特性

「───ろ、───か!」


 何かが頭の中を揺らしている。

 動かされる度ぐわんぐわん脳が揺れてるみたいでとても気持ち悪い。それにガンガンと音が響いて気分も悪い。

 もうやめてくれ。俺は今眠いんだ。


 だが、どうやってもこれ以上眠れそうにない。眠いのに眠れない矛盾の苛立ちと真夜中に無理やり叩き起された時のような不快感を感じながらも、無理やり頭を回し始める。


 少なくとも理解出来ているのは誰かの声が聞こえたことだ。

 身体は一切動かしたくない気だるさに包まれているが、幸い意識はだんだんとはっきりしてきている。

 とりあえず今わかっているのは聞こえる声が聞いたことのある声だということ、そして何が起きたのか全くわからないことだ。


 頭をガックンガックンされて首を痛めそうになりながら目を開けると揺れる視界の中に金髪が映る。


「おお!目を開けたぞ、貴様ここで何があった」


「カイエか。久しぶり……でも無いな」


「そうだな。久しぶりでも無い短時間で貴様らに何があったのか問い詰めたいな」


 辺りはさっきと違って暗くなっており、少し離れたところに焚き火が見える。そうだ、元々この広場にいるのは野営のためだった。


 そんなことを思い出していると目の前の彼女の顔がどこか神妙になる。


「だが、あれをどうにかできるのは貴様だけだ。早く起きてこっちへ来い。問い詰めるのはそれからだ」


 どこか焦りの混ざった声音に不審感を覚えながら立ち上がると、ズキリと右足に痛みが走る。そこから身体の所々が少しずつ痛み始める。ただ、感覚的に軽傷だと理解する。

 カイエが行く方にはカノンとネロがクネイを囲んでいるのが見える。ただ、アビーはどこへ……


 すると首元から小さなスライムが飛び出した。コートに潜ませてあるアビーの分体だ。飛び出したそれはみるみる大きくなり、普段見慣れたアビーの大きさになる。今までの本体が失われるほどの何かがあったらしい。


 既に状況を理解しているらしいアビーのあとを追い、クネイたちの元に向かうと何故カノンやネロがクネイを囲んでいるのかが判明した。


「これは……何があった!?」


 思わず声を荒らげてしまったが、目の前の光景は目を疑うものだった。


「主、私が説明します」


 口を開いたのはカノン。服はボロボロで、破れたり千切れたりしている。解除していない半獣形態も脚が何本か失われている。肌にもいくつか擦り傷があり、かなり強力な攻撃を受けたようだ。


「あの時、敵性魔物は一切の予兆無く高出力の衝撃波を放出しました。その結果の一つが我々の立つ此処の周囲です」


 見渡してみると、なるほど、確かに初めよりもかなり広がった気がする。それに若干自分たちの立っている場所が周りよりも低い気もする。まさか、その衝撃波で木々どころか土も捲れてクレーターみたいになったってことか?

 その仮説をカノンに確認してみると、彼女は静かに頷いた。


「マジか……って、そうだ。クネイだ。状態は」


 今のクネイはネロによって一部魔法のベールが掛けられていて外から全体は見えなかったのだ。ただ、こうしてベールが掛けられているあたりかなり不味い事態だろう。死んでないことは確実なんだが……


「主、その前に一つ」


 ベールを剥ごうとすると手をカノンに止められる。その目は懇願を含んでいた。


「なんだ?」


「クネイを、死なせないでください」


「当たり前だ。死にかけてたとしても引きずり戻すさ」


 クネイは俺の召喚獣だ。決して死なせない。何があろうとな。

 しっかりと彼女の手を握った後、改めてネロの掛けたベールを一気に剥ぎ取ったのだ。




「これは……」


 反射的に治癒の魔法を使いそうになるが、彼女たちには効果がないことを思い出し、顔を傷に近づけた。


 クネイの状態は酷いもので、戦闘時と変わらず獣形態だがその右脚の四本中三本が失われている。さらに残る一本は鎌の脚で、そちらも鎌は失われ脚として辛うじて機能するかと言ったものだった。


「どうやら〈城塞〉を使ったようです。私やネロを守るために。おかげでネロは無傷、私も負傷はこの程度で済みました」


 〈城塞〉か。あれは強力だが代償もあるスキルだからクネイもそうそう使わないと言っていたのに。クソっ、こうなるのはわかりきっていただろう。


「済まない、話があまり見えてこないんだが、それがクネイなのか?」


 カイエは困惑気味に瀕死のクネイを指さす。怖がっているようにも見え一瞬イラッと来たが、そもそも彼女にはクネイたちの獣形態や半獣形態を見せていないためにこの反応は正常だと理解した。


