第4話 家族でおかいもの

 カーテンを開く。

 今日も晴れだ。

 あー、太陽、まぶしいな……

 でも、昨日と同じく小学生は通っていない。

 代わりにちょっと通る車は多いかも?

 あ、県外車だ。

 休日だけど、こんなはやくから?

 昨日から泊っていったのかな?

 何かここら辺にあったかな?

 でもいらっしゃい、ゆっくりしていってね。

 まったく関係ないけど。


「……お兄ちゃん」

「おはよ、芽遊」

「おはよ……」

「用意するから枝彌起こしといてくれる?」

「ん……」


 枝彌はいまだに芽遊に抱き着いて寝息を立てている。

 寝ている姿は本当にかわいい。

 起きてても多分かわいい。

 朝ごはんの用意をしなくてはだけど、枝彌は芽遊と同じなので、とっても楽。


「ん~」

「わっ、どうしたの、枝彌?」


 フライパンの蓋を持ち上げようとしたところで、いつの間にか背後に来ていた枝彌の手が回された。


「どうしたの?」

「ねむぃ……」

「はいはい」


 火を調節して、枝彌の身体を支える。

 寝ぼけてるからか結構重い。


「ほら、顔洗って?」

「んー……」


 洗面台の前まで連れてきて、水を出した。


「芽遊、枝彌のことおねがい」

「ん」


 引き継いで、キッチンに戻る。

 もういいかな。

 ご飯も盛って完成っと。

 

「って、また?」

「えへ、改めておはよ、對ちゃん」

「おはよう、目、覚めた?」

「さめた~」


 まだちょっと眠そう。

 朝ごはん食べれば目も覚めるよね。


「はい、やけどはしないだろうけど、よく噛んで食べてね」

「はーい」

「……いただきます」


 ニュースのお姉さんが天気を伝えている。

 今日も晴れ、午後は降水確率20%みたいだから、折り畳み傘だけ持って行こうかな。


「昨日はショッピングモール行ったんでしょ?」

「うん」

「どこ行こっかな~、遊園地はあれだもんね」

「僕は観覧車とか乗らなければ大丈夫だけど、芽遊はジェットコースターとか酔っちゃうもんね」

「プールとか行く?」

「いきなり……?」

「あれ、水着なかったっけ?」

「僕はいいとして……芽遊のもあるけど、着れる?」


 去年、海に行く前に買った水着は残っていたはず。

 たしか、オフショルダー?

 店員さんにおすすめされていたのもあるし、僕も似合っていると思ったので、買った覚えがある。

 着れなくなることはあるのかな?

