第3話 嫐

「いやー、晴れてよかったね~」

「……」


 土曜日、芽遊と外に出てきた。

 季節は夏だけれど、今日は風が少し吹いていて、多少雲もあるので、過ごしやすいかもしれない。

 今日も近くのショッピングモールに来た。

 僕は今日くらい遠くに行こうと思ってたんだけど、芽遊がここでいいって言ったので。

 もしかして、僕に気を使ってくれたのかな。

 すっごくいい子なんですよ。


「何がいいかな?」

「……」

「これとか似合いそうじゃない? あ、こっちかな? どっちがいい?」

「……スカート履きたくない」

「似合うのに~……じゃあ、こっちかな?」

「っ」


 袖を引かれる。

 芽遊が隠れるように身を寄せていた。


「どうしたの?」

「……知り合い」

「話してこなくていいの?」

「いい」


 まあ、この歳だとそういうこともあるかー。

 僕も、2年前は……どうだったかな。

 まあ、思春期だし、家族と一緒だと恥ずかしかったりしたかも?


「ん」

「あ、もういいの?」

「店の前通っただけだから」

「そっか。それで、これどう?」

「……着てみる」

「ここの試着室は3着までだったよね。じゃあ、これも」

「……」



%%%



「……こんなに要らない」

「いいのいいの。今日くらいはねー」

「自分の服は」

「僕はそんなに興味ないし……」

「私もないんだけど」

「折角かわいいんだから、もったいないよー」

「……家族の贔屓目で褒められてもうれしくないし」


 贔屓目も当然あると思うけど、客観的にもそうだと思うんだけどな。

 でも、強引にでも買ってあげないと全然物を欲しがらないので。

 そういえば、誰に聞いたのかは忘れてしまったけれど、思春期の子供は親から買ってもらった服などに不満を持つものらしい。

 センスが合わないだからとか。

 まあ、着ないなら着ないでいいか。


「……これ、買ったら?」

「これ?」

「そう」


 女物なんだけど、これ。

 ちょっと抵抗感あるんだけど。

 でも……最近は女物を使う人もいるらしい。

 これ、男物でもありそうだし。


「芽遊が勧めてくれるならそうしようかな」

「別に」

「折角女物ならお揃いにする?」

「……きもいし」


 芽遊はすでにMサイズのものを持っていた。

 僕は、サイズあるかな?



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「夏にシャーベットは美味しいね」

「うん」

「上に描かれてる顔もかわいいし。なんだろ、犬かなあ?」

「……ねこ?」


 昼食を食べ終え?

 あれ、デザートって昼食の一部なのかな?