「そうだ。正確に言えばクネイの正体の方。細かな説明は後だ。今はクネイを助けないとな」


 彼女というか俺もそうなのだけど全員が有する〈生命乃樹セフィロト〉のスキル。これは効果のほとんどが謎に包まれたスキルなのだけど、既に把握出来た効果……いや、デメリットの一つが傷を治す魔法の無効化なのだ。

 だから彼女に施せる治療の方法は薬によるもの。いわゆるポーションってやつだ。

 

 アビーの方に掌を向けると彼女はぺいっと小さな金属製のアンプルを三本吐き出す。

 アンプルの括れた部分を歯で折ると中身をクネイの失った足の根元に一本につき一アンプルで中身を掛けていく。鎌の足は一旦あとだ。まずは重症の足を回復させる。

 この中身は強力な傷の治療薬だ。効果だけなら失った足とか腕を生やすことが出来る。それ相応以上の痛みはあるが。


 中の薬液が傷口に触れた瞬間、シュワシュワと音を立て僅かに泡立たせる。それが痛むのか彼女は身体を震わせるが、どうしてやることも出来ない。

 俺もこれは使ったことあるが、腕の喪失とかの傷だと呻くだけじゃ耐えられない。あの時は半日間痛みで叫び続けた。それが彼女は脚三本分。中身の薬液の特性上、一気に済ませないといけないとはいえ、見てるだけなのも辛い。

 しかも今のクネイは……


「聴くでないぞ。クネイは心配させまいとしているのだからな」


「わかってるよ」


 おそらくニーアやアビーたちの所謂召喚獣ネットワークにはクネイの苦痛に耐える悲鳴が聞こえ続けているのだろう。

 普段から俺たちの会話に使っているそのネットワークは意図的に個人を外すことが出来る。今はニーアが俺の事を外したんだろうな。聞かせないように。


「……カノン、その脚の治療もやっちゃおう」

 

「はい」


 カノンに使うのはクネイの物ほど強力な治療薬ではない。使わないのでは無く必要無いからだ。

 傷口に試験管入の特製治療薬を掛けていく。傷口に薬液が触れるとシュワシュワと泡立つがカノンは一瞬表情を歪めただけでいつも通りの顔に戻る。

 感覚的には擦り傷が痛む程度の物と思って欲しい。


「さてと……カイエ、今アンタは俺たちをどのように認識している?」

 

 俺は少し離れたところで面と向かって武器は構えていないものの、震える手で腰に着けた魔法銃に手を掛けようとしている彼女に呼びかける。


 呼ばれた彼女は武器に伸ばしていた手を急いで引っ込め、申し訳なさそうにおずおずと口を開く。


「その、なんだ。すまない、知らないこととはいえ……」


「別に良いよ。魔物だってことを教えてなかったの私たちの方だし」


「それはつまり、アビー、君もか?」


 カイエの質問にアビーはその身体を崩し、変形させることで答えた。クネイとカノンは言わずもがな、ニーアは背に翅を生やし、ネロはフードを持ち上げ片目に人の目と魔物の目を重ねた重瞳を発現させた。

 ニーアはともかくネロは見たことない、何それ。


 しかしアビーを人間の友人だと思っていたのか、彼女の変化にカイエは驚きを隠せないでいた。


「我ら全員魔物という事だ。純粋な人なのはそこのユートだけだが……まあこ奴も大概、人間かどうか怪しいがな」


「失礼な。まあ否定出来ないけど」


 スキルのおかげで空を走ったり左腕が触手に変化したりしてるけど俺はれっきとした人間だ。

 まあ今のカイエの前でわざわざニーアに乗っかって左腕をウニョウニョさせたりはしないけど。


「そ、そうか。そうなんだな。なるほど。なら……」


 俺たちの理解に関してもう諦めというか、どこか吹っ切れた様子のカイエが何か言いかけていたがそれを遮り再度問いかける。


「で、アンタはどうする?俺たちと行動を一緒にするのか?」


 問いかけたのは当初の契約。こちらとしては契約を切っても切らなくても良い。

 仮に俺たちの正体を知って見限ったとしても既にある程度情報は手に入れたし、その気になればアビーとクネイの力でスパイ涙目の情報収集も可能だ。

 つまり、決めるのは彼女であり続けるも続けないも俺のわがままである。


「私は……」


 彼女もどうするべきなのかわかっていないのか答えようとしても言い淀んでしまう。

 だがそうなるのも予想していた。仮に俺がカイエの立場なら同じようになるとわかっていたからだ。


「別に今決めなくてもいい。あんたがその眼でしっかりと見極めてくれ。俺たちがアンタの中で悪になるか否か」


 俺はそう告げてクネイの方に向き直る。今のクネイは傷口に泡が立っているのは変わらないが、僅かに傷口が膨らみ始めているのが見える。どうやら再生が始まったようだ。この再生なんかはは人間よりも魔物の方が速いらしい。


