模擬戦

 儀礼的に礼をした直後、目の前に色とりどりの魔法陣が無数に展開される。火、水、風……数え切れない。


 それは即座に発動され、弾丸の形状の魔法全てが俺に向けて放たれる。

 直線的、曲線的、様々な軌道でただ一点に迫る。


 相殺するように同等以上の魔法を詠唱無しで同数近く発動させ自身への攻撃を防ぎつつ魔法同士の合間を縫ってその奥へ高速の魔法を送り込む。

 しかし当然ながら防がれる。それで問題ない。だが足元に違和感。


「ちぃっ!」


 反射的に後方に飛び退いた瞬間数歩前が爆発する。設置式の爆破魔法だ。

 攻撃性はもちろん、地面を砕いて発生する煙で視界を塞ぐ意味もあるがそれは双方同じ。


 手に持った長杖を振るい目の前に赤黄緑の魔法陣を合計百展開する。煙幕に向け発動させるとさらに爆炎が発生する。

 魔法で魔法を相殺されたのだ。


「ほれほれ、攻めねば傷など夢のまた夢だぞ?」


「ったく、こんだけ弾幕張っといて何言うか」


 ゆったりと煙幕を抜け現れたのは黒く長い細身のドレスの女性。ベールを被り顔は見えないがおそらく笑っている。なんでわかるかって?これを今までに何度となく繰り返しているからだ。

 ま、一度も素顔見たことないんだけどね。


 会話の中ほんの一瞬で肉薄され、両手に握る剣のような赤い魔法の刃が左右それぞれの下方から首に迫る。


 その迫る剣を膝で蹴りあげ杖で弾き、空いた隙間に魔法陣を展開して即座に発動、爆風が発生し双方を引き離す。


 その間にも背後でいくつも魔法を発動させ、離れた女を狙い機関砲のように地面を抉っていく。

 火弾ファイアボルト氷弾アイスボルトを主軸に無数の光弾を目眩しとして配置し魔法を迎撃する。


 両者はこのような魔法による打ち合いを続けていた。


「これでどうだ!」


 振るう杖の先から数百に上る風の刃が一斉に放たれ、目の前を面上に広がって黒衣の女性の魔法を一掃する。

 さらに残る刃が目の前に迫るも次の瞬間には転移したかのように俺の真横に来ていた女が零距離からの火属性系の大魔法を炸裂させる。


「甘いの。まだまだだ」


「そんなの知ってんよ」


 交錯の一瞬で言葉を交わしながら真上にそれを避け同程度の魔法を真下に向けて暴発させる勢いで放つ。威力を集中させたそれは並の防御なら余裕で貫通するがそんなものが通用する相手ではない。

 俺は防がれたのを確認すると滞空しそのまま真下に向け、下向きのドーム状に無数の魔法陣を展開して中心に向け一斉に攻撃を加える。


 それを破るように地面を砕いて宙へ飛び出て来た女は相変わらず手には魔法の刃。しかし色が赤から黄へ変わっている。属性が変わったのだ。

 刃に合わせるように風刃で迎撃し杖にとある魔法を行使する。


「生成、圧縮……付与、風刃!」


 杖の先端に小石が生まれ、だんだんと成長し大きくなったと思ったら小さくなる。それを何度も繰り返したところで不可視の刃を纏う。この動作に一秒未満。2m弱の杖の先に30cm程の薙刀の刃のようなものが完成した瞬間にその薙刀を振るい真横から飛んできた水の刃を弾き、激しい金属音を散らしながら再度発動した爆風で一時的に双方距離をとることとなった。







 あの日から三年が経った。ニーアによる厳しい訓練は休みなく続けられ魔法だけではなく近接戦の実力を大きく上げることとなった。

 外の実力基準がわからないがニーアによると相当のものらしい。

 まあストレスというかその代償で髪の毛の色はいくらか抜けて灰色になっちゃったし、目の色も灰色っぽく変色してるとか。


 さて今は模擬戦の最中だ。模擬戦してるのにこんな悠長にしてていいのかと思うだろうがちゃんと理由もあるしサボってる訳では無い。現に今もゲームの弾幕じみた量の魔法を俺もニーアも放って相殺し合っている。


 この三年何があったかは一旦置いておいてこの模擬戦の理由を説明しておこう。これは最初ニーアに告げられた条件だ。内容は模擬戦を行い、今戦っている彼女の分身体に傷を一つ付けること。

 彼女は黒蝶と言う魔物らしいが、特殊な魔法で人型になれるという。

 本体は結界の中だから出ては来れないが分身体を作り出すことは出来るそうで、訓練とかも専らその分身体から受けていた。


 この模擬戦はその訓練の最終試験とでも言うべきものだ。

 達成条件は先程の通り傷を一つ付けること。簡単に思えるが、あの模擬戦のやり取りでも無傷なのだ。そもそも並の方法では傷など付けられない。


 俺も厳しい訓練で実力を付け、さらに装備も整えているのに一切届かないのだ。

 強すぎも大概にして欲しいところである。しかしそれに合わせてか模擬戦の場所も相当堅牢だ。場所は始めてニーアと俺が出会った空間だが、普通の材質では出来ていない。

 それでも先のように地面を砕けるのだが。


 模擬戦に戻ろう。




「攻めきれんの……」

「そりゃどうも!」


 杖の先の刃に乗せている風刃をさらに強化し、大鎌のように振るい斬撃を飛ばす。音速を余裕で超えるそれだが悠々と避けられ、反撃を貰ってしまう。しかし軽傷だ、問題ない。


「それにしてもいつもより魔法の数が少ないの。何を隠しておる?」


 バレるの早!というかわかってんのかよ。普段よりも魔法の密度を上げて隠蔽してたってのに!そんな焦りが出てしまったか、僅かに魔法の制御がズレる。彼女はそこを見逃さず簡単な光弾を打ち込み俺を壁まで吹き飛ばす。


