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 ────時は僅かに先へ飛ぶ。なに、あれから大して経過はしていない。ただ、喧嘩を吹っかけただけさ。


「クソっ、なんなんだこいつ!デカすぎてまともに攻撃通らねえぞ!」

「こんなんいるなんて聞いてねえ!」

「斬っても斬っても傷すら付いてねえぞ!?」

「誰かこっちに回復出来るやつ回してくれ!こいつの足の傷がヤバい!……何とか耐えてくれ」


 一言で言えば阿鼻叫喚。

 本来ワイバーンが居るとしか聞いていない冒険者たちは突如出現した巨人に襲撃されていた。


「■■■■■■■■■■」


 弦の軋んだチェロのようなアホほど不快な重低音で啼きながら奴は一歩進み、確実に一人は殺していく。

 地上から放たれる魔法の数々もろくな効果を生み出さず、むしろ吸収していっているようにも見える。冒険者たちが振るう剣は巨人にとっては爪楊枝程度でしかなく、傷すら付けられないのだから気にする必要も無いのだろう。


 たとえ歯向かう羽虫風情が幾百いたとしても巨人にとっては腕を振るうまでもないのである。


───彼ら以外は。


『発射あああっ!!』


 頭上に現れる小さな影。

 放物線を描きながら奴の頭上に到達し、肩に当たり、弾けたのだ。

 ばら撒かれる黒い物体。そしてさらに弾け、それは奴を仰け反らせることに成功した。ちっ、膝は着かなかったか。まあ上々である。


「■■■■■■■■■■……!?」


「よし、クネイそのまま続けてくれ!」


 クネイが獣形態で放った物、それは拡散弾、それも当たると数十発にバラけて爆発する代物である。

 仮にも魔物、つまり生物な彼女がそんなものが可能なのかと思うだろうが、魔法を併用すれば可能である。


『ふむ……当事者の意思が介在しなければ攻撃にはならないのか』


 森の中で潜伏し、戦闘を眺めながら俺自身の準備を進める中、脳内に声が聞こえ出す。ネロと一緒に少し離れたところで奴を観察しているニーアだ。


『今のはクネイの意思で放った訳では無い、そうだな?』


「ああ。クネイの身体から放たれると言っても時限式で彼女も感覚的にしか発射のタイミングはわかっていない。さっきのは発射時の合図のつもりなんだろうな」


『なるほどな』


「だからこその実験だったわけだ。ならばやつの反応はどうなのか。結果はこの通り」


『くく、殺意のない攻撃か。到底矛盾したものだがな』


 勝手に言ってろ。俺だってまさかこんなふうになるとは思って無かったわ。

 俺は笑う彼女の声を他所に呆れ気味で奴の姿を細かく見ていく。


 まず肩口より破壊された右腕は完全に喪失。膝をつき鬱憤を晴らすように周囲の冒険者たちから滅多刺しにされている。しかし殺意の乗った攻撃のために通っておらず余計イラついているのが見える。


「カノン、そっちはどうだ?」


『進行に問題ありません。現在隠蔽を施しながら掘削を行い深さは15mに。アビーの体を用いて隠蔽を行っているので傍目からは変化のない森に見えるでしょう』


「了解だ。クネイの作戦は成功した。読み通り殺意の乗っていない攻撃は通る。現に片腕を奪ったからな。どれくらいで再生するのかわからないが、作戦の第一段階は完了だ」



 第二段階は……俺の出番だ。


「来い、〈空虚乃支配ヨグ・ソトース〉」


 左腕が五つに裂け、内側の白い歯を見せ鋭いつめはは陽光に照らされ象牙色を輝かせる。根元は漆黒、何も無い白。塗りつぶされず全てを飲み込む歪んだ狭間。


「行くぞ」


 首肯するかのように触手は蠢動する。







『クネイ、ユートが動き出した。攻撃を止めてカノンたちの方へ誘導だ』


『はーい』


 拡散弾は最初のみ、以降はパチンコのように一発ずつ攻撃を加えていた彼女だがついに別の指示が入る。このまま直線数キロの所に家族カノンたちが罠を張っている。そちらに誘導し、新たな戦場とするのだ。


 そうとなればすぐに行動である。

 ここまで森の中に隠れて冒険者たちから見つからない位置で攻撃をしていたが外に出なければならなくなった。

 今の身体は人の形に寄せたものではなく正真正銘魔物の身。こちらから彼らに攻撃することは無いが、向こうがどう思うかは分からない。仮に攻撃されたとしても傷一つ付かないのはわかっているが、この身体は大好きな彼ユートの物である。無粋な鉄の塊などに触れられたくは無いのが本心。


(うーん、速く動いて見られないようにするのもいいけどそれだと糸の正確さがなあ……よし、決めた!)


