蹂躙開始

「「■■■■■■■■■■!!」」


 雄叫びと土煙を上げ巨人は突き進む。その様子はさながら進○の巨人。口が二つに増えた時はどんな変化かと思ったが、幸いそこまで大きな変化ではなくせいぜい若干身体能力が上がったくらい。まだ何とかできる。


 濃霧を掻き分け移動を始めた巨人を追いかけながらカノンの声に答える。

 

『主、こちらでも巨人を確認しました。……少し大きくなってる気がしますが』


「現にデカくなってる。どういう訳か上半身丸ごとバルクアップしてる。だけどいいこともあった!多分普通に攻撃通るようになったぞ!」


 どんなプロテイン飲んだらモリモリマッチョメンになれるんだよ。下半身は破壊してないから貧弱なままだけど。

 上半身だけモリモリマッチョ首なし巨人は今はカノンたちが罠を張った場所から少し外れた方向に進んでいる。攻撃が通るのに気づいたのは偶然だけど、ここからの俺の役割は巨人を誘導すること。ただし……やるのは一人ではない。


「お前ら!こっちだあ!」

「遅れるなよ!でねえと潰されるぞ!」

「クソ、なんであんなガキに……」

「怪我人は外せよ!こら、足動かねえのに来るんじゃねえ!」


 さっきまで巨人と戦っていた冒険者たち数十名と一緒だ。

 巨人の興味の対象は基本的には無い。ただ自身が向いてる方向に進むだけなのだが、ここに外的要因が加わるとそうでも無いらしい。俺がちょっかい出して巨人の注意を引くだけだとあまり効果はなかったのだけど同じ方向に冒険者たちと行くと興味を示して付いてくることがわかった。それを利用してカノンたちの方へ連れていくのである。


 巨人は一歩が大きいがそこまで早い訳では無い。こちらが前に出て追いかけさせる形にするのはそう苦でもなかった。

 冒険者たちが先行して興味を惹き、攻撃を加えた俺がそれに紛れる。

 例えるなら……童話のス○ミーってとこか?人の気配を増大させるのだ。


 距離としては直線で1キロ弱。すぐの距離だ。ただし進むのは道のない森の中。いくらこういう道を進むのに慣れてる冒険者とはいえ走って逃げながら進むのは容易ではない。はぐれてしまう可能性も出てくる。

 わかりやすく〈光球〉を傍らに浮かべて先導しているからはぐれることは少なくなるはず。負傷者は置いてきているみたいだし、遅れてしまう冒険者は減らせるし、このまま大勢で引き寄せ続けられるだろう。


 さて、落とし穴に嵌めてからの流れだが、非常にわかりやすく言えば落とし穴で動きを封じ、ハメ倒す。それだけだ。

 一応通じる攻撃がわかったから、巨人が余程変なことしてこなきゃ変更は無い。それに誘導さえ成功すればこちらの戦力で一方的な攻撃が可能になる。先までは相手の特性がわからなかったために下手に手出しが出来なかったが、ここからはニーアやネロも攻撃に参加することになる。


 

 進む度に巨人がバキバキと木を圧し折る音が盛大に響く。首の無い巨人が一歩一歩こちらを追いかけてくる様子は圧迫感が凄まじいが、何もしてこなければ可愛いものなのだ。そう、何もしてこなければ。

 巨人がこちらに与える物理的被害は進む度に飛んでくる石の礫や木の破片。欠片一つくらいなら大した威力では無いのだけどそれが散弾みたいに飛んでくるから質が悪い。それに常に飛んでくるからみんなどこかしらに切り傷ができている。

 精神的被害も実はあってそれが見た目。そもそも首なし巨人という異形もそうだが人型なのに首がないという人によっちゃ吐いてしまうくらいの違和感。そうだと言われても中々受け入れ難い見た目をしているのだ。

 そしてもう一つがその肌。再生した巨人の肌はヒトそっくりのもので、傷一つ無いことがどうしようもなくグロテスクなのだ。今までは焼けただれていたからそういうものと割り切れていたが、ヒトそっくりになってしまうと生理的な嫌悪感が上回り異形の見た目と合わさって忌避感が強まる。