 そのまま傷口の泡を指先で軽く掬い、しばらく待つ。もしもこの泡がすぐに消えてしまったらクネイは辛いだろうがもう一度薬液を掛けないといけない。


「……大丈夫そうだな」


 ただ、その心配は杞憂だった。泡は消えずに指先に乗り続けている。この分なら夜明け頃には彼女の脚は復活しているだろう。

 指先の泡を地面に捨てて、杖を持ち軽く振る。


「クネイの震えが……?」


「鎮静の魔法だ。痛みを抑え、心身を落ち着かせる効果がある」


 魔法を掛けられた彼女の変化にカイエは驚いたようだ。まああんまし使うことの無い魔法だしな。聞くところによると近いものはあるみたいだが、ニーア直伝のこの魔法は俺以外に使える人いないんじゃないかっていう疑いがある。となると俺はオンリーワン……なんてな。


「さてと、こっからようやく本題だ。ネロ、分析はどうだった?」


 皆で焚き火を中心に車座を組み、本格的に話し合う体勢をとる。そしてネロが口を開いたのは座ってから数分後の事だった。


「……まずあれは確実に神話級。言ってしまえば、。本気のね」


「本気の私たちと同格、ですか。主、これは」


「これまたヤバいのを引いたってことだな」


 その事実に頭を抱える。と言うよりもアビーはよくわかってはいないが話に参加しているそれ以外の召喚獣組はみんな頭が痛そうだ。

 ただ、やはり彼女たちの正確な正体は教えていないカイエは理解ができない様子。頭の上に?を浮かべている。


「先までは奴がまだ未覚醒だったから抑えられていたようなものだ。我とてあれを長時間抑え込むのは厳しいぞ」


「ねぇねぇそれはどれくらい?」


「そうだな……最長で2日といったところか。ただそれはこの身でだ。我も本気を出せば消滅とまではいなくとも封印に近い結界は張れる。しかし我の本気はな」


「そうだねー、ニーアの本気なら私でも消滅しちゃうかもだしこのあたり全部吹き飛んじゃう」


 確かにニーアなら黒蝶になればアビーくらいは……いやアビーって今どれくらいデカいんだ?半年前にはもう全貌がわからない状態までデカかったしそもそも魔物の核である魔石も見えなくなっていた。

 つまり魔石が無くてバカみたいにデカいアビーは倒すことが不可能……?


 だんだんとアビーの存在がわからなくなっていく中、ネロによる分析結果は続く。


「魔力の流れだけ見ればあれは魔物だよ。ただ、ニーアも言ってたけど妙な魔力の流れが気になったの」


 戦闘中確かにニーアからそんなことを言われた。何やらおかしいと。戦闘中はそこまで気にする余裕がなかったが、俯瞰して見ていたネロならあれが何かわかるのか。


 しかし彼女から語られたのはなかなか信じ難いものだった。


「あれ、もしかしたら因果を操作出来るかもしれない」


 因果とは要は運命のこと。それを操作出来るとなればそれは……


「死ぬ事どころか消滅すらさせることの出来ないバケモノ、か」


「まさにその通りだよ。みんながあれに攻撃をした時手応えはあっても傷は付いてなかったでしょ。理屈はアビーの身体と似てるけど根本が違う」


 アビーの身体とは、彼女の身体構造がスライムである事にある。スライムの身体は斬撃、打撃などの衝撃を伴う攻撃の一切がほぼ無効化される。ちなみにアビークラスとなればそれらの攻撃は完全無効だが、攻撃が通らないだけで刃は通過出来るのである。

 その刃は通過出来るというのが肝で、ネロの言う因果に関係する。


 この場合の因果をものすごく簡単に説明すると、刃が通過して攻撃が加えられた状態と攻撃が加えられなかった状態の二種があるとする。先の戦闘に置き換えると首を撥ねた状態と撥ねなかった状態。

 そこに因果操作が加わると、攻撃が加えられた直後に加えられなかった状態の身体に自らを事で実質的に攻撃そのものを無効化することが可能になる。


 そのことをカイエに話すと、


「そんなものどう倒すというのだ……」


 と唸っていたが。

 ただな、やり方はあるんだよ。


 俺はかつて迷宮の中でのとある戦いを思い返し、頭を回転させ始めるのだった。






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年内最後の更新となります


また、若干の書き溜めに入るので更新頻度が落ちます。しかし消して止めることは無いので読み続けて頂けると嬉しいです。

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