005 今度サッカーやろうぜ!

 俺のヒョロヒョロの拳と、イネクスの大岩の如く肥大化した拳がぶつかった。


 刹那の交錯。

 だが、俺には分かった。


 イネクスは強化魔法を一度に限界まで発動して、元の倍以上の逞しい体躯になっている。

 その威力は大砲の初速にも匹敵するだろう。

 だが。だけれども。だとしても。


「『累乗』、即ち二乗された俺には勝てんさねぇぇぇっ!」


 俺の貧弱に見える拳がイネクスの巌の如く拳を木端微塵にした。


「チィッ!」


 イネクスは乱れた金髪にも気付かないまま焦った様子で舌打ちし、後方に跳躍して下がる。


 すると、ファイティングポーズをとって普段は(特に女に対しては)温厚に細めている瞳を鋭く光らせて俺を睨んだ。


 俺も真似して同じポーズをとる。


「ヒット&アウェイがお好きな慎重タイプなのね、君」


「調子乗ってんじゃねぇぞ0点顔面野郎。不細工になっちまうからこの魔法は使いたくなかったのによぉ……テメェ、どうしてくれんだよ」


「実はまだまだ調子乗ってなくてこれなのよね。あと、あんたは元から不細工でしょーに」


「あ?」


 俺は一度ポーズを解き、右手の親指を立てて一糸纏わぬ俺の逞しい胸筋(『累乗』によって勝手にマッチョになっていた)に当てて、


「男はさぁ、やっぱり心がイケメンじゃなきゃ駄目だと思うんだ」


「ルゥトォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!」


 一応、名前は覚えてくれていたのか。


 まあ、それはさておき。


 巨大な岩石が飛来してくるように、イネクスが飛んでくる。


 瞬きをしたら、もうそこには相手の姿が無かった。


 何故かって?


「それは、俺が既に仰向けで宙に舞っているからだ!」

 

 誰に言い聞かせるわけでも無く、勝手に実況。そして、俺が仰向けで舞っている理由はといえば、


「一度やってみたかった!」

「あぁんっ!?」


 俺は身体を縦に反転させて爪先がイネクスの自慢の顔に当たるようにして、


「ルゥト落としっ!」


「ぼぎゃ――ッ!?」


 地響きが生じ、地割れが起こり、地盤沈下が成される。


 イネクスは、魔工ドリル顔負けの速度と破壊力で地の底を掘削していく。


 バイバイ、イネクス。

 良いファイトだった。


「って感じにはならんよね……?」


「当たり前だクソがァァッ!」


 思ったよりもずっと早い切り返し。


 崩壊した面を下げて俺の前に舞い戻ったイネクスは、


「死ねやッ! 『巌砲』――」


「死ねない! ロマンチックな意味じゃなくてアルゴリズム的な意味で!」


 重ねた手のひらを俺に差し出したイネクスの股間をもう一度蹴り上げて、空高くに吹き飛ばす。


 ピュウウウ、と飛んでいくイネクスを見上げて手を合わせ、俺は言った。


「達者でな、イネクス。最低限の尊厳は守って去ねクズなんて呼び方はしないよ。今度、お前の傷が治ったら一緒にサッカーしような」


 轟音が聞こえた。恐らくイネクスボールがどこかに着弾したのだろう。


「さっ、行こっか!」


 俺は満面の笑みで精霊様を呼び、


『ふぁ、ああーあ――じゃなかった。ええ、行きますか』


「今、欠伸で返事してたよね?」


『んなわけ』


「また雑ぅ」


 と、そんなやり取りをして、


『とりあえず、マグマ温泉にまた浸かりたいので早く済ませましょう。チチンチンぷいぷーい』


「精霊様、それ卑わ――」


 言いかけた俺の身体は再びその場から消え、


「っと、うーんと、ここはどこだ?」


「――へ」


「へ?」


「変態が居ますわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「あー……」


 豪華な部屋。カーテン付きのベッド。


 目の前で腰を抜かし、豊かな胸と黒くてセクシーな下着を白いネグリジェ越しに晒して俺を見上げる、ピンク髪の美女。


 見覚えのある顔。聞き覚えのある口調や声。


「わたくしを襲うなど、億死に値しますわ!」


「いきなり王女様とエンカウントかーい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る