 振り返って視界に巨人を収めた途端に胃の中から物が上がってくるような感覚に襲われ視線を前に戻す。

 するとカノンから指定のポイントを過ぎたと声が届く。目線を先に向けると確かに開けた場所がある。あそこに作ったのだろう。


「全員散開!巨人をまっすぐ進ませる!」


 すぐさま声を張り上げ冒険者たちを左右の森へ散らす。ちりじりに森の中へ飛び込み、これから起きることに巻き込まれまいとする冒険者たちに若干笑いながら目の前の巨人と向き合う。

 巨人の正面に残ったのは俺一人。とっくに注意は俺に向いてるし、目の前に残るのはただ一人。目は持たないはずの巨人だが、俺を見ていると確信できる。

 〈光球〉を消して地を蹴り宙へ舞う。同時に〈戦翼フリューゲル〉を起動し、巨人の口の前で姿勢を安定させる。


 杖を手に巨人と睨み合いながらゆっくりと後退し巨人をギリギリまで引きつける。

 アビーの隠蔽により気づいているはずもないためズシンズシンと重い足音を立てながら確実に罠へと近づく巨人に思わず成功を確信してしまう。


 あと二歩、あと一歩。

 今後の展開の準備を始めたのだが……


「「■■■■■■■■■■■■!!」」


「!?」


 突如巨人が吠えた。罠まであと一歩のところで足を止め、ビリビリと大気を震わせる雄叫びを上げている。

 ガッツポーズのように腕に力を込め、天に向けて雄叫びを上げる姿はまるで勝者。

 その咆哮を目の前で食らって空中でのバランスを崩してしまう。

 〈戦翼〉の魔力噴出を急いで調節し何とか安定させることができたのは10mも落下した時だった。


 何を始めたんだ!?

 見上げ、見極めようとした時だ。


『主!アビーの隠蔽が破られました、罠内部で巨人の一部とアビーが交戦中!』

「何!?」

『巨人のものと思われる触手状の物体が地下から侵入、真っ先にアビーに襲いかかりました』


 クソ、アビーの隠蔽が破られたと言っていたな。彼女の隠蔽は魔法的に隠蔽するものと物質そのものを真似て隠蔽する二つがある。今回は後者でやっていたはずだが……先の咆哮はまさかそれを破った時のものなのか?

 そしてもう一つ。巨人の一部が穴の中に侵入しただと?カノンは触手と言っていたな。見た限り巨人のどこからもそんなものは伸びていない。足裏から伸ばしたか。器用なことを……


「カノン、アビーと一緒に撤退。アビーの隠蔽を破るような奴と一対一は危険すぎる」

『っ……わかりました。アビー!』


 今も続く巨人の咆哮に耳を塞ぎながら次いでクネイに繋ぐ。


「クネイ、カノンとアビーの二人を回収。ニーアの方へ向かえ。伝言だがネロにもう一度分析を頼むと」


『わかった。ユートは?』


「もう少し観察していく。それにあわよくば、な」


『……気をつけてね』


 そのまま改めて巨人と向き合う。森の影にクネイが疾走する影がチラリと見えた。二人は強い。何とか脱出して回収されてるだろう。



 さて、と……


 杖に刃を形成。片刃の斧だ。そこに普段使う〈風刃〉ではなく〈炎斧〉を纏わせる。硬質な煌めきを返す刃がヌルりと赤い炎に包まれ、大きく燃え上がる。ここから魔力をどんどん注ぎ込むと次第に色は白へそして青い炎へと変化し、ついには燃え上がるのではなく刃そのものな炎を形成する。

 〈風刃〉に比べ小範囲に非常に高いエネルギーを詰め込んだこちらは非実体の存在にも攻撃が出来る副効果を生み出した。

 魔法で熱の伝導を一時的に抑え込まなければこのあたり一帯は瞬時に一万℃近い熱に晒され燃え上がり蒸発することだろう。その熱は俺の身体も襲うのでその対策の魔法も一緒に掛けつつ巨人を睨む。


