黒蝶
神話級と呼ばれる魔物がいる。ランクで言えばSSSに属する連中だ。
それは神話級の名の通り伝承でしか存在していなかったりとそもそも実在が疑われている魔物が多く属する。
神話級に属する魔物は何種類か登録されているが、有名なのはオーガロードなどの大群を率いる魔物だろう。
無数の魔物を率いる姿は神話に語られる内容と一致するからだ。
だがそんな神話級の中でも単体で登録されている連中がいる。
伝承内に記述されるなど未確認・未承認のものを含めれば二十弱。発見済みならば十種弱まで減る。
が、その中でも特に危険とされていてなおかつ実在しているものが存在する。
それが〈封印獣〉だ。かつて大厄災を引き起こし、生物という存在を滅ぼしかけた魔物たち。
全てとある形で封印が為され、ある者はその地より出ることを許されずただ進むのみを行い、
またある者等はとある地にて封印をされている。
それぞれの名を、
大地に封印された今でも大地の支配者であり、畏怖と信仰の対象である〈
巨体ゆえに海に縛られ、海にのみ生き、海を支配する〈海獣スロース〉。
そして空を支配し、何にも縛られず厄災を振りまいた後に当時二つの巨大国家を代償に封印に成功した最悪の魔物を〈黒蝶ニーア〉という。
★★★★★★★★★★★★★
「それ」は暗闇の奥から語りかけてきた。
初めは何の音かわからなかった。まるで鳥が鳴いているようなその高い音はじっと聞いているとどこか言葉のようでいつの間にか耳を傾けていた。
「■■■■■■■■?」
まただ。楽器のように音の高低があり、モールス信号のように長短もある。なんの音だ?頭の中にだけ聞こえているようでしっかりと壁に反響している。
とても澄んだ音色だ。もしもスマホがあったのならこれを録音し寝る前に聴くだろう。熟睡は約束されたようなものだ。
寺の鐘のように最終的に反響しながら音が消え、静寂へと戻る。
一体なんだ?
俺は服を着てランタンを片手に少しずつ進む。短剣を抜いて万一に備えておく。おっとそうだ。皆を一応戻さなきゃな。
「解除」
これで召喚獣は解除されたはずだ。感覚的には……蜘蛛、百足、スライム、ヘビに最初の貝が一体ずつか。他はみんな死んじゃったか。今までありがとう。
召喚獣も生き物でいつかは死ぬと思っていたけどこういう死に方は予想していなかった。
確かに撹乱のために皆を召喚したのは俺だ。でも結局は俺を追ってきた。撹乱は出来ず、僅かな隙も作れなかった。ならば召喚しなくても同じだったんじゃと思う。
いや、考えるのは後だ。先に進もう。
灯りで照らされたこの空間はまるで廊下のように整えられている。
足元は石畳で壁はレンガ造りだ。それに天井は高く、天井付近には映画で見たことある松明を設置していたであろう台座みたいなものが残されていた。
照らしてみても先はかなり奥まで続いている。夜目があっても光が届かない奥は不思議なくらいに真っ暗闇で、孤独という言葉が一番似合う。
足音を立てないように進みしばらく。ようやく変化が訪れた。
目の前が拓けたのだ。大広間のようだ。何も置かれたりはしていないただただ広い空間。広さは夜目のおかげである程度は見えるがやはり奥は見えないくらい。
「……なんだあれ」
拓けた空間の中心辺り。何か変だ。なんと言うか、区切られている?夜目でそこまでは見えている。だがそこから先は何も見えない。ゆらゆらとカーテンみたいに。
「行ってみるか」
魔力を流して灯りを強くし、周囲を警戒しながら早足で近づく。いつでも魔法は発動出来るようにしながらそれに向かう。
コツリコツリと靴が立てる音がなんとも不気味だ。自分一人なのは当然なのだけど、その音のせいで何かが起こるかもしれないという不安感。
「魔力の塊か?」
そのカーテンを目の前にすると何となくであるがそれが何か理解ができた。魔法に一切詳しくない俺でもわかるほどに。
これは結界だと。
奥の方、つまり内側へ向けて俺でも感じれるほどに魔力が流れ続けている。何かを抑え込もうとしているみたいだ。
右手を伸ばし指先を結界に触れさせる。何かある訳でもなく素通りする。だがあるところまで行くといきなり動きが止まった。硬い粘土に指を突っ込んでいる感じだ。
指を抜き差しして、さらに今度は手を当てる。何度か当てて離すを繰り返してみる。変化はない。やはり少し奥まで行くと止められる。だいたい10cmくらいか。
これは魔力の塊だ。なら同じ魔力なら何か起きるかもしれない。
魔力を流すのはもはや慣れた作業だ。いつもやるように試しに魔力を流してみる。
その途端、
バチンッ!!
