第2話 姫、異世界にて覚める

「ん、んっ.....」

眩い朝光が暗闇の中を照らしこんだ。


目を開けると小さな部屋で寝ていた。

「えっ」

喉に手を当てる。 

.......傷がない......。声も出せる........。


「あ、起きた? ちょっと待ってて、爺ちゃん呼んでくっから。」

扉を開けた男は私にそう言うと、階段を降りていった。

「ここどこ?」

誰にも届かない声が室内の片隅に響いた。


「ようやく起きたか。ほれほれ飯を食え。」

白髪を生やしたお爺さんは、パンとスープをテーブルに置き、先程の男も交えて朝食の準備を行う。


「君、名前覚えてる? 故郷は?」

男は私に詰め寄った。

「.......マリア セントバーグ。故郷は、レクラニア王国......。」

私の言葉を聞き彼らは目を合わせる。

「そんな国聞いた事がないのぉ。」

驚愕した私は声を上げる

「えぇ!? 知らないの? セントバーグ家は? と言うかここ何処なのよ!? 早く帰らないと......!」

ベットから出ると膝が地面についた。

足に力が入らない。


「まだ動くな。今しばらく安静にしておれ」

私は男に抱えられベットに戻された。

「平民に私が..........!こんな屈辱.........!」

「屈辱?」

「私を誰だと思っているの!? セントバーグ家の令嬢にして、この戦争中にユーマルス川の攻勢で武功を挙げた"マリア セントバーグ"であるぞ!?

お前達、頭が高いのよ!」

またも彼らは目を合わせる。

怪訝な表情をして私に言う。

「戦争? そんなもの何処もしてねーよ」


どういうこと? 二人は私をからかっているの?

「う、嘘よ!」

「嘘なんかついてどーすんだよ?」

私は彼らを呆然と見つめる。 


「お嬢さん。混乱しているようだね。」

「俺が説明するよ。」

男はここ数日の事を話し始めた。



「んだから、三日前に君を森で拾ったきり、なんも起きてねーよ。 戦争もしらねぇし、首に傷も入って無かったって! あんた飲み込み悪いね」

「!!このっ!」

私が彼を殴る前に爺さんが彼の頭を小突いてくれた。



爺さんは私を真剣に見つめて言う。

「マリア。もしかして君は違う世界から来たのか?」

「え? 違う.....世界?」

「わしも文献でしか知らないが、異世界で臨死状態になった者が数千年に一度この世界に来る、と読んだことがある。 来る者に特徴や条件などは無く、ランダムなようじゃ。」

「君もそうじゃないのかね?」

二人は私を見る。


ベットのシーツを握る。 本当にそんな事あり得るの? でも、今私が見ているのは現実.....。

「精神が安定するまでゆっくりして行きなさい。」

爺さんはそう言うと、スープを飲み干した。





この家に来て一週間が経った。

今はアスタと共に森に来ている。 アスタは爺さんの孫で、木こりを生業としている。


獣道を進む最中彼は私に言う。

「マリア。お前結構体力あるんだな」

「ふふん。私は軍属の人間よ。体力なら負けないわよ」

「んでも、抜けたんだろ?あっちの世界では。」

「う、うるさいわね!」


この一週間、頭を整理するのに必死だった。

もう大好きな故郷や家族に会えないと思うと涙が止められなかった。

しかし、こんな状況になってしまったのなら仕方ないとも思えた。

この長閑のどかで平穏な村に住み、当初の目的であった"平和に暮らす" 夢を叶えても良いと考え始めた。



彼は木材を真っ二つに割りながら愚痴を言う。

「木こりってのは、村に人に火を灯す大切な仕事なんだ。 馬鹿にする奴もいるけど、誰のお陰で湯を沸かしたり暖を取れんだって思う」

彼を見つめて口を尖らせる。

「じゃあ辞めちゃえばいいじゃない。嫌なんでしょ? 馬鹿にされるの。」

じーっとこちらを見ながら

「やっぱお姫様は違うな。俺ら平民とは.....。」


彼は斧を大きく振りかぶり、木材を2つに割る。

「んなこと、出来ねぇんだよ。王族と違って俺らはその日暮らしな奴が多いんだ。」

「なんなのよ?その態度! 自分達の立場をわかってるならもっと私を尊敬しなさいよ! もっと可愛がってよ! もっとご飯多くしなさいよ!!」

「わがまますぎんだろ......。」


「あのなぁ、お前は今、"居候"の身だぞ? 働きもせずぐーたらぐーたら。 故郷では許されたかも知れんが、この村では許さんぞ。 わかったら薪を集めて来い。」

正論を言われ、私は顔を真っ赤にする。

「わかったわよ!」



アスタをギャフンと言わせる為、私は薪を沢山集めようと森の奥へと入っていく。


「よぃっしょ! はぁ。結構集めたわよ。これでアスタも.....ふふふ」

村の方から、カーンカーンと遠い音が聞こえる。

汗を拭いながらその方角を見る。

村から黒煙が上がっている。 燃えているのだ。村全体が。



過去がフラッシュバックする。 

三年前、ゲリラ兵をかくまっていたある村を焼き討ちにすることが師団長から告げられた。


「火を上げる? 何故ですか?」

「いくらマリア様の命でもそのような事......」

「上層部からの命令なのですか?」

者共は一斉に疑問の声を上げる。

しかし、私は努めて冷静に言う

「私の命に従えないのか? ライアン?」

「しかし、村の者共は敵側とはいえ、大勢の民間人が........」


父から教えられた言葉を冷たく放つ。

「戦時に於いて感情で動いてはいけない。 同情など言語道断。 同情は最大の敵である。」

「しかし!」


「私の命は、師団長......ひいては連合軍最高司令長官の言葉である。 意である。 決断である。」


そうして、村は燃え、人も燃え、動植物は絶えた。

人々の悲鳴、部下の軽蔑する視線。


もう、あんなこと.....!




「おい! マリア!聞いてるのか!」

ハッと彼を見る。

「急ぐぞ! 村が!皆が!」

アスタに手を引かれるがまま私は走り出した。

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