「さあ、第3ラウンドだ。とりあえず……ぶん殴って縮こまらせてやる」


 熱を込めた刃を構え、背中の〈戦翼フリューゲル〉を悪魔の翼のように広げ巨人へと突進するのだ。



 背中の翼で急加速し、音を超え勢いそのままに斧を叩きつける。もちろんインパクトの瞬間には刃に掛けている結界を解いて熱の放出やエネルギーを直接ぶつける。

 しかし刃が当たっても斬れるはずも無い。巨人に大きな変化が起きたから若干期待はしていたが無理だったか。だがこの攻撃の肝は斬ることではなく、


「「■■■■■■■■■■■!」」


 インパクトの中心部が崩壊するように砕け散り、熱の放出はあまりの温度差ゆえに強烈な爆発と衝撃波を生み出す。

 衝撃波と同化した超高熱で燃え上がる皮膚、末端ではなく中心部から炭化し急速に崩壊し始める身体、瞬時に表面は焼け爛れボロボロと無惨な姿へ逆戻りし、塵へと化していくその巨人。


 あまりの高熱になにか爆発したのか、その熱波と併せ地面は溶けガラス化しニーアにより張られた結界が無ければ周囲一帯の生物は消滅するほどの熱量。


 まさに灰燼。

 これこそ灰燼。


 ニーアより直伝されし大魔法〈灰燼〉を完璧には扱うことは出来なかった彼がせめて近づくために〈炎斧〉を介して発動する擬似大魔法。


 その名を〈灰塵〉と呼ぶ。

 




 少し離れた高台で彼女はそれを見ていた。


「ふむ。前より〈灰燼〉に近づいたか。しかしまだ熱が足りんの」


 そう言って彼女は右手に拳大の炎を浮かべる。色は赤でも、白でも青でもない。


「どれ、少しばかりは手助けしてやるか」


 そこに浮かべるのはの炎。明るく、一切の澱みの無い綺麗なアメジスト色。

 

 ゆらゆらと光は揺れるが、ロウソクのように外炎は無く。ただ炎とわかる光球がそこに浮かんでいた。


 彼女はそこから一粒の炎を分け、そのまま飛ばす。流星のように飛翔する炎は数秒と経たないうちに到達し〈灰塵〉に紛れ爆発した。

 米粒大の炎が起こしたとは思えない巨人そのものを覆い隠すほどの爆炎が上がるも見えるのはこちら側からだけ。恐らく彼からは見えていない。何故ならば隠しているから。

 

「その、ニーア殿」

「名前でいい。むず痒くてな」


 少し悩んだ末に彼女は改めて名を呼ぶ。

 その声は本来彼女の隣にいるはずの死霊術師の少女のものではない。


「ニーア。貴女のそれは……いわゆる大魔法というものなのでは?」

「然り。名を〈灰燼〉。我が扱う中では比較的弱い部類ではあるがな。故に制御もし易い。カイエ、この魔法使ってみたいか?」


 一足早く冒険者たちから離れこちらへ来ていたカイエは驚きの目でニーアを見る。

 そもそも大魔法とは戦争等でしかまず目にせず、帝国では戦術級魔法として分類されているものだった。それをこんな簡単に制御し、「使ってみるか」と聞かれた彼女の頭は完全に停止した。


