解毒
杏ノ鞠和
解毒
早く、早く、書かないと殺される。
頭から足のつま先までいっぱいいっぱいになったこの気持ちを文字にして吐き出さないと内側から破裂してしまいそうだ。自分の毒に殺される。
今日はいい日だった。朝からジムで軽く運動し、カフェでお気に入りの本も読めた。どこを切り取っても青一色というほど晴れた日をここまで充実させられたのは社会人になって何回目だろうか。
休日出掛けた日は決まって本屋にいき、色々と物色してから帰路に着く。これがいけなかった。
最近、芥川賞受賞した女流作家の本が並べられていた。受賞作品はもちろんチェック済みだったが、彼女が自分よりも歳下であることは知らなかった。まさか本屋のポップで知らされるとは。
私は趣味で小説を書いている。Web上で公開し、承認欲求を満たしていた。私には才能がない。だから小説を書いているのもただの自己満足だ。小説家なんてそんな大それたものにはなれないし、目指していない。現実逃避の方法に過ぎないのだ。
そのはずなのに、逃げ出したくなった。苦しくなった。泣きたくなった。
まだ大学生だという彼女に欠点はないか探したくなった。
嫉妬していた。
急いで家に帰る。走る。
階段を地下通路を横断歩道を全速力で駆け抜けた。
私もそっち側に行きたい。でも、なれない。書けない。のたうち回ることしか出来ない。
だから自分の気持ちにブレーキをかけた。これは自己満足、私は別に作家なんて目指してません、って。
そんな気持ちに気付いてしまった。気付かないふりをしていた。なりたいよ。書きたいよ、1日中。でも、出来ないよ。
もう少しで家だ。早くこの毒を吐き出さなければ死んでしまう。彼女の圧倒的才能に押しつぶされる、殺される。
こんな時に限って、家の鍵はバッグの奥底にあり上手く取り出せなくて酷くイラついた。
やっと探し出し、鍵穴に差し込み部屋へ入る。早く書かなければならないというのに部屋着に着替えないと落ち着かない自分が嫌になる。Tシャツを無造作に取り出し、着ていた服を脱ぎ捨てた。
やっとの事で書き出す。
『早く、早く、書かないと殺される。』
解毒 杏ノ鞠和 @anno_maria
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