 無機質な赤の目でしっかりと目標を見据え、彼女は糸の片方を飛ばす。先端がしっかりと張り付いたのを確認すると、一気に腹に力を入れて飛ばした糸を引き戻した!

 強靭な脚で蹴り出して文字通り空を飛んだ彼女は糸を引き戻し切る前にもう片方の糸を飛ばし、勢いを殺さないように空を舞い続ける。

 地を這うような低空飛行で脚を動かして重心を動かし、また爪をアンカーとして急激な方向転換を加えつつ、片側の糸を近くの木に付けて方向を調整する。ここまでを僅か数秒で行いながら巨人の足元に糸を付け、引き戻すことで丁度巨人を中心にスイングバイするような動きを取る事になった。

 その動きによって方向が変えられ、引き戻し切る前に地面を蹴ったためクネイの身体は宙に浮き上がり、その高度は巨人を超えていた。

 足の動きで頭の向きを下に向け、一つのスキルを発動する。


『ここからなら……〈濃霧〉!』


 背に負う自前の砲口から煙幕のように莫大な量の霧が噴出される。雨の壁のように地面に叩きつけられた霧は空間に境目を生み出し、霧は地表を這うように広がり、瞬時に巨人と冒険者ごと周囲数十mを濃霧で覆い隠したのだ。


 彼女はさらに糸で自身を動かして満遍なく霧をばら撒き、さらに別のスキルを発動させる。


『〈劇毒〉!』


 濃霧の色が僅かに赤みがかったものに変化する。これはクネイの武器の一つ、毒だ。彼女の毒は牙や爪だけでなく霧さえも媒介のために使う。その毒は人ならば僅かに触れるだけでも即死、魔物でも数秒足らずで死に至らしめるだけの効果を持たせることが可能だ。


『何人か巻き込まれたかな?でも人は死なないように毒は調整したからいいよね。私は別に巻き込んで殺した方が毒も強められるんだけど……』


 シュタッと地面に降り立ちながら彼女は一人ごちる。無論、殺さないのはユートが悲しむからである。


『アビー、霧の中の人間を引っ張り出して、適当に森へ放り込んでおいて。毒を強めるよ』


『わかった。30秒待って』


 どこからともなく現れたアビーの分体が半分くらい人間を飲み込みながら森の方へ向かうのに30秒程度。終わったのか、分体が合図として手を振ったのを確認すると今尚巨人の身体を包む濃霧の毒を最大まで強め、クネイは霧の密度を高めていく。

 赤みがかった霧の濃度が増し、真紅の霧に変化する。霧そのものが猛毒のために地面に生えた草花が全て枯れていき、大地すら腐らせていく。

 殺意を持たない攻撃。間接的な攻撃手法ならば通用するかと考えられた絶死の大技である。


 真紅の濃霧で誰もその奥を認識出来ない中、音を破裂させるような爆音を引っ提げて何かが霧を割砕く。





「よおおOOOOoooo……」


 真紅の濃霧を割砕いた主は全身から高熱と蒸気を溢れださせ、異形化した左腕はビタンビタンと地面を叩く。


「おMAえにリベンジしにKiたぜえ?」


 発声すらも若干怪しくなり、こちらもこちらで地獄の底から響くおどろおどろしいだみ声で話を続ける。


「こUげき、とおRuんだってなA?」

 

 左腕を蠢動させ、象牙色の牙を光らせ踏み込んだ右足で急加速、次の瞬間には首のない首元に迫っていた。


「おRaあ!」


 左腕を振りかぶり、前へと突き出した瞬間、


「■■■■■■■■■!?」


 左腕の〈空虚乃支配ヨグ・ソトース〉が伸び、奴の左腕、二の腕付近の肉を抉り取る。

 明確に殺意の乗った攻撃。しかし確実に通った。異形の腕故か、だが通ればいい。

 勢いそのままに、肉を抉り取った爪の反動で空へと跳び、〈空虚乃支配〉の形状を五本の触手から螺旋を描く塔へと成す。長さは身長の数倍であり、先端に光る爪は朝日の陽光を受け真紅の濃霧を貫くか。


