side レッサーセンチピード
私はレッサーセンチピードである。名前はまだない。
どこで生まれたかはとんと検討つかない。
暗く、湿り、騒がしいところで魔物のお零れを常に狙っていたことは記憶している。光などはほとんど無く、変わらず目の前にお零れが来るのを壁に張り付いて待っている。
ここ最近よく上から貝が音を立てて落ちてくる。魔物は皆これは食せないと知っているが、この暗がりであるためそれが貝なのかまた別のものなのかなど見分けることは出来ない。それ故に獲物と勘違いし、一度落ちてくる毎に必ず一体は死亡する。
同時に共食いのようなことも起こるため、私たち底辺の魔物にとってはありがたい話だ。
それからいくらか経ったか。いつもの様にお零れを待っていたが、ふと謎の浮遊感に包まれた。それはどこか安心感もあり、私はそれに意識を預けたのだった。
私はレッサーセンチピードである。名前はまだない。しかし主が出来た。
主は召喚士と言うらしい。私の他にレッサースパイドルとレッサースライムを従えていた。それに気づいた時だろう。私にこうして自我が出来たのこと、そしてそれに気づいたことは。確認は出来ていないが他の二体も同じだろう。
ここは控えの場なのか、どこまでも続く広く白い部屋だ。ただ濃密な主の魔力に包まれ常に主を感じることが出来る。常に抱きしめられているようなものでとても気分がいい。
おや、蜘蛛が召喚された。あのようなものなのか。まるで魔力に溶けるようだ。ちなみに私があの時感じた浮遊感は契約によるものだそう。召喚士というのは魔物と契約を結ぶことで魔物を従えていた召喚獣とし、共に戦うそうだ。
うん?以前感じたものと同じ浮遊感。これが召喚の感覚か。私はそれに身を任せる。
目を開けると目の前に主が居た。直前に蜘蛛が居たようだ。地面で分かる。
ふむ、その場で回ってくれと。よくわからないが、従おう。その場で自分が楽な方に回ると主の顔が変わった。私、何か変なことしただろうか?
すると今度は逆に回れと指示があった。素直に回ると主はまた表情を変え、何やら黙り込む。私はそれをじっと見つめるしかない。主が口を開いた。来るのは叱責か?そう思いきや主は嬉しそうに私の召喚を解除するのだった。
私はレッサーセンチピード。名前はまだない。喜ばしい事があった。同族が増えたのだ。蜘蛛とスライムもそれぞれ数体ずつ増えた。しかし私のような自我を持ったものはいないらしい。
自我で思い出したが他の二体に自我の存在を確認することが出来た。
私たち召喚獣は召喚されていない時はこの謎の空間で過ごすのだが、その時に相互で情報交換が出来たのだ。主の言葉を借りればコミュニケーションというやつだな。
彼らも私同様に同族が増えたことを喜んでいたが、やはり同じような自我は確認できなかったらしい。結論として現状自我があるのは最初に契約した私たちだけとなった。
それはそうと悩み事がある。
最近この謎の空間で召喚を解除された状態の同族から求愛されるのだ。もちろん断っているが。確かに私たちのような弱い種族は子孫を残すことが本能に刻み込まれている。
私も自我が無ければそれに応じて素直に盛りあっていただろう。現に自我のない他のレッサーセンチピードは盛りあっている。
しかし今の私は自我を持った理知的なレッサーセンチピードだ。とても頭がいいレッサーセンチピードなのだ。ヤワな相手にはこの身体を許す訳にはいかないのだ!
そう、乙女の身体に触れていいのは強いものだけなのだ。
言い忘れていたが、私は雌である。
私はスモールセンチピード。名前はまだない。
以前に引き続き喜ばしい事があった。なんと進化したのだ。魔物の進化とは限られた魔物にのみ起きる現象でより強くなることが出来る。私の母なども進化を重ねた魔物だ。主は進化の法則をわかっているのか、私たちに戦闘の経験を積ませた。おそらくそれが私たちが進化した理由だろう。
主がついにこの拠点を離れると言った。私たちと契約したあの最初の場所、そして新たにハイドブラックスネークという私よりも上位の魔物との契約に成功したこの空間。主には思い入れがあるはずだが、それを捨てるそうだ。
主は強くなろうとしているらしい。魔法を練習し、私たちと共に戦おうとしている。しかし召喚士とは本来召喚獣である私たちに戦闘を任せるものだ。私たちはそれを契約の時点で理解している。しかし主は私たちを死なせたくないと自らを鍛え続けている。
私も精進しなくてはならない。蜘蛛やスライムたちと共に強くならなくては。主を守るために。
私はスモールセンチピード。名前はまだない。
緊急事態だ。私が主の護衛をする時間ではなかったから詳しくは知らないが、床が崩れたらしい。主が意識を失う前に召喚獣を解除したため死んだものは居なかった。現在は主は目覚めて活動を再開している。
しかし、外は見えないが主の焦りが伝わってくる。これは不味いもしれない。ほら、早速召喚だ。私たちは召喚獣だ。主を守るためならば囮にでもなろう。
やはりか。それにしても相手は相当大きい。主は私たちに撹乱を命じたが、その真意は散らばり逃げろということだろう。
しかし私たちは召喚獣の務めとして四方へ散らばり、せめて注意を引こうとする。しかしあれはあの巨体故にこちらに見向きもせず主を追う。仕方ない、せめて万一の時守れるように傍につこう。
後を全力で追い、真後ろに付いたときにはスライムは主の身体に、蜘蛛は隣で走っていた。どれも自我を持つ最初の三体だ。私たちは何故かお互いが感覚的に分かる。例えばスライムなら同種族とはどこか雰囲気が違うのだ。その差で判断している。
まだ確認は出来ていないがおそらく自我を持っているだろうハイドブラックスネークは自身の隠密を使って後々合流するだろう。
主と共に扉へと飛び込み、少しして召喚が解除される。この謎の空間に戻ってきたのは五体。私と蜘蛛、スライムの最初の三体にハイドブラックスネーク、そしてドクタニシだ。どうやら見向きもされず生き残っていたらしい。最後のは自我も何も無いから一旦除外しよう。
しかし……ここに戻ってこないということは皆死んでしまったようだ。
悔やみも恨みもない。なぜなら私たちは本来もっと早くに死ぬはずだったから。それを主に拾われ、共に生きてくることが出来た。
そして最期が主の為に働けたというのは召喚獣にとっては最大の栄誉だ。おそらく主は悔やむだろうが、いつか伝えたい。私たちは感謝していると。
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