戦略

「かつてネロと俺は戦ったな?」


「うん」


「その時、ネロはどう戦った?」


 そう切り出したことでネロ以下召喚獣組は目を閉じ当時のことを思い出すため頭を捻る。


 そう、あれは確か一年くらい前のことだ。

 ニーアの言いつけで迷宮を歩き回っていた時、同じ最下層にニーアの部屋と似た扉を見つけたのだ。かなり特殊な封印が施されていたようでニーア自身もその部屋の存在には気づいておらず、同じ最下層居住者として興味津々だったのを覚えている。


 当時の召喚獣組を連れてその扉に侵入を試みたが俺の実力ではその封印を解くことが出来なかった。結局ヘビっ子の能力とクネイの破壊力を組み合わせて無理やり扉を破壊したのだがその中にあったのは、


「棺だね?」


 お、よく覚えてたなアビー。みんなが悩んでる中ポケーっとしてたから忘れてるかと思った。

 話を戻すと彼女の言うようにその部屋の中にあったのは開けられた形跡の無い棺だった。ただ、異様だったのが、デカい競技場並の広さの部屋のど真ん中にその棺が一つだけポツンと設置されていたこと。


 天井は高くカノンが本来の姿を現しても余裕はありそうだった。つまり、恐ろしく高い天井ということだ。

 その空間はとても寒々しく、床も壁も天井も全て石造りで頑強そうであるが装飾の一切が無い、いわば無機質な部屋だった。加工された石を積み上げただけの部屋だったのだ。

 

 そこに居た本人に言わせれば、


「あそこは私の墓地。かつて大陸に覇を称えた国に反逆し滅ぼし、封印された死霊術師の私の墓。罪として迷宮の奥底に強力な魔法で封印が施された」


 だそうだ。かつてのネロの寝所は迷宮の墓場。墓場ならば確かに装飾も必要無いだろう。

 そして、墓場を荒らすものに下される罰というのは古今東西、世界を跨いでも変わらないものである。


 そう、ネロの目覚めである。当時のネロは名前も失いただのエルダー・ネクロリッチと呼ばれる魔物に過ぎず、自我も曖昧なまま俺たちを敵と認識して襲いかかってきたのだ。

 戦い方は今とあまり変わらない。彼女は術士。そして寝所は墓場である。無くなることの無い彼女の得物に俺たちは狙われることになったのだ。



 ネロの戦い方はとてもシンプルだった。死霊を操る魔法的な戦い方。

 だが魂という非物質なものの攻撃は恐ろしく厄介なものだった。具体的には魂が見えないのをいいことにいきなり腹を殴りつけられたり、ネロ自身が高速移動したりと邪魔というか妨害ばかりされたのだ。

 非物質とはいえその場に存在していない訳では無いのでネロの手によって非常に厄介なものに仕上がっていた。


 特に恐ろしかったのは魂を宿した肉体による破裂攻撃だ。ネロはストックしていた死体をどこからともなく取り出し、魂を宿らせて自走地雷のように仕向けたのだ。

 当時はクネイやカノンは人型形態にも半獣形態にもなれなかったからその攻撃をモロに受けることになった。いくら広いとはいえ皆の大きさも相応のものになってて、アビーやヘビっ子は身体特性を活かして辛うじて避けたがクネイたち2人は避けることもままならずに受けてしまったのだ。


 その結果は……まあなかなかなものだ。


「あれは二度と受けたくないですね。いくら獣形態とはいえ身体が腐肉に塗れるのは気持ち悪いものですので」


 実際に食らったカノンが言うとやけに効くようで、隣のネロが俯いてしまった。もう過ぎた事とはいえ申し訳ない気持ちはあったらしい……


 そんなネロの扱う自走地雷的腐肉はいわゆるゾンビに近く、大きさは成人男性位あり何より速い。ゴ○ブリくらい速い。周辺環境と合わさってもはやGだった。爆発するG。考えたくもないな。それに目の前で人型が破裂するというのは中々ショッキングな絵面だ。


 そんなネロとの戦いは比較的早く俺とネロの一騎打ちに持ち込まれた。彼女が死霊術で作り出した巨大な骨と腐肉の魔物が四体現れ、クネイたちはそれの相手をしなければならなかったからだ。