「教えたはずだがの。何があっても制御は緩めるなと」


 吹き飛ばされながらも風魔法の応用で身体を地面の方に落として減速し土魔法壁を作ることでで停止する。

 そのまま即座に飛び起き縮地に似た動きで背後に回り込む。

 そのまま杖を突き出すも刃で振り払われ、杖の先の刃を砕かれる。しかしこちらの刃を砕いた時に振り切った腕は隙になる。

 その一瞬で出来た僅かな隙に爆風を生み一気に距離を離すことに成功する。


「くそっ、制御がぶれるんじゃ俺もまだまだだな……でもバレたんじゃあ仕方ない!」


 俺は悪態をつきつつもこの模擬戦の初めからずっと隠蔽してきた魔法の発動準備に取り掛かる。

 魔法陣を展開しないギリギリのところで維持しているから魔法そのものに気づかれても詳細は見られていないはず。 


 ただ維持に相当頭を割かなきゃいけなくて彼女にも指摘されたが魔法の発動数が少なくなる。

 風刃みたいに得意で簡単な魔法ならその限りじゃないけどそう上手くはない。


 そもそも魔法の多重発動というのは魔法に慣れたばかりの人間には到底難しく、訓練して伸ばしていく。

 達人なら同時に十発動出来れば良いとされているがそこにはある裏技がある。それがスキル〈並列思考〉だ。

 これはその名の通り同時に複数の思考が出来る。分かりやすく言えば目で字幕の映画を見ながら耳でジャズを聞き、口で早口言葉を言いながら手元で算盤をするみたいな事がリアルに出来るようになる。


 このスキルはなかなか取得出来るものでは無いが、もしも取得出来たのなら常人の世界でなら魔法で負ける理由が無くなる。

 並列思考というのは人格を新たに生み出す訳では無いから全て自分だ。

 そのため魔法なら自分が知っている魔法でないと発動出来ないのはもちろんなのだけど、利点として俺や彼女みたいに同時に百を超える魔法の行使が可能になる。

 また、今から発動する魔法みたいに超複雑で精密な制御が必要な魔法を使う時も有効なのだ。


「風魔法位置固定、火魔法発動準備、土魔法発動、雷魔法同時発動完了……」


 手元の杖では様々な属性の魔法を放って目眩し程度の牽制を行い、意識の大半をこの魔法の準備に割いていた。魔法陣が真横に展開され、既に魔法発動の準備を始めている。

 彼女からの攻撃を捌くために杖からの魔法とスキルによる移動で空を駆けているとだんだん何をしているのか分からなくなってきてくるが、今は模擬戦で魔法の発動準備をしているのである。


「……全魔法発動準備完了、発射可能。〈火弾〉!」


 彼女からの攻撃を避ける途中で上下逆さまになりながら発動準備を終え、迎撃のために光弾の目眩しと火弾の数を一瞬だけ膨大に増やしてそちらに手間取らせる。その隙に着地し、照準など固定して魔法を発動させる。


「これでも食らえ!本邦初公開複合魔法、〈電磁砲レールカノン〉!」


 一瞬だけ空中で静止し、右脇で十以上の魔法陣が望遠鏡のレンズのように並んで一斉に発動する。ほんの僅かな溜めの後爆音を立て発射されたそれは爆風と着弾時の衝撃波で舞い上がった砂煙で彼女を隠す。

 宙に浮く焼けたような光線は次第に薄れ、左右へ高速で移動しながら追撃として魔法陣を砂煙を覆うように大量に展開しその中心に向け一斉射、手を緩めず発動し続ける。


「どうだ……?」


 爆煙で何も見えなくなったため風を流しながら周囲に魔法陣を数十展開する。


「くくく、先の発言は撤回しよう。さすがだ。これには我も少しばかりヒヤリとしたぞ」

「せめて土汚れくらいは期待したが……無傷かよ」


 消えた煙の中から現れたのは左手で発射した杭を捕まれ、一切の魔法も防がれ傷どころか汚れもない彼女の姿だった。


 あの〈電磁砲〉は土魔法で超硬質の杭を生成し、風属性の拘束魔法の応用で砲身を作り、その砲身に混ぜるように杭と同質の素材でレールを作る。最後方に火属性の爆破魔法で炸薬を担当し、前方と後方に雷魔法で電流の回路を形成すれば完成だ。

 と言っても試作品で発射に成功こそするが何処に当たるかは全く不明という現状産廃。しかし魔法を除いた物理火力という意味では最大級のものになるためここで使わない手は無い。


 しかし彼女に当たりはした。でも防がれた。全方位からの魔法は相殺され、杭そのものはいくつも魔法で速度を落とされて掴まれた、と見るべきか。となると、あと取れる策は……

 すると首元で催促するように光が明滅する。


「わかったよ、合図をしたら全力で頼むぜ」


 俺は再度杖の先に雷を纏った刃を顕現させ近接戦の用意をする。


「行くぞ、アビー」

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