「うおっ!?」
魔力を流した瞬間とんでもない力で押し返されるように弾かれた。俺は右手を押え後退する。手からは微かに煙が上がり、火傷のように赤くなっている。ただ重症ではない。右手をフーフーしながらそのことに安堵する。
改めて結界を観察していると更に変化が起きた。
『汝、聞こえておるか?』
誰だ!思わず短剣を構える。
周りを見ても何も居ない。まああるとすれば……この奥か、どう考えても。確実に今のは声だ。頭の中に直接みたいなものじゃなくてちゃんとした音。
『聞こえておるかと聞いている』
いや聞こえてるけども。というか声高いですね。女の方ですか?怪しさ満点ですけど。というかこれ会話出来るのかな。
「あのー、どちら様で?」
久方ぶりの他人との会話だ。通じるなら友好的にしたい。
『聞こえておったか。して、人の子よ。何用か?』
「いや用というかなんと言うか、まあ教えて貰いたいことはありますけど」
『言うてみよ』
なんか偉そうな口調だな。映画で見た王様みたいだ。
「さすがに見ず知らずのあなたに頼むのもどうかと。それにあなたは何者です?」
仮にも初対面だ。姿見えないけど。でもあって数十秒でお願いってのも失礼な気がする。
『くはは、そうか。我の姿が見えておらぬのか。まあよい、とりあえず言うてみい』
「なら遠慮なく……とりあえずここから出る方法を教えて貰えませんかね。この大迷宮からって意味で」
言うだけはタダだ。なら言ってみても良いだろう。
俺が探索に出た理由は強くなるためもそうだがここからの脱出方法を探すこともある。
何とかして外に出ないといけないのだ。
でも強くなるためと言ってもさすがに現在地は早すぎる。例えるならラスダン直前みたいな所に初期レベで来たようなものだ。早いとこ出て元いた辺りまで戻りたい。
こんな状況だとラノベ知識とか妄想によるテンプレストーリーも役に立たない。ただ交渉できそうな相手が目の前にいるだけマシと思った方が良さそうだ。
『大迷宮からの脱出か。それを望むか』
「ええ、なんかこの辺りに迷い込みまして。本当なら実力的にここじゃ即死なんで死なない上層くらいまで戻りたいんです」
『残念だが、不可能だの』
「それはありが……え、不可能?」
『うむ。不可能だ。我もここに居て長いが、全てを把握しきれぬ』
「そんな……」
膝から崩れ落ちた。この大迷宮に入って初めてのちゃんと会話出来る相手だったから期待してしまったが、大陸規模の迷宮だ。
全貌を知らなくて何もおかしくは無い……
『して……お主召喚士か、珍しいの。しかし召喚士か……それにこの魔力量。肉体の見た目に比べて明らかに多い。鍛錬かそれとも……仮にそうならもしやするかも、いやあるいは……ふむ、なればこれがよいか』
なに?俺は自分が召喚士だとは一言も言っていない。どうやって知った?
結界に干渉する前に召喚獣たちは解除してあるから少なくとも見られてはいないはず。
それに何を言っているんだ、魔力量とか何とか……魔力の量なんて正確にはわからないのに。それに何が良いのか全く分からない。
ここはどうするべきだ?話を合わせるか?それとも知らぬふりをしておくか?