「次はどこに行こっか?」

「帰る」

「疲れちゃった?」

「もう欲しいものないし」


 まあ、あとは枝彌がやってくれるはず。


「シャーペンの芯とか、消しゴムとか、そういうものも切れてない?」

「……赤ペン最近いつ変えたっけ」

「じゃあ、買っておこうか。まだあったら残しておけばいいし」

「ご飯は」

「ん、まだお腹空いてる? 何か頼む?」

「今じゃなくて、食材」

「一回家に帰ってから出てこようかと思ってたんだけど」

「……二度手間だし。帰りに寄ればいいじゃん。手もあるんだし」


 めっちゃ可愛いでしょ、この妹。



%%%



「はやく渡して」

「そんなに重くないから大丈夫だよ?」

「……家着くの遅くなるから」

「ありがとね」

「べつに……」


 一つのエコバックを持ってくれる。



%%%



「ん……?」

「あれ、電気ついてる」

「ちょっと電話してみよっか」


 プルルルルっと。


「あ、もしもし枝彌?」

たいちゃん、どうしたの?』

「もしかして、家来ている?」


 窓から顔を出して、少し辺りを見回して、僕達に気づいたみたい。

 笑顔で手をぶんぶん振っている。


「もう着くから待っててね」

『はいはーい!』


 カーテンが閉まる。


「やっぱり枝彌だったよ」

「今日も来たんだ」

「まあ、土曜だもんね」


 玄関の前まで来た時、扉が開く。


「おかえり! 對ちゃん、芽遊ちゃん!」

「ただいま、電気ついててびっくりしたよ」

「ピンポン押しても出なかったんだもん」

「荷物持ってるんだからはやくどいて」

「はい、受け取るよ~?」

「……いい」


 枝彌のそばを通り抜けて、部屋の中へ入っていった。


「お姉ちゃんが冷蔵庫に入れとくから手洗ってきていいよ~」

「ありがと」


 エコバックを渡して、脱衣所に向かう。

 芽遊も遅れて入ってきた。


「ありがとね、家まで持ってくれて」

「さっきも聞いた」


 並んで手を洗う。

 横を見ると、芽遊の髪にほこりが付いていた。


「……」

「なっ、なんで髪触った……?」

「ほこりほこり」

「そう……」

「……」

「……まだとれないの?」

「よしよし」

「もう!」

「またいちゃいちゃして……」


 枝彌が頬を膨らませていた。


「お話があるので!」

「はいはい」

「お姉ちゃん、私疲れてるんだけど」

「あるので!」

「……」


 ソファに座る。

 一つしかないので、横一列に座る形になる。


「さて、今日は何をしてきましたか!」

「デート」「買い物」

「二人で行ったことについて、どう思いますか!」

「枝彌も行きたかったの?」

「当たり前でしょぉぉぉおおお!!! なんでお姉ちゃんだけのけものなのぉぉおおおお!」

「うるさい」

「そうやって、芽遊ちゃんまでお姉ちゃんいじめるんだ。そうだよねー、いーっつも私だけ置いてけぼりだもんねー……」



 指をくるくるさせながら、泣きマネをする枝彌。

 ちらちらみているし、いつものことなので、バレバレなんだけど、付き合わないとあとで拗ねるので。

 枝彌の長い髪がソファの後ろへ垂れ、床に付きそうになっている。

 こんなに長かったっけ。


「……」

「なんでこっち見るの」

「そうやってお姉ちゃんいじめるぅぅ……」

「……」


 芽遊が頭を撫でていた。

 枝彌の顔はみるみるほころんでいった。

 一方で芽遊は呆れた目をしている。


「じゃあ、明日はお姉ちゃんとデートね!」

「……」

「え、現金がいいの?」

「はぁ……」


 本気で財布を取り出そうとした枝彌の手を芽遊が止める。


「やったー! 對ちゃんもね!」

「僕が言ったらデートにならないんじゃない?」

「ダブルデートだよ!」

「3人じゃそうはならないと思うけど」

「いいのー! 行くったらいくのー!」

「はいはい。枝彌もご飯まだでしょ?」

「おねがーい」


 台所に向かおうと立ち上がると、枝彌がさらに芽遊に絡んでいた。

 シスコンだからね、枝彌は。

 さて、ご飯作ろっと。



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「芽遊ちゃんの買ってもらった服気になる……明日着てくれる?」