 まあ、女の子って水着変えるって言うしね。


「来週ならまだプール行けるかな……? じゃあ、今日は水着買いに行こ!」

「……」


 嫌がってるわけではないみたい。


「去年の水着覚えてる~?」

「枝彌の? んー……なんとなく水色だった気がするけど」

「去年のより似合うの選んでね!」

「前も枝彌に一番似合うの選んだつもりなんだけど」

「去年のと今年のはお店にあるのが違うから!」


 まあ、旬? 流行ってあるからね。

 僕はよくわからないけど、なんとなくそういうのを知って、普通の格好をしておかないと、芽遊に迷惑かけちゃうから、うまくやっているとは、思う。確証はない。


「友達と行ったことあるところでいい? そこ日焼け止めおっけーだから」

「どう?」

「別にどこでも……」

「じゃあ、そこで! あと、1時間後くらいに出よっか?」



%%%



 水着売り場にやってきた。


「去年こんな感じじゃなかった?」

「今年はもうちょっと大人しめにしよっかなって」


 枝彌と並んで、水着を眺めていた。

 芽遊は、まずは自分で見たいと言っていたので、別行動をしている。


「心境の変化でもあったの?」

「お姉ちゃん大人だから」

「去年も成人してたよね?」

「對ちゃん、お姉ちゃんいじめて楽しい?」


 本当に女性用の水着は種類が多い。

 男性用も多いのかもしれないけど、ここまで形に差はない気がする。


「これにしよっかな~」

「カットアウトだっけ」

「そうそう。どう?」

「自分で色は気に入ってるの?」

「今年は少し暗めにしよっかなって」


 枝彌が自分の身体の前で持っている水着は、藍色を主体に白めの水色の模様が着いたもの。

 去年と比べると、露出が少ない気がする。


「似合うと思うよ。それなら脱げないだろうし」

「なんで余計なこと言うかな~?」

「去年取れそうになったでしょ……」

「あれは事故だから」


 去年、枝彌がプールからあがった瞬間、水着がずれて落ちそうになり、慌てておさえた覚えがある。

 その後、結構真面目に芽遊に叱られて落ち込んでいた。


「枝彌は身長高くてスタイルいいから、やっぱり水着似合うね」

「ありがとぉぉ!」

「店内だから騒ぐのはやめようね」


 引っ付く枝彌はそのままに、芽遊を探すことにする。

 同じ場所を行ったり来たりしている。

 あ、店員さんに話しかけられてる。


「芽遊ちゃん、どう?」


 いつの間にか移動していた枝彌が話しかけていた。


「あ、お姉さまでしょうか?」

「はい、お姉ちゃんです」

「仲がよろしいんですね~」

「そうなんですよ~」


 こういう時、僕も行くべきだろうか。

 ……行かないのも行かないで、二人見てる不審者みたいに思われるかもだし。


「あ、お兄さまでしょうか?」

「はい。そうです」

「試着も可能なので、よろしければ、あちらご利用してみてください」

「……ありがとうございます」


 そういって、店員さんは別のお客さんの方へ向かっていった。


「気に入ったのあった?」

「……まだ」

「じゃあ、お姉ちゃん試着してくるからね~」


 枝彌も去っていった。


「……」

「どういうのがいいとかある?」

「別に」

「ピンクがいい?」

「っ」


 芽遊の持ち物で、全部ピンクといったものはないけれど、一部ピンクが入ったようなものは多かった気がする。


「ワンピース見てたの?」

「あんまり肌出したくないから」

「肌綺麗なのに」

「……他人に見られたいわけじゃないし」

「羽織るのとは別にってことだよねー……こういうの?」

「……色はまあ」

「なら、一回試着してみたら? 今なら枝彌もいるだろうし」

「……うん」



%%%



「枝彌?」

「あ、對ちゃん? ちょっと見て~」


 カーテンが開く。

 先ほど選んだ水着を着た枝彌が立っている。


「どう?」

「似合ってると思うよ。背中は?」

「こんな感じ」


 半回転して背中が向けられる。

 思ったより出てるけど、まあ。


「枝彌はどう? 気に入った?」

「うん! これが第一候補!」

「芽遊も試着していい?」

「あ、決まったの? 入って入って~」


 芽遊の背中を押し、試着室に入れる。

 さっきの店員さんに話したら許可してくれたので、他の水着も中の枝彌に渡す。

 近くのベンチのような椅子に座って待っていると、枝彌が出てくる。


「今着てるよ~」

「ここで待ってるから、枝彌も他の見てきてもいいよ」

「わかった~! 芽遊ちゃんに似合いそうなのあったら持ってくるね~」


 芽遊が着替え終わるのを待ちながら、すぐ近くにあった男性用の水着が目に留まる。

 ブーメランパンツ。

 ムキムキの人とかなら似あうのかな?

