004 累乗VS強化=俺VSイネクスきゅん
俺に驚いたイネクスを見て、奴の腕に巻き付いていた女もまたびっくりしている。
「イネクスさん、あのパンイチの殿方と知り合いなのですか……?」
「そ、そんなワケないだろう? ほら、よくある『久しぶりだね元気だったかい詐欺』だよ」
「そ、そうですよね」
当然の如く、煙たがられた。
というか、俺自身も俺がパンイチであることを忘れていた。それは俺の失態だった。
とはいえ、俺の尊厳の仇であるイネクスきゅんと、こうして再会できたのはラッキーだ。
「イネクスきゅぅぅん、すやすやと気持ちよさそうに寝ている無防備な王女様の笑顔は可愛かったかい?」
面倒だから、とっとと本題に入ってしまおう。イネクスは「あっ?」と眉を顰める。
「だから、変化魔法で俺の皮を被って、王女様の夜のおねん寝タイムを間近で見た心地はどうだったかって聞いてんだよ」
隣で浮遊している精霊様が「ぶふっ」と笑った。
一方で、イネクスは「は? なに意味分かんねぇこと言ってんだよ」と明らかに動揺した様子で女の腕を解き、俺に近付いてくる。
商店街を往く人々も、何事かとざわついて俺達を見ている。
俺はさらに挑発――というか、奴は確信犯なので犯行内容の確認をする。
「今度さ、変化魔法のやり方教えてくれよ。そうしたら俺、いつもお前が言うような三下フェイスの俺なんかじゃなくて、もっと端正で整ったお顔立ちの人に成り切って好き勝手やらかしてやるからさ。ああ、例えばそう、イネクスきゅんのようなイケメソとか
「――舐めんじゃねぇぞ童貞クソ陰キャがぁッ!」
案の定、イネクスは俺の胸倉――パンイチで服は着てなくて胸倉は無いから、正確には首を絞めて怒鳴り散らしてきた。
いつもそうだった。
表ではカリスマの如き振舞いを見せて、その美貌と狡猾な頭で何人もの仲間や女を引き連れていく。
その裏で俺を散々苛め抜いていたのだと公言したところで、誰も信じはしないだろう。
勝ち組には勝ち組の、負け組には負け組の境遇、未来、道がある。出来てしまっている。
それを歩まざるをえないのが、人生ってものだと……そう思っていた。
しかし、だ。
じゃあ、なぜ今、イネクスは俺の首を絞めていた筈の腕をおさえて、俺の前に屈んでいる?
どうして奴は半泣きで「いてぇ! いてぇよぉ!」と叫びながら、バラバラと分解している腕の欠片を必死に集めている?
「人生は一筋縄ではいかないってわけだ」
俺はイネクスの前に屈み、無駄に明るい金髪に手を置いて笑いかける。
「お前が散々馬鹿にした俺の『倍化魔法』も、あの超級ダンジョンに俺をぶち込んでくれたお蔭で、そしてそこで精霊様と出会ったお蔭で、今やこうして『累乗』という最高な魔法に化けている」
まだ泣き続けるイネクスの頭を、今度はポンポンと叩いてより一層笑顔を華やいだものにして言った。
「今さ、俺、勝ち組ナウっ!」
直後、俺の頭が吹き飛んでいった。
ヒュゥゥゥと飛んでいく顔で、イネクスが手のひらを押し出して俺の頭部を吹っ飛ばしのだということを理解した。
「まさか、固有魔法を二つも持ってたなんてね。驚いたよ、イネクスきゅん」
飛ばされた顔を無事地面に着地させた俺は、ちょうどその軌道上を飛び散った赤黒い血の上を歩いてくるイネクスの顔を見遣る。
「その呼び方、やめやがれ三下クソ陰キャ」
商店街でショッピングをエンジョイしていた人達が一斉に悲鳴を上げ、遠くへと逃げていく。
イネクスの彼女さん(?)も身体を大きく震わせるや否やすぐにイネクスを置いて逃げていった。
「あーあ、せっかく頑張って引っかけた女の子だっただろうに、勿体無い」
「テメェのせいだろがこのタコォォッ!!」
肥大化した右腕が、俺の生首を地面にめり込ませた。
しかも、ついさっき俺の首を絞めたがゆえにバラバラに砕け散った筈の腕。
なるほど、こいつ、強化魔法的なやつを使っていやがる。
その仮説がビビッと来た時には既に、
「ご――っ」
俺の首から下の身体が、またしても股間蹴りをお見舞いしていた。
イネクスの身体が一瞬にして空へと舞い上がる。これで素直にぎゃふんと言ってくれればいいのだが。
「――『
どうやらそう簡単にはいかないらしく。
全身を肥大化させたイネクスが合わせた拳と共に俺の生首へと舞い降り、俺の生首は地中へと沈んでいった。
「……とでも思ったか?」
生首弾が、発射された。
「――!?」
驚くイネクスの逞しい胸筋を俺は軽やかに貫通。そのまま宙を舞って胴体と首が見事にドッキング!
「さて、ここは男らしく喧嘩といきましょうや、イネクスきゅぅぅん!」
「三下ァァァッ、クソザコ陰キャが調子乗んじゃねぇぞ!」
俺と覚醒イネクスは向き合う。
『見合って見合って~』
その真横で精霊様が愉快に合図を上げる。
『はっきよーい、残った! って言ったらゴーだよん』
「だよん」の時には既に、俺とイネクスは獰猛な表情を顔に刻んで拳を激突させていた。
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