 一騎打ちはかなりの激戦となった。ニーアとの決着をつけた模擬戦の時よりもかなり弱かったから今みたいに魔法の数でゴリ押しなんてことが出来なかった。一発一発の魔法の威力を強めて狙撃のように確実に当てていくような戦法しか取れず、見方によってはジリ貧だったのだ。

 しかも〈戦翼フリューゲル〉も無いので移動手段はマイフットとスキルの〈天駆〉……もとい一段階前の〈天走〉くらいのものだった。そのほかと言えばコロコロとダンゴムシよろしく丸まって転がるしか無い。


 しかも魔法を当てられたとしても何故か魔法の効果が現れないことがあったのだ。火の魔法を当てても燃えなかったり、水の魔法で濡れなかったりと不可解な現象が発生していた。

 そんな現象を分析しようとしてもネロの死霊と魔法の弾幕に圧されてまともに接近が出来なかった。

 途中で物理攻撃ならば通ると判明し、攻撃の大半を物理攻撃に切りかえたのだが、まず近づかなければならない。


 結論から言ってネロの放つ魔法の間を掻い潜りながら目の前まで接近して杖でぶん殴った時はそこまでの苦労が報われた快感がしたが、そこまで接近出来た理由はちゃんとある。


「あの時はヘビっ子の能力でネロを動けなくしたんだったな」


「うん。睨まれた途端手足の先が動かなくなっていってだんだん感覚もなくなって。見たら私のものじゃなくなってた。あれは受けると本当に怖い。それに思ってるよりも早くて対応が追いつかなかった」


 ネロは食らった時は一応死霊術師とはいえ分類はのためこんな感想になるが、指先だけ食らったことのある俺に言わせてもらえば……


「まず熱が奪われる。指があって本来感じることの無い場所で熱を感じている。石の冷たさを指の芯の辺りで感じるんだ。次に指が自分の制御を離れる。ピクリとも動かなくなって気持ち悪いナニカがそこにあるという感覚だけになる。本来指だったものの質量がそのまま石に変換されているから物凄く気持ち悪い。力も入らないからブラブラと揺れるだけ。固くて細いものがブラブラしてるだけになるんだよ」


「むむむ……それは何とも。それが貴様が先から呼んでいるヘビっ子とやらの能力なのか?」


「当時は、な。今は進化のために寝てるから進化したあとどうなるかはわからんよ。体感的には目覚めるまでもう少し時間が掛かりそうだけど、いつ目覚めてもおかしくは無いんだよな。だから運が良ければ会えるかもしれないぞ」


 でもヘビっ子って結構自由だからカイエも会えるかどうか……


 と、話がズレたがやったことというのは、要は『生も死も関係ない状態に変化させる』というものだったのだ。

 実を言えばネロに対して魔法攻撃が意味を成さないとわかって接近しなければならなかったが、その魔法を抑え込む方法がどうにも思いつかなかったのだ。

 今なら魔法で物理的な拘束を生成して抑え込むとかできるが、その時は色々と慌ててたからな。仕方ない。

 そんな中で思いついた戦法がヘビっ子の石化。効果として先の通り生死関係ない状態になるが、間接的には俺の目的と合致していたために容赦なく石化を食らわせたらネロの言うように爆速で石化が進み、10秒もしないうちにネロは頭を残して全身石化していたのだ。


 あとは簡単でネロはほとんど抵抗出来ずに頭を殴られて、その後紆余曲折あって召喚獣組に仲間入りを果たしたのだ。詳細はまた別の機会にな。



「と、長々話したが大事なのはネロとの戦法ではなくって奴をどう嵌めるかになる」


「その『生も死も関係ない状態』とやらにだな。貴様の話を聞く限りだとそのヘビっ子が必要では無いか?」


 カイエはそう言うが、実を言うと残る方法は二つある……というか二つしかない。どちらを取るかは明白で、カノンたちはもうそれをわかっているから止めないし、止める気もない。 