「疾ッ!」


 天を蹴り、未だ立ち込める猛毒の濃霧を突っ切って迫るは首筋。


わがMi我が身やとNaりて矢となりておんTeきたRuそをUたん怨敵たる其を討たんしのMoんをひらKe始の門を開けだいZaをすeよ台座を据えよ────」


 頭のない首に突き立てる左腕。ズブズブと泥の中に腕を突っ込む時のように飲み込まれる感覚は気持ち悪い。しかし、並べる言葉は止まらず、むしろ流暢になってゆく。


「六角のけいを象りし其は鈍く鳴りて、無と有の狭間で漂う道を示せ、その先のは原始にて終焉、深淵の奥にてついを観測せしもの、我が身に宿し分け身よ我が身を贄とし一端ひとはしを宿したまえ、人の身を捨てし我を受け入れることを望む」


 それは詠唱に限りなく近いもの。しかし詠唱では無い。これは祝詞である。本来存在しない独自の祝詞。ただ一人が捧げる為に与えられ、紡がれた祝詞。古く、旧く、原始以前の支配者に捧げるための代物。

 召喚では無く同化、その身に宿すものを目覚めさせるための呼びかけ。



 言葉を紡ぎ終えると、巨人に埋まらずに見えていた生物的な左腕の表面が無機質なものに変化する。しかし角度によっては有機的であり、また機械的で常に状態が変化し不定形な存在の見本例のようになっていた。


「─────〈穿螺〉」


 直後、巨人が

 一切の予兆無く唐突に。変化した腕が突き刺され、ボソリと名を呟いた瞬間の直後の現象。

 まるでそうあるべき、と定義された運命のように自然に。

 




 今の今まで攻撃の一切が効かなかった中に出現した有効打。それを為した主がこれ以上無いくらいに怪しい人物ということ以外を除けば、喉から手が出るほど欲しいものであった。

 少なくとも、首なし巨人の上半身をバラバラに弾けさせるほどの何か、それが込められた不可解な一撃なのに変わりはなかった。



「な、なんだアイツ……それに今のは」

「いつの間に居たけどあの左腕は何?」

「というか俺たちをここに放り込んだスライムはどこいったんだ?」


 三者三様。誰もが困惑し、それが何なのかを見極めようとする。


 何故か森の方へは流れてこない真紅の濃霧の隙間からチラリと見える姿は異形、巨人から引き抜いた左腕は神話に語られる魔神のようにおぞましく人のものでは無い。本能的に呼び起こされる人の形を崩すことによる嫌悪感。


 込み上げてくるそれを飲み込み、せめて剣を振るわんと構えた時だ。



「「■■■■■■■■■■■!!」」


 晴れかけていた真紅の濃霧の向こうから上がる雄叫び。それも二つ。

 それは濃霧の中でのそりと起き上がって立ち上がり、見上げると本来首があるべき場所に口が二つ。

 先の攻撃でバラバラになったはずの巨人は傷一つ無い姿でむしろさらに巨大化して大きさは40mに達する。巨人の表面は焼き爛れていたはずが、先よりも綺麗になり、筋肉なども見える当たりより人に近くなっているように見える。

 最初に破壊された右腕、次に左腕、そして上半身。その全てが綺麗に復活し、ここまでの努力は水の泡。

 誰かは知らないが攻撃が通った時は希望が見えた。しかしそれも無駄になってしまった……


「おい、ちょっと顔貸せ」


「ひっ」


 突如声を掛けられ背後を見ると、そこには左腕が異形の男が立っていた。

 左腕……うーん……バタン。






空虚乃支配ヨグ・ソトース〉との同化を解き、発声もマトモになったところで俺は森に入る。

 先程まで俺がしていたのは〈空虚乃支配〉との同化。わかりやすく言えば自分の中にある力のリミッターを普段よりも多く外したのだ。普段使う触手だけのは一段階目。今回のは二段階目。本来はこの先もあるけどこれ以上は制御がまだ効かない。

 〈穿螺〉含むこの他にもの攻撃を持つなど強力過ぎるためにあまり使いたくはない手段だ。それに使う度にこの身体が一時的に人じゃ無くなるから人とバケモノの反復横跳びは精神的に勘弁願いたい。

 自分自身を大幅に強化出来るという意味ではなかなか便利な力だが、代償もある。それは一旦置いとくが……ただ二段階目の反動で左腕がしばらくウニョウニョしっぱなしなのはちょっとした代償になるか。


 さて森に入ったのはさっきアビーが放り込んだ冒険者たちを探すためなんだけど……お、いたいた。


「おい、ちょっと顔貸せ」


「ひっ」


 おっと、急いでいたから口調が乱暴になってしまった。そのせいで怯えさせてしまったし。気をつけないとな。

 あ、白目剥いた。どうしたんだろ。

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