出発しよう
「これはアビーの中に入れておいて」
「はーい」
完成した干し肉なんかを詰めた石箱を外に出てきたアビーが呑み込んでいく。正確には腕をスライム化させてスキルで収納しているだけなのだが。
今は出発直前の最終準備。
ついさっきニーアから連絡があったからそろそろ此処ともお別れだ。その前に持っていくものは全て収納しておかないといけない。
「そうだ、作った武器とかはどうする?全部持ってくの?」
「そうだな……持ってこうか。何かに役立つだろうしせっかくアビーが作ったんだから」
彼女は俺たちのものづくり担当。製作したものは彼女の努力の結晶だ。
わざわざ捨てる必要も無いだろう。それに、武器だから使い道もあるだろうしな。
「主、ニーアが来ました」
迎えに出ていたカノンが戻ってきた。
短期間離れていただけなのに懐かしい気配が彼女の後を歩いてくるのがわかる。相変わらずベールは被っているし、ドレスも見慣れたものでそのままだ。ただベールの下は何も見えないのではなくはっきりと顔があるのがわかる。
さてと、素顔を拝ませてもらおうか。
ちなみにカノンは先日お披露目したパンツスーツを着ている。もう慣れたらしい。
「くくっ、久しいの。さてお主に見せるのは初めてだったな」
「ああ、お顔は見たことないもんで」
歩く度にゆらゆらとベールが揺れて顔が見えそうになっている。チラチラと顎や唇辺りまでは見えているんだが……うーん、チラリズム。
「ならば見せてやろう。此処か?それとももっと雰囲気をの良いところの方が良いか?」
「いんや、ここが良い」
「ほう、なんでだ?」
ポリポリと頭を掻きながら彼女に答える。
彼女が若干ニヤニヤしているように見えるのは気の所為だろうか。
「いや、初めて会ったのがここだからさ。やっぱりここがいいなって。……ったく、恥ずかしいったらありゃしない」
顔が熱い。
顔を覆って俯くも、一瞬見えたカノンとアビーの顔はニヤけていて、引っ掛けられたと理解する。
「くくく、先程カノンが来た時に少し相談してな。アビーには分体を貸してもらった」
「はい、主、引っ掛けるような真似をしてしまい申し訳ありません」
「別にいいよ。カノンが笑うところなんてそうそう見れないしな」
あの後彼女は珍しく笑っていた。アビーも驚いていたがそれだけ彼女が笑うことは少ない。感情を出すことは多いのにな。
「ではお主の要望通り我の素顔を見せようかの。今までは見せたくとも結界が邪魔だったからな……ほれ、これで見えるか?」
「……っ」
サッとベールが取り払われる。
その奥から現れた彼女の素顔はその場にいた全員を硬直させる程であった。
圧倒されるほどに暴力的で、尚且つ妖艶さに惹かれて。
それをあえて一言で言い表すのならば、
〈絵にも描けぬ美しさ〉
であろう。
言い表すのすらおこがましいと思えるほどである。
すっと通る鼻筋は高く、しかし高すぎず。
彼女を象徴する黒で彩られた虹彩は黒水晶のようで、吸い込まれるよう。
柔らかな唇は一言紡ぐ事に弾力ありげによく動き、ある種の官能であった。
街を歩けば誰もが振り向き、誰もが見惚れ、誰もが嫉妬するであろうその美貌は、女神であると一言あれば信じてしまえるほど。
あまりにも整いすぎている顔立ちはどこか人形じみているが、逆に生気を感じられるほどでもある。
サラリと伸びる漆黒は足元から地面をくすぐり、ゆらゆらと揺れることも無い。
反して純白の雪肌はその相反する存在を凝縮し融合させ、神が誂えた彫刻のようにも見え、本能的に崇めなければならないとする存在に達していた。
「お、お主?」
跪き、祈る。
このような造形を生み出した神に。
この美貌、その体つき、双丘、おみ足、それら全てに祈りを捧げる。
「そろそろ何か言ったらどうだ?」
「……すまない」
ハッとして謝りながら立ち上がる。
「まあ何故そうなったかはなんとなく理解出来てるがな。しかしお主は我の主。何度もそうなられてはこちらも困るぞ」
「大丈夫だ。もうならない。ほら、カノンもアビーも。やっとニーアが来たんだ。出発するよ」
俺は一通り仕舞われ、あとは片付けるだけの敷物の上に座り込む。
「随分と早急だな」
腕を組みながら聞いてくる。
ニーアも何かやりたいことがあったのかな。
「だって早くお日様の下に行きたいし。ニーア達もそうだろ?」
聞き返すと皆も頷く。
ほらな、やっぱりお日様は偉大なんだよ。だから急ぐんだ。
俺は三年ぶりのお日様が待ち遠しいぞ。
「でもどう行くんだ?」
「大回廊を抜ける。だから抜けて安全なところに出るまではニーアたちはみんな俺の中で待機だな」
そこから予定しているルート内容のさわりを話す。思いつく限り一番安全で確実なのだが……
「「「…………」」」
「え、何その反応」
全く予想していなかった反応に、こっちもどう反応すればいいのか分からなくなる。
俺そんな変なこと言ったかな。そんなジト目されるくらいに。
「いや……な、こうして接しているが一応我らはお主の召喚獣になるわけだ。そこはいいな?」
「ああ。でもそれがどうした?」
「それでお主先程なんて言った?」
ニーアは何が言いたいんだ?
