決着

 立場が変わる。俺が刃を握り接近戦を仕掛け、ニーアが魔法による全方位オールレンジ戦闘を繰り広げる。

 そこでは背後から迫る魔法を相殺しつつ手元の杖……もはやグレイブだが、刃を振るい目の前に展開された魔法陣を切断、発動の暇を与えない武具を用いたインファイトが行われていた。


 魔法陣を切り裂き魔法を弾き柄で殴りつけニーアの魔法を対処しながらこちらも攻撃を繰り出す。

 同時に彼女の背後に魔法陣を展開し前後双方からの攻撃のラッシュを繰り返す。

 

 彼女はまだまだ余裕そうだ。こっちはギリギリだってのに。

 頭上では無数の魔法が乱れ飛びあちこちで爆炎を散らす。花火のようで綺麗だがそのどれもが相当の威力を持つものだ。


 この魔法で一瞬でも押し切れねば彼女に傷をつけるなど不可能だ。何とかして僅かでも隙を作れれば好転のチャンスが見えるのだが。


 この戦闘において俺が用意した秘策は二つ。一つはさっき使用してしまった。

 ただあれは魔法の制御を相当食らうから温存はしておきたかったものの、早めには切りたかったカードだ。現に今は魔法を全力で振るえている。


 零距離の近接戦でも二人の身体の間には常時数十もの魔法が展開され打ち消され相殺されている。

 発動してから当たるまでの僅かな間に対応しているのだ。常人が見れば絶技として感涙ものだろう。


「そこまでバカスカ魔法を打ってもまだまだ魔力に余裕があるとは。しかもこの距離での対応?全く、武術、魔法の両面でお主を育てたのは間違いだったかもしれんの」


「ニーアには言われたくないね。そもそも分身体で結界抜けるのにも相当の魔力使ってるってのに余裕も何も全体の魔力量からしてここまでほとんど魔力消費してないだろ」


「まあの。お主に魔力量で負ける訳には行かぬ」


 俺は〈魔力増加〉のスキルで結果として魔力がアホみたいに増え、彼女はそもそもの魔力量がおかしい。

 ぶっちゃけ分身体と結界を抜ける事と他にも色々魔法を使用し、この戦闘も含めてようやく1%程度しか魔力は消費してないだろう。

 しかも彼女曰く魔力の回復速度は相当のもので消費に対して供給が釣り合っていてもおかしくは無い。

 押し切ると言っても魔法だけで勝つのはほぼ不可能って訳だ。


 次の一瞬で頭上にこの戦闘で最大数の魔法陣が生まれ、彼女に向け降り注ぐ。

 それを半歩で避けるなり、魔法で弾くなりして彼女は当然のように当たらない。

 しかし動かす事は出来ている。これが大事だ。最初の頃はそれすら……いや今はどうでもいい。

 

「これで終いだ」

「させるか!」


 彼女を中心に無数の魔法陣が並び、その全てが俺を狙う。

 俺は縮地で接近し杖の先に指向性をつけた爆破魔法を展開し彼女に向け押し付けるように発動、衝撃波が顔面目の前で襲いかかりさすがのニーアも驚いて魔法の発動がワンテンポ遅れる。


 これでも魔法制御がブレないあたりまだまだ勝てないと思い知らされるが、その遅れが俺にとってはチャンスとなる!

 右袖の中で柔らかい物が蠢くのをくすぐったく感じながら放たれた魔法を迎撃し、反撃として雷属性の中魔法を連続して数十放つ。


 ここで魔法について簡単に説明すると小魔法、中魔法、大魔法に大きく分けられる。


 主に撃ち合いに使われるのは小魔法でそこに混ぜる中魔法、大魔法は威力が高く少々特殊な魔法と考えればいい。

 言ってしまえばアサルトライフルを撃ちまくる途中で手榴弾を投げるようなものだ。

 所々でロケットランチャーを発射すると考えれば小から大魔法までのイメージは湧くはずだ。


 今使用した雷魔法は直進性が高く、火魔法と違い瞬間的なダメージは大きい。


 周囲から迫る雷魔法を彼女は宙へ逃げることで避け、さらに空中から俺のいる地上に向け小魔法と中魔法を乱射する。

 俺が逃げられないように一点ではなく囲うように放たれたそれは間接的に魔法陣を展開する媒体と化す。

 魔法を迎撃しようと対応が遅れた俺は次の瞬間大きく隆起した地面に腰から下を完全に埋められた拘束状態になった。


「これで我の勝利だな。何時になればお主が我に勝つのやら」


 そう言いながら地上にフワフワと降りてきたニーアは普段ならここで俺が降参して模擬戦を終えているため完全に休憩モードに入っている。


 だけど今日だけは違う。まだまだ戦闘は続く。口が三日月のように裂け、たった一言。


「やれ、アビー」

「なにっ!?」


 首元から若干黒みがかった粘液体が蠢動し目にも止まらぬ速度で肥大、右肩に乗るようにまるで大砲のような筒を形作る。その中にはおびただしいまでの魔力が内包されていると一目でわかる。


 さらに地面は既にの領域だ。いつの間にか膜のように地面に広がっていたそれは瞬時に集まり、ニーアを包む。如何に彼女と言えど戦闘が終了したと思い込んでいたのだからこの速度の不意打ちで拘束することは可能だ。


