの匂いが嫌いになるって話は聞いたことがある。

 父親と娘の仲が悪くなるのもそれが関係しているらしい。

 それは、生物の防御的なものだから、あるはずなんだけど、あれって兄妹でもあるんだろうか?

 私はそういう生物的な専門に進んでいないので、わからない。

 でも、普通にくっついてるんだよね……


「う~ん……」

「枝彌ちゃん、何か悩み事?」

「あ、先輩、今からですか?」


 岡先輩は、今からシフトらしい。

 30まではいっていないだろうけど、私から見ても結構、お姉さんって感じに見える。


「枝彌ちゃんは、今日はもう上がりか」

「そうなんですよ~」

「これから予定あるの?」

「はい、合コンなんですよ」

「はぁ~、合コン……大学生って感じね」

「そうですか?」

「そうよ。それにしても、ほんとに彼氏とかいないのね」

「いませんよ~」

「なら、できるといいわね」

「え?」

「え? 彼氏作りたいんじゃないの? じゃあ、なんで合コンいくのよ」

「弟が行けって言ったからですけど」

「お、弟さんが……?」

「ほら、あの有名な森先生っているじゃないですか? テレビに出てる」

「う、うん」

「あの人が大学生のうちは合コンとかには積極的にでて勉強した方がいいって言ってたらしくて」

「それを弟さんに言われたと」

「そうなんですよ。まぁ、確かにな~と思って。お金はもったいないですけど、結構参加してます」

「そんな理由で合コンに行くのね……」

「勉強しなきゃですから! じゃあ、岡先輩、失礼します!」

「はい、お疲れ様~」



%%%



「枝彌ちゃん、飲んでる~?」

「飲んでるよ~」


 この合コンをセッティングした奈々ちゃんが隣に座ってくる。

 奈々ちゃんは友達で、いっつも彼氏が欲しいと言っている。


「私じゃなくて、男の子の隣にいきなよ~」

「枝彌ちゃんの隣居ればあっちから来るも~ん」


 また乾杯していると、奈々ちゃんの言った通り、男の子が来た。

 ちなみに、男の子は全員知らない人。

 對ちゃんと同じ大学の人たちみたいだけど、学年が違うし、たぶん對ちゃんのことだから、この人たちと知り合いじゃないだろうし、普通に接してればいいよね。



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「え、枝彌ちゃん帰っちゃうの~?」

「ごめ~ん、明日も学校だから」

「そっか~、誰か送ってって――」

「あー、親戚の家近くだから大丈夫! またね~」

「そう? またね~」

「あの、枝彌さん!」

「ん、武司くんだっけ? どうかした」

「LIMEだけ交換してください!」

「いいよ~」


 交換交換。


「ありがとうございます!」

「じゃあ。奈々ちゃんもまたね~」

「は~い」


 手を振って見送る。

 まあ、女子3人いたし大丈夫だよね。

 お酒飲むのは自己責任だし。

 さて、帰ろっと。


 うぅ……あっちに帰りたい……

 ここからなら私の家より對ちゃんたちの家の方が近いのに……

 でも、約束だし。

 頑張って帰ろ……

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