外行きの服

『じゃーん!これが私たちの外着でーす!』


『主、まだ着替えていませんのでクネイのことは無視してください』


『ちょっと待ってねー』


『待つ……』


 意識が移った瞬間、目の前から大音量の声、というか、圧が浴びせられる。


 この空間では擬似的に身体も再現されているため思わず耳を塞いでしまう。

 その後カノンたちが何か言っていたみたいだが正直あまりよく聞こえていなかった。


 そして目を開けるとそこには以前のような巨大な影がいくつもという訳ではなく成人女性くらいの影が四つ並んでいた。

 ただ顔などは見えない。なんというか逆光で影しか見えていないのだ。


 そう、これは彼女たちの人型形態。以前カノンが言っていた半獣形態、その更に一段階先の形態である。

 ちなみに半獣形態は人型の上半身に魔物のような下半身が付く状態のことである。



 左からクネイ。

 身長は前に測った時は150cm位だったか。

 濡烏色とも言える青みがかった黒髪と黒目を持つ。伸ばされた髪は腰まで届き、勝手な印象だけど洗うのが大変そうだ。

 髪の色とは対象的に色白で美人と言うよりはかわいい系。

 普段は自身の糸で作った浴衣みたいな服を着ているが外着はどんなものなんだろうか。


 二番目はカノン。

 身長は現在召喚獣組では一番高く170cmはあったはず。俺が今180弱だから思ったよりも顔が近い。

 赤みがかった黒髪と赤目。少しクリーム色っぽい肌でこっちは美人系。まっすぐ顎の下辺りまで伸ばして揃えられた髪型はきっちりとした印象を持つ。


 普段から人型になることが少ないからほとんど見たことないが前に雑に作られた貫頭衣を着ていたのは知っている。


 三番目はアビー。

 身長は一番低く145cm位……らしい。

 種族特性を活かして髪の色も目の色も、なんなら髪型も常に変動する。

 最近は長めの青髪ツインテールに金色の目が気に入っているらしい。

 かわいい系のクネイと近く、普段は天真爛漫。ただし戦闘時などは普段の性格はなりを潜め、真面目な面が前に出る。

 服も基本的に固定ではなく知る限り同じ服は見たことない。今はクネイの浴衣を着ている。


 最後にネロ。

 身長はアビーに次いで148cm。

 銀髪銀目とシンプル。カノンよりのクール系。だがよく寝る。髪型はカノンに近いが揃えられていないバッサリとした切り方。

 服は固定で着古されたローブを着ていて、杖を持って深いフードも被ればいかにもなネクロマンサー。

 そのままの格好なら不審者まっしぐらだから着替えは必要だろう。

 

 今までの彼女たちの姿はこんなだった。さて、その外着でどれくらい変わるのかな?




 そんなことを思い返していたらいつの間にか目の前にカーテン付きの試着室が四つ現れていた。さっきの影はなんだったのか。


 試着室はどうやらアビーが作り出していたようだ。

 横にはあえてなのか球形のスライムアビー。本体から触手を伸びしてカーテンを持っている。


『じゃあ順に見せていくね。まずはクネイから!』


 シャーッとカーテンが引かれ、中からクネイが出てくる。

 試着室、変なところまで再現してるのな。どこで知ったのやら。実は脳みそ覗かれてるとか無いよね?


『どう?』


 そう言う彼女の服装は全体的に白っぽい。

 見た目は軍服がモデルだろう。将校とかに居そうだ。

 しかもコスプレっぽい物ではなく完全に実用性重視のデザインで、動きやすいスカートを用いているものの、膝丈でさらにタイツとロングブーツで露出する足を守っている。併せて同色の帽子も被っていて、被ってしまえば見た目は軍人だ。