「着ない」

「なんで~?」

「試着で着たから」

「お姉ちゃんが見てないでしょ?」


 枝彌は週末になると遊びに来ることが多いので、珍しい光景ではない。

 枝彌が芽遊にちょっかいをかけ、それを叱られて、拗ねて、慰められて、とそれを延々と繰り返している。


「今日こそは3人でお風呂……!」

「入らない」

「なんでぇぇ!?」

「そんなに広くないし」

「2人で入れるなら3人も変わらないよ~!」

「変わる」

「も~! ……じゃあ、今日は芽遊ちゃんかな? 先週は對ちゃんだったし」

「この歳でなんで一緒に入らないといけないの……」

「そんなこと言って……芽遊ちゃんだって普段は對ちゃんと一緒に入ってるくせに」

「入ってない!」

「ほんとに?」

「……たまにしか、はいってない!」

「家族なんだから、恥ずかしがることないのにね~」


 食器を洗っている間も話し声が聞こえてくるというのは、妙な嬉しさがある。

 シャワーの音くらいしか聞こえてこないことの方が多いので。

 枝彌も泊っていくから、布団を引かないといけないし。



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「ほら、對ちゃん、はやくきて」

「……」

「あれ、もう寝るの?」


 お風呂からあがると、布団の上で二人が横になっていた。

 いつもならまだソファに座ってテレビを見ているころだ。


「明日寝坊しないように早く寝て備えないとって思って!」

「そんな小学生じゃないんだから」

「芽遊ちゃんも楽しみだもんね~?」

「別に」


 敷かれている二つの布団はぴったりとくっつけられている。

 おじゃまします、と。


「はぁ……」

「ぎゅ~!」

「ねえ、苦しいんだけど」


 芽遊を左右から挟む形だ。

 正確に言うと、芽遊を抱きしめる僕ごと、枝彌が包んでいる感じ。


「……」

「……」

「……二人して撫でるな」

「だってぇ……私は1週間で1回くらいだもん……」


 芽遊の代わりに枝彌の頭に触れる。


「ふへへ……」

「きも」

「ひ、ひどい……」



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 僕は、人肌が好きだ。

 人の体温も嫌いじゃなかった。


 僕は中学生の時、脚と腕の毛を剃った。

 理由はたしか、テレビでそういう人が増えているとかなんとかを見たからだったはず。

 いや、それを思い出したからだったかも。

 とにかく、剃ったんですよ。

 誰に見せるわけでもないし、いっか、そんな軽い気持ちで。


 僕はそこまで毛深い方じゃなかったと思うんですけど、やっぱり、毛が生えてるか生えてないかってかなり違ってですね、涼しいんですよ。

 いえ、当時は夏だったので。

 感動しました。

 それだけで涼しくなるんだって。

 そして、次の感動は、寝る前。

 僕は夏でも毛布で寝るような人間だったんですけど、もう感触が全然違うんですよ。

 そんなに高いものではないと思うんですけど、めちゃくちゃ気持ちいい。

 あれは感動する。


 そして、布団の中で、そろそろ寝ようと思っていた時、横向きに寝転がった時、太ももが触れ合った時。

 自分のですよ?

 その時は芽遊と一緒に寝てなかったので。


 こんなに気持ちいの!? 

 いや、キモいなとは思うんですよ。

 自分の手と手を合わせて感動してるようなもんですからね。

 でもね、いいんですよ。キモくても。

 寝る前なんて誰がいるわけでもないし、どうでもいいかと思って。

 アニメで漏らすの我慢してる女の子みたいに太ももすり合わせてましたよ。


 今考えれば予感みたいなものはあったんでしょうね。

 昔から、ほら。

 周りの人って人の体温が残ってるのとか嫌がるじゃないですか。

 椅子まだあったかいんだけど、みたいな。

 いや、好んでたわけではないですけど、そこまで、って感じだった気がします。

 この時から人肌求めてたのかー、みたいな。

 改めて考えるとキモいな。うん。


 あと、その椅子のことで、当時悩んだこともありました。

 え、僕って同性愛者?って。

 当時の僕の友達とか、好きな女の子が座ってた椅子に座ろうとしてたんですよ。

 ちょっと緊張しながら、きょろきょろして他の人に見られてないか確認して。

 誰だったかな、あれ。

 そう考えると、かわいいですね。

 ……何考えてたんだっけ?

 そうそう、それで、僕ってどっちが好きなんだろって。

 ほら、中学生頃で初めて同性愛者って存在を知ったわけですよ。

 それまで女の子を好きになったことがなかったんですよ。

 そこで同性愛者って存在を知って、もう混乱ですよね。

 まあ、結局男の子を好きになることもなかったんですよ。

 それで、あれ?と思って。

 いろんな人に聞くと、結構教えてくれる人がいたんですよ。

 幼稚園や保育園の時の、同じクラスの人や先生、小学生の頃の先輩とか。

 え、初恋……?

 僕もしてるのかもしれないけど、それを覚えてないからこれだけ困っていたわけで。

 まあ、当時は中学生でしたから、僕は無性愛者なんですよってイキっていたわけですよ。イキれてますかね?

 で、今。

 誰も好きになってないじゃん、と。

 やばたにえんですよやばたにえん。

 でも、代わりがいたんですよ。

 悪い言い方ですけどね。

 愛を注ぐ相手が身近にいるわけで。

 ですが、最近は別の悩みもあるんです。

 当然と言えば当然ですが、枝彌や芽遊にそういう性的興奮を覚えることはありません、家族ですし。

 それはいいんですが、ふと思ってしまいまして。

 あれ、僕枯れてない?って。

 日本には言霊というものがあるそうなので、あまり下手なことを言うもんじゃないですよ。

 

「ん……對ちゃん……?」

「おやすみ、枝彌」

「んー……」


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