わからないままさっきの発言を思い出す。
「えっと、『大回廊を抜ける。だから抜けて安全なところに出るまではニーアたちはみんな俺の中で待機』だったか?」
これのどこに変なところがあるんだ?
全員の安全と素早い脱出が望めるパーフェクトプランのはず……
「主、この場にいないネロとクネイ、そしてここの二人の言葉を代弁させてもらいますが……主は私たちのことを何と考えているのですか?」
「え、何ってどういうことだ?」
質問の意味がわからなかった。
だってクネイはクネイでカノンはカノンだろう。私たちと言っているけどそれは変わらないはず。
「主、私たちは主の召喚獣です。そこはいいですね?」
「ああ」
「それで主は私たちをどう扱うおつもりでしたか?」
ちょっと待ってくれ。本当に質問の意味も意図もわからない。
頭の中が?で埋め尽くされてしまい、返答にも困る。
俺が反応に困り、カノンもどうするべきかわからなくなった。その様子から、ニーアが口を開いた。
「ここからは我が引き継ごう。まずお主は何者だ?」
「え、俺……私はユートですが」
「なぜ口調が変わったのかは知らんがそうじゃなくてな、お主に従う我ら、我らを従えるお主は何者だ?」
「皆を従える俺は召喚士だ。でもそれが……?」
「お主、我との修行で忘れておるようだが、そもそも召喚士とはどのような行動をする者だ?」
召喚士とは……?修行で忘れている……あ、もしかして。
「気づいたようだな。さて、召喚士とはどんなものだ?」
「使役した魔物なんかを戦闘させて、後方で彼らを支援……か?」
「まあ間違ってはおらぬがな。本来、我の知る召喚士とは適当に召喚獣に戦わせて本人は後ろでふんぞり返っている者が多かったがお主は違う。というか、我の教育のせいだな。それは謝罪しよう」
なるほどな。やっと彼女たちが言いたいことがわかった。
つまるところ、自分たちにも働かせろってことだ。
そもそも召喚士のくせに召喚獣より前に立って戦ってるんだからおかしな話。本当の召喚士は自身は某ポケットのモンスターみたいに後ろで指示を出すのが普通。確かにサ○シが相棒より前に立って殴りあっても困るな。
俺みたいなのはイレギュラー中のイレギュラーなのだ。
「こうしてお主が前に立ってくれるのは悪い気はしないが召喚獣としては複雑だな」
「別にいいの。ほら、出発だ」
とりあえず半強制的にクネイたちと同じ空間に戻し、辺りを一度見回す。
ニーアと出会い、三年を過ごしたこの空間。
何度もボロボロにされ、血も汗も何もかもが染み込んだこの空間に思い入れはある。でもこれ以上ここに居たら未練タラタラで居座ってしまうだろうから。
だから俺はすぐに出口の方に向き歩き出す。振り向かないように。
ただ思い出を抱えて新たな一日に踏み出すために。
その日、とある大迷宮の最下層の更に下。
ただ一つ存在するその広間からとうとう人が消えた。
史上ただ一人到達し、僅かな時を過ごして去っていった。
彼は進む。外へ出て。
彼は進む。陽の下を。
彼は進む。仲間と共に。
彼は進む。無限の彼方へ。
彼は進む。彼女と会うために。
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これにて1章は完です。ここまでありがとうございます。
2章からは1日2話の投稿ではなく、1日1話、または隔日1話の投稿となります。
ストックが尽きたら書き溜め期間にはいるのでよろしくお願いいたします。
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