「くっ……なんだこれは、魔法で弾けぬ!?」


 彼女の声は水を通したようにくぐもっている。


「まだ降参とは言ってないからな。それにうちの最強格候補の一体がようやく最強格組に追いついたんでね、そのお披露目も兼ねてだ。アビー、吸い続けながらぶっぱなせ!」


 右肩の砲身は激しく明滅し、内部に魔力の凝縮体を作り出す。同時にニーアを包むものは衝撃や魔力だけではなく展開された魔法陣ごと吸収し、全ての抵抗を許さなかった。


 明滅は次第に弱くなり常に光るようになる。ニーアはもがくも脱することは出来ない。

 僅かに肩の砲身が震え角度を調整する。

 それが収まるとまるでブレーカーが落ちたかのように光が収まった。


 同時に何かを吸い込むような甲高い音が大きくなり、それはジェットエンジンのような大きさにまでなる。


「こんなもの……」


「アビーが全力出してるのに動ける方がおかしいんだがな。アビー、何時でも良いぞ」


 右肩に向けそう言った瞬間だ、この模擬戦に使う空間が凄まじい閃光に包まれる。

 右手でニーアを示し、俺は叫ぶ。


「ぶっ飛ばせ!!」



 まず、地面が抉れた。凄まじい力に圧壊し粉砕され、破裂するように吹き飛ぶ。

 

 次に空間を揺らし発生した衝撃波は全てを置き去りにして圧縮され破砕した大地を融解させる。


 軋む空間と叫ぶ大地はまるで天地創造の神がそこに降臨したかのような錯覚を覚えさせる。


 直後追いつくように光の塊が伸び、射線上のニーアに衝突する。

 あまりの轟音と衝撃波で何も見ることは出来ず、ただ光だけがそこにあった。


 光は伸び瞬時にニーアを拘束する粘液体は蒸発する。しかし逃げる事は許されずただ結界へと叩きつけられる。

 

 そう、先の衝撃波はただの発射時の余波に過ぎない。本物はこれからなのだ。


 大地を抉るなどという優しいものではなかった。地を割り割いて深淵へと続く虚空を生み出す。


 融解する余裕のある大地はもはや消え去り、双方は空に浮いていた。


 しかしまだ砲撃は終わらない。光は輝きを増し衝撃波の根源である砲撃は柱のようにも見えるそれを細め大地を割るような衝撃波はソニックブームのような衝撃波へと変化する。


 今までのような全方位に向けた衝撃波や前方、後方では無く円形の衝撃波は何者も捉えられぬほどの間の後変化し再度大地を砕く。

 その衝撃波の痕はまるで十字架のようであった。


 今度は天井が壊れる。凄まじい衝撃と共に抜けるのではないかと思えるほどに破壊され瓦礫として落下する。


 天地開闢に等しい閃光と衝撃波はどれだけ続いたのか。

 等しい破壊の中心に立ち、生き残ったことだけは俺の頭で理解出来ていた。




「痛つつ……こりゃやりすぎだな……にしてもこれでも壊れねえか結界」


 背後を向き、視線の先にはグランドキャニオンもびっくりな大渓谷が目の前から後方に掛けて伸び、天井も数階層分完全に崩落している。

 しかしそれでも今なお無傷で残るカーテンのような結界。破壊力で押し切れるかなとワンチャン思ってたけど無理か。


 さてさて、あの爆煙の向こうにはどの状態のニーアがいるのやら。理想は頭くらい吹っ飛んでて欲しい。そんくらいで死ぬとは思えないからな。


 するとズボッと瓦礫の奥から手が飛び出た。当然だが生きているようだ。


「お主!なんちゅう攻撃をするのだ!めちゃくちゃでは無いか!」


「やっぱり無事……いや待てよ、マジかよっしゃあああああぁぁぁぁッ!!!!」


 膝をつき両手を上げ思わず歓喜のガッツポーズで叫んでしまう。


「お主何を喜んでおるこんなにめちゃくちゃにして……痛てて……うむ?」


 久方ぶりに感じる感覚に反射的に手を伸ばす。手を当てた右頬からだ。当てた指先に何かが付いたことにニーアはほんの僅かな不安とどこか喜びがあった。

 

 赤い液体。

 何度も見たものだが自らのものは何時ぶりだろう。

 頬に付いた小さな傷。

 それは瞬時に治ってしまうようなものだが、確かに付けられたものだ。

 目の前の男に。あの者の努力によって。


 そのことに思わず笑ってしまう。目の前の男は何やら不審げに見ているが、ニーアの心の中は歓喜で溢れていた。


「くくく……」


「に、ニーア?」


「くははははは!良いぞ!ついにやったか!お主は我に傷を付けた!このときを持って宣言しよう、お主は我の弟子足りえた!そしてこの時より我の主だ!」


「そ、それは……」


 かつて条件を告げられた時を思い出す。あの時から三年、何度となく死にかけた。


 俺も、召喚獣たちも。それでも這い上がって何度も彼女の目の前に立ち続けた。


 魔法を学び大迷宮を駆け巡り、肉を食らってまた立ち上がる。


 それが俺であった。そしてついに、それが身を結んだ瞬間だった。


「はは、あははははは!」


「お、お主?」


「やっとだ。やっとだよ。長かったなあ三年。何度死にかけた?」


「確かそろそろ五百戦を数えるくらいだから……まあそれくらいか?」


「ほんと、よく生きのびたよ。……よし、最初の通り早速契約を始めようか!」


「うむ!」


 こうして、世界の厄災であり最悪最強の存在にたった一つの小さな傷を付けることに成功した男の誕生により、世界は大きく動き出すこととなるのであった。

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