 あんまり履いてる人記憶にないけど。


「……お兄ちゃん」


 小さく僕を呼ぶ声が聞こえた。


「着れた?」

「一応」

「開けるよ?」

「ん」


 カーテンを開けると水着に身を包んだ芽遊が立っている。

 白地に輪郭をピンクで彩られた蝶や花の模様が施された可愛らしいものだ。


「ん、かわいいと思うよ」

「っ……」

「サイズはどう? 上、小さかったりしない?」

「水着だから、まあ」

「一応、一個上も試着してみよっか」


 芽遊は胸が大きいので、サイズが合わないことがたまにある。

 特に水着は、大きすぎても小さすぎても問題があるし、折角試着出来るならちゃんと試した方がいい。


「ちょっと見せて」

「……ん」

「ちょっと取ってくる」

「あ、芽遊ちゃん、似合ってるよ~」


 枝彌が両手に別々の水着を持っていた。


「2着持ってきたの」

「ここ4着までだよね?」

「今サイズ試してみようと思って取りに行こうとしたところだったんだよ」

「あー、おっきいもんね。いいなぁ……」


 自分の胸を服の上からパフパフとたたいている。

 首元から風が出て髪を少し揺らしていた。


「こ、こっちは着れなかった……」

「あ、もらうね~」


 カーテンの隙間から水着の掛けられたハンガーを持った手のみが伸ばされた。

 さっき試着したのとは別の水着だ。

 サイズが合わなかったみたい。

 そのハンガーを枝彌が回収すると、手は戻っていった。


「えっと」

「試着したのはそこの中に入れればいいみたい」


 試着室内に、回収用のハンガーをかける場所と籠が置かれている。


「お姉ちゃんが取ってくるね、一個上でいいんだよね?」

「じゃあ、お願い」

「りょうか~い」


 再び枝彌が去っていった。

 それと入れ替わるように、店員さんがやってくる。


「こちら、よろしいでしょうか?」

「あ、お願いしますー」


 ハンガーを回収していった。

 売り場に出ていた店員さんとは別に、回収用の店員さんがいるみたい。

 回収した水着は売り場を通らず、そのまま裏方に運ばれていった。



%%%



「ちゃんと買えてよかったね~」

「来週楽しみだね」

「今更だけど、對ちゃんはバイト無いの?」

「昨日はなかったけど、次の土曜はあるよ」

「日曜はない?」

「うん、大丈夫」


 ベンチに座りながら、クレープを食べていた。

 枝彌も芽遊も甘いものが好きなので、僕も付き合って食べているうちに結構好きになった。

 枝彌はイチゴのクレープ、芽遊はバナナのクレープにしていた。

 それぞれ女性人気1、2位だと書かれていた。

 僕は男性人気が1位らしい、ぜんざいクレープというものにした。


「やっぱり普通のおいしい! 芽遊ちゃんもおいしい?」

「おいしい」

「これもそこまで甘くなくておいしいよ」

「ほんと? 一口ちょうだい?」

「はい」


 クレープを近づけると、枝彌が口を開け、一口食べた。

 食べ終え、頬に手を当てながら口を開いた。


「ん~、ほんとだ! クリーム自体に餡子が混ざってるんだね~」

「芽遊も、はい」


 一度僕の顔を窺った後、芽遊も口を付けた。

 このクレープは結構生地がもちもちしているので、芽遊の口がもぐもぐしている。


「どう?」

「結構好きかも」


 あまり表情は変わらないけれど、口元が軽く緩み、目も軽く閉じられていて、その言葉が本心であると伝わってくる。


「もうちょっと食べる?」

「……じゃあ、はい」

「お姉ちゃんのも食べて~」


 三人で分け合いながら、クレープを食べた。



%%%



「枝彌、そろそろ帰らなくていいの?」

「お姉ちゃんに早く帰れって言うの!?」

「枝彌のためでしょ」


 ソファの上で駄々をこねているが、明日は月曜日。

 枝彌も普通に大学がある。

 車で来ているとはいえ、遅くに帰らすのは心配だ。


「泊ってくの~!!」

「別に泊っていってもいいけど、着替えどうするの?」

「對ちゃんのかりる」

「そのまま大学に出るの?」

「一回家かえる」

「ちゃんと起きられる? 途中でめんどくさがってそのまま大学行こうとしない?」

「もお! そんなに帰らしたいの!?」

「枝彌がいいならいいんだってば」


 何より前科がある。


「帰って」

「芽遊ちゃん!? なんでそんなひどいこと言うの!?」

「自立するっていって一人暮らし始めた時に週末だけって決めたから」

「そうだけどぉ……」

「そうやってぐだぐだになってこっちに住むようになる」

「可能性はあるけど……」

「約束も守れないの?」

「う……」


 芽遊も言い方はきついけど、いじめているわけじゃない。はず。

 ああいう風に言わないと枝彌が帰ろうとしないから仕方なく言ってるのだと思う。


「うぅ……帰るよぉ」

「来週はプール行くんだから我慢して」

「寂しいんだもん!」

「また来週」

「わかった、わかったから! はい!」


 枝彌が両手を広げる。

 芽遊はため息をつきながら近づき、枝彌の背中に腕を回した。


「ぎゅ~~!!!!!!!」

「痛い!」


 芽遊と枝彌では身長差がある。

 同じように抱きしめた枝彌が力を込め、芽遊の身体が浮きそうになったところで、離されていた。


「對ちゃんも~!」

「はいはい、またね」


 飛びつくように抱き着いてくるのを支える。

 これも慣れ。

 慣れなくては普通に倒される。

 人一人の重さがぶつかってくるなんて、構えていなくては耐えることはできない。

 僕は力持ちというわけでもないし。


「よし! 寂しくない今のうちに帰るね! 来週のプール忘れないでね!」


 玄関から勢いよく出ていった枝彌を見送った僕たちは、二人して苦笑いをしていた。

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