 さらに言えば服の原材料は全て彼女の糸だろうから並の防具よりも防御力はあるだろう。


「すごく似合ってるよ。でもそんなデザインの服いつ見つけたんだ?」


『前にどこかの国の人が迷宮で死んでて、それが着てた服だよ。いくらかクネイの要望で変わってるけど』


『このスカートとか変えてもらったんだー』


 またまた人型になってシンプルなズボンとシャツを着たアビーが解説をする。

 どうやら知らないところで彼女の服のバリエーションもかなり増えているようだ。ここからのカノンたちの服装にも期待できる。


『次はカノンだよ!』


 同じようにシャーッとカーテンが引かれ、中からカノンが現れる……あれ、来ない。


『あれ?カノンどうしたの?』


 アビーが試着室の中に顔を突っ込んで中にいるはずのカノンに声を掛ける。しかし返事がない。


 だがカノン自身は試着室の中に居たようで何やらアビーに引きずり出されてきた。羽交い締めにされて足をズリズリと引きずられながら出てきたのはちょっと可哀想になった。


『改めてじゃじゃーん!これがクネイの外着だよ!』


『あ、あの主……見ないでください……恥ずかしい……』


「………」


 おっと、真面目なカノンが絶対見せないような表情していて思わず見入ってしまった。

 涙目の彼女なんて今まで見たことないもの。あ、顔を覆っちゃった。


 そんな彼女が着ていたのはこの世界で見ることは無いと思っていた一式。


 白のシャツと黒がメインの上着に、スレンダーな彼女に似合う黒のパンツ。そして俺の物と似たブーツ。

 そう、パンツスーツである。


 元々キリッとしている彼女には物凄く似合っていてこれのベースとなった服がどこで手に入ったのかなんてすっかり頭の中から抜けてしまった。


「す、すっげー似合ってる……」


『ひゃあ!?』


『協力した私が言うのもあれだけどカノン。すごく似合ってるよそれ』


 俺の言葉に変な声を上げるカノンだがクネイからも同じような言葉を貰ってさらに変な声をあげてしまった。顔も真っ赤で湯気も上がっている。


「なあアビー。この服って誰がデザイン考えてるんだ?」


『クネイもカノンもネロもみんな初めは「こんなの着たい」って言ってきたかな。そこから集めてた服の中から近いものと合わせて服を作ったんだ』


 そうなのか、ふーん……


 チラリとカノンを見ると会話が聞こえていたのかさっきよりも顔を赤くしてまるで茹でダコみたいになっていた。


 これ以上弄るのも可哀想だし先に進めよう。


 そう促すとアビーは自身を飛ばしてネロの方を先にやるらしい。


『続いてネロの外着だよ!』


 カーテンが引かれ、出てきたのはまるでお人形。

 黒と白の衣服は修道女の物とドレスを組み合わせた物に見える。

 低めのヒールのある靴で、ブーツでは無いが丈夫に作られている。

 深くフードを被っているのは変わらないが、チラリと見える彼女の銀髪と目によって神聖な雰囲気を醸し出している。

 彼女の得物である捻くれた杖のせいで神聖さは半減しているが、そもそも彼女はネクロマンサーだから神聖さは大して必要ない。


『似合ってる?』


「ああ、ネロすっごい可愛いぞ」


『………』


 ネロは俯いてしまったが耳が赤くなっている。


 おお照れてる照れてる。

 基本無表情な彼女だけど、表情が変わる時ははっきり変わる。今みたいにね。


 カノン並に顔を真っ赤にした彼女から弱いパンチを受けながら笑い流す。


 さて、最後はアビーだ。

 彼女の試着室はクネイが開けるようだ。


『じゃあ開けまーす!』


 最後のカーテン音で開けられる。

 開けられた奥からアビーが歩いてくる。


 その格好は……


『……似合ってる?』


 さっきまでの勢いはどこへか、両手を前でモジモジさせながらしおらしくなってしまったアビー。


 着ている下は青のデニム生地っぽいスキニーパンツ。

 上は黒の長袖シャツに白のノースリーブパーカーを着たラフな格好。

 

 ここまでの誰とも違う方向のデザインで俺にとってはカノンと同様に見慣れた格好だ。

 素材はやはりクネイの糸なんだろうな。

 だけどデザインに関しては本当にどこで知ったんだろう?いくら異世界と言ってもこんな格好のがいるとは思えないし。


「似合ってるぞ。うん、さすが自分のにも妥協は無いな」


『えへへ、よかった。頑張ったんだよ?頭の中覗いたりして……って、あっ』


 え、今なんて……?

 そんな発言をした彼女自身はスライムのはずなのに汗をダラダラと流して錆びたブリキのようにゆっくりと首を背けている。


『ごめん、今の聞かなかったことに……』


「さすがに出来ないぞそれは」


 これは聞き捨てならない。彼女たち相手だから見られても仕方ないと割り切れるけどマジで見ていたことには驚いた。


「別に怒ったりはしないけどさ。でもそんなこと出来たんだな」


『なんか、出来ちゃって……あはは』


 聞けば、召喚獣は待機状態の時は俺の中に居て、断片的ではあるが俺の記憶的なものが流れ込むらしい。

 魔力に紛れて流れ込むそうで、存在が魔力に近いアビーはより敏感に感じ取ることが出来たみたいだ。

 そこから彼女自身が得た衣服の構造と、記憶の断片から見えた衣服などを組み合わせて色々作ることに成功していたとのこと。

 偶然が生んだ賜物というか彼女の努力の結晶というか。でもまあ、彼女の役に立てたなら悪い気分でもない。


「みんな似合ってるよ。その格好なら外で着て歩いてても違和感は無いだろうし。ははっ、考えもしなかったよ。迷宮から出て、みんなと歩くなんてさ。こうして話して、歩いて。夢のようだ」


 ふと零したその言葉。思わずこの三年を思い返したが、どうにも感慨深くなってしまった。


『あと少しだね。私たちが出会って三年くらい?ネロは一年くらいだったと思うけど、それでも長かったね。みんな一度は死にかけたし、その度に必死で治してくれたりしたけれど、やっとここまで来れた。何度も話してくれたもんね。「みんなで外に行こう」って』


『はい。主と一緒にいるのが至上ですが、私もこうして皆と話す、話でしか知らない陽の下を歩くことが出来るようになるなど……前は考えもしなかった』


『私なんて誰の顔もわからなかったんだよ?でも三年頑張ってこうしてみんなの顔とか、話せたり、あとはユートと一緒に戦ったり。これからも色々出来るって気づいた時はとても嬉しかったんだ』


『私も、太陽は知らない。ずっとここで生きてきたから。でも暖かさは知っている。何でかはわからない。でも出会ってからは今までの私とは見違えた。これからも連れて行って』


 次々とそんな言葉を掛けられた。

 

「みんな、ありがとう」


 頬を熱い汗が伝う。どんどん溢れ出て目の前が見えなくなっていく。

 心の底から熱い感情と愛情が湧き上がり、座り込んで目元を押さえてしまう。


『ど、どうしたの!?』


「な゙んでもな゙い゙」


 こんなこと言われたら……




 言われたら……



 惚れてまうやろおおぉぉぉーーッ!!


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