「くく、冗談だ。ユートでさえこの〈灰燼〉の一割程度の出力しか出せていない」

「あの威力で一割……」


 ニーアの使う〈灰燼〉とユートの使う〈灰塵〉、この二つの一番の違いはまず温度。

 ユートの方は一万℃と言ったが、彼女の〈灰燼〉は約十万℃を数えるのだ。恒星ですら観測できないほどの高温による温度の差である、威力も当然変わってくる。


「しかし、〈灰塵〉ではまだ足りぬようだ。全く、粋なことを……」

「え?」


 爆煙の中、崩れゆく巨人の身体以外には何も存在していない。あの攻撃を食らって生きている方がおかしいのだから、巨人がまだ動くはずもないのに。

 目を凝らしても動くものは見えない。ニーアの冗談かと思ったカイエだったが、視界の端にちらりと映ったそれに目を疑った。


「あれ……は、まだ生きている?」

「その通り。生と死の概念すら存在していないあれには炎もとい熱などただ表面を焼くだけのものに過ぎない」

「ならばどうやってあれを倒す?」

「そもそもユートはあれを倒そうとはしていない。戦ってはいるがな」

「ならば何を?倒そうとしていなければあれほどの攻撃は」

 

 そう言うカイエにニーアは改めて順序を説明する。

 遭遇から特性、参考にした戦法を一つずつ。


「つまり封印を目指していると。しかしそのヘビっ子とやらは今は眠っているのだろう?ならばどうやって封印まで持っていくのか?」

「それは簡単よ。アビーかユート、どちらかが全てを飲み込む」

「飲み込む……?」

「先程ユートは自身の内に巣食う力を出してアレの身体を削った。その力は飲み込むことも出来る。だが飲み込むにはあれはちと大きすぎる」

「飲み込みやすくするために小さくしたと」

「そういうことだな」


 あれだけの炎、全身が炭化していてもおかしくは無い。それならば彼の目的は達成されている。あとは飲み込むだけなのだが……


「カイエ、よく見ておけ。魔物の頂点である神話級の魔物がどんなものなのかを」


 警戒の眼差しを爆炎による煙の奥へ向け続けるニーア。

 爆心地である煙の向こうはこの距離では上手く見通せない。しかし、それは見えたのだ。


「ニーア!」

「やはりか」


 煙の奥でハッキリと大きなものが動く。巨人では無い別の何か。


 それは泥のようで流動する。しかし次第に形を持ち始める。


『ニーア、あれは何!?それにネロは?』

「クネイか。あれは……巨人の成れの果てと言うのが正しいだろうな。ユートの〈灰塵〉が余程効いたらしい。ネロだが、少し離れている。監視は続けているそうだ」


 泥から目を外し背後の森から現れたクネイたちに言葉を返す。背には半獣形態のカノンと重武装のアビーを乗せていて、ここまでかなり急いだのか揃って息切れしている。

 クネイは全身を地面に下ろし、腹を上下させる。

 カノンやアビーも腰を下ろして一息ついている。汗を額に浮かべ魔法で水を出しゴクゴクと喉を鳴らしながら流し込んでいる様子から彼女達もかなり切羽詰まった状況だったことが想像できる。


「アビー、そっちは何が───」


 アビーたちの方で何があったのか。二人の様子に我慢ができなかったのかカイエが声をかける。その時だった!


「■■■■■■■■■■■!!」


 突如響き渡る地鳴りのような轟音。それは背後、爆心地より大気を揺らしていた。


「「「「!?」」」」


 クネイたちに気を取られていた十数秒。たったそれだけの時間で戦場は大きく変化していた。


「何……あれ」


 呆然と声を上げたのは誰か。

 そこにあったのは目を疑うもの。


 天を貫く大樹、そうとしか形容しようのないほどに大きな

 ドロドロと土色の液体が動き続け構成される巨大な右腕は高さ50mを超え今も伸び続けていく。

 太陽を掴まんとするようにも見える腕は不遜にも天へと真っ直ぐ伸び、さながら神話に語られる伝説の塔のようにも見えた。


 爆心地はというと完全に泥によって覆い隠されてしまい、いくら結界が残っていたとはいえあの場にいた冒険者たちの生存はもはや絶望的になっているだろう。それに、彼からは何もない。分かることはまだ生きているということだけ。

 彼女たちはそれが最も辛いのだが、そんな彼女たちに追い打ちをかけるように耳をつんざくような悲鳴が脳内で弾けた。


『みんな、逃げてッ!!』


 そこには、こちらへ振り下ろされる掌が既に迫っていたのだから。

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