 かといって優雅にティータイムと洒落込む訳では無いが少なくともこれから取る方法を咎めるつもりは無い……はずなのだ。


「まあそうなんだけどね。ヘビっ子の呼ばれて飛び出てが期待できない以上、他に考えなきゃいけない」


 ヘビっ子の石化は俺も含め誰も真似できていない。土魔法では再現不可能だったからな。かといってあれを封印するにはニーアが本気を出すくらいしか方法が無い。

 だがそれも先の通り。この辺り一帯が吹き飛んでしまうだろう。


「ならばどうするというのだ。少なくともあれは人の身でどうにか出来るとは……」


 だからネロと戦った当時には持ってなかった方法で奴を倒すのだ。取れる方法のもう一つ。

 外法と言えばそれまで。冒涜と言うなら呑むしかない。


 俺は笑いながらその方法を彼女に伝える。それを聞いた途端目を丸くしているが、まあ真っ当な方法じゃないことは確かだな。


「ユート、心配はしないよ。だけど、気をつけて」


 アビーにをされながら獰猛に笑い覚悟を決める。


「さてと……人の身、捨てっか!!」


 夜闇に隠れるように、誰にも見せたことの無い鋭い視線が空でを睨むのだった。






 翌朝、起きたらクネイの脚は復活していた。ただかなりエネルギーを消費したのか、人型形態になって目の前ですごい勢いで朝飯を食べている。フライパンを振るう〈空虚乃支配ヨグ・ソトース〉の触手をフル回転させながらまだ寝ぼけているほかのメンバーのために朝飯を盛り付けていく。


「主、おはようございます。そこで適当な魔物を倒してきました。クネイの食事の足しになれば」


「お、ありがとう。クネイ、朝飯が増えたぞ」


 声を掛けると口にかき込む皿の影で頷くのが見えた。触手の二本を魔物の方にやって捌いていく。一撃で仕留められているから皮を剥いだり肉を切り分けるのも楽でいい。

 この見た目だから多分豚鬼オークだろうな。耳の影に小さく角あるし。大迷宮のものは結構美味しかったけど外はどうなんだろうな。




「……ぷはぁーー!ごちそーさまでした!」


 豚鬼の肉も結構な量平らげ、パンと手を合わせてお行儀よくご馳走様をするクネイ。口元にソースの跡が着いているから取ってやる。

 取ってやった途端にニコーっと笑う彼女に顔が熱くなるのを感じながらやっと起きてきたカイエやネロたちに朝飯を食べさせたのだった。


 そして皆の腹がしっかりと膨れた頃に俺たちは動き出した。


 当初の目的通りこのまま森の深部へと進む。道に迷うことは無い。バキバキに折れた木々が並ぶ奴が歩いて行った跡がそのまま残っているからだ。これを辿れば確実にたどり着ける。

 無論しっかりと警戒しながら万一の撤退に備えてこの時点から色々仕掛けておく。


「貴様、あれを倒すとしているが策はあるのか?いや、作戦だな」


「うーん、まだまだ色々試してみないことにはな。少なくとも物理がどこまで無効化されるのかは調べないと。ただ、これは俺が1人でもできることだから皆には別にやってもらうことがある」


 転びそうな足元に気をつけながら戦闘中どう動くかを一つ一つ説明していく。


 一つ、現状で斬る、打つ、貫くなどの近接攻撃は無効。故にその三つに抵触しない行動での攻撃を行う。

 二つ、やつは歩いて去った。ならば地面に干渉することで動きの阻害が可能なのでは。

 三つ、やつを構成している物は魔法なのか。それの看破。

 これらである。


 皆に分担してやってもらわないと限られた戦闘時間で大量の情報を得ることは出来ない。これにはニーアやカイエにも参加してもらい、おそらく近くにいるであろう冒険者たちも巻き込んで多方面からの情報収集を目指すのだ。


「お、見えた見えた……それじゃあ役割を発表するぞ」


 遠くへ向ける視線の先には土煙、そしてその中で蠢く巨大な影。腕を振り上げ叩きつける巨人じみた動き。確定だ。


 皆に振分ける役割は次の通り。

クネイ:間接的な攻撃行動の検証。

カノン:アビーと協力し地面で罠の作成。

アビー:カノンと協力。

ネロ:ニーアと協力しやつそのものの看破。

ニーア:ネロと協力しその力を万全に振るう。

カイエ:冒険者たちに協力を得させる交渉担当。


 俺か?

 俺は……


 その時、地面を揺らし地鳴りのような轟音が轟くのだった。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼


あけましておめでとうございます。

新年一発目の更新ですがそろそろストックが無くなりそうなので書き溜め期間に入ろうかと思います。

なので併せて【魔銃使いとお嬢様】の書きためと更新に入るのでそちらも是非読んでください

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