でもあの言い方、まるで見透かされてるみたいな言い方だった。顔も見えないからあまりにも不気味だ。
どうしようか……
「じゃあせめてあなたは何者なんだ?」
『我か。我は空の支配者にして厄災、魔の伝導者にして探求者、術に長け、操り我がものとせんと望み封印されし魔の者、名を黒蝶ニーアと言う』
なるほど、長い肩書きはともかくニーアさんか。黒蝶ってのは種族か?魔物……じゃないよな。魔族とかっているのかな、もしかしたらそこに属するのかも。なるほど、関わらない方がいいかもしれない。
「そうなんですね。それではこれで……」
ゆっくりと後ずさり、この場を去ろうとする。
『待て待て、お主についてはわかっておる。この程度我には造作もない事だからな。そこでだ。お主は召喚士でありその内に魔力を大量に秘めておる。そしてこの迷宮より脱出したい。そうだな?これに関し一つ提案があるが聞くか?』
提案?なんか胡散臭いし、それになんか引き止められた。だけど提案を聞けばもしかしたら大迷宮から出れるかもしれない。もしくは協力してくれるかも……ここは聞くべきか。
「提案とはなんだ?」
『簡単なことよ。我に協力せい。ここに封印され早数百年。いや数千年やも……まあよい、飽きたのでな。外に出たく思う。しかしこの封印は我では破れぬ。外からは破れるそうだが、こんなところに来る人も居るまい。しかしだ、お主が居れば解くことが出来る。さらにお主は召喚士だろう?』
「ああ、まだまだひよっこだがな」
『ひよっこでも召喚士ならば構わぬ。我が鍛える故な。つまり、お主我が弟子となれ。お主の力ではまだ結界は破れぬ。だが鍛えその内に秘める力を御しきるようになれば解ける』
弟子、ねえ。確かにこの人の言い方だと彼か彼女か知らないが相当実力があるらしい。そんな人に鍛えて貰えるなら願ったり叶ったりだけど、裏があるよな。
「弟子になったとして俺はどうするんだ。あなたを解放して終わりか?まあ実力上がって大迷宮出れるならありがたいことだけど」
『それだけでも良いのだがな。ちと面白いことを考えついてな。お主、我の弟子となり結界を解くだけの実力を持ち、さらに条件を満たせば我はお主と契約しよう。それでどうだ?』
「契約?召喚獣の契約か?」
『うむ。我とてこの身のまま外に出れるとは思っておらぬ。ならばお主の召喚物としてついて行った方が良いと考えてな。それにお主は見込みがある。我の全力をもって鍛えてやろう。どうする?』
纏めよう、まずこの結界の中にいる何者かは自称厄災。名前を黒蝶ニーア。過去に封印されるだけの理由がある相当の実力者。
結界内に封印されているが内側からでは破れない。外部の人間の協力が必要、だけどこんなところに来る人は当然いない。
そこに現れたのが俺だ。あの言い方からして召喚士というのが重要なのだろう。
おそらく召喚士だからあれは俺を弟子にすると言った。
利用するのかはわからないが、弟子となって鍛えられ提示される条件を満たせば、俺は大迷宮からの脱出とあれを召喚獣として味方に加えることが出来る……
怪しさ満点だけど、縋れるものも無いか。この空間から外に出たところで適当な魔物に食われて終わり、ならば話に乗った方が生き残れるか。
「わかった。俺はあなたの弟子となろう。で、まずどうすればいい?」
『くくく……そうか我が弟子となるか。ならば見せておこう。我の姿を』
目の前の結界の色が消えていく。まるでカーテンが引かれるように。
色が消え去り、夜目の視界とランタンの灯りで奥が照らされる。
何かいる。巨大な何かが。
ランタンの光の位置を調節してその正体を暴く。
円柱形の身体をした何か。
「虫……いや幼虫か。蝶ってそういう事かよ」
それは幼虫だった。円柱形の体躯に頭周辺に集中する短い足のような器官、そして黒蝶と名乗った割には真っ白なその体表。生気を感じさせないはずのツルリとした表面はどこか生物的で艶めかしい。また、どういう訳か青白く光る瞳や同色の血管のような模様が神々しい。呼吸の音か、コロロロロと水泡のような音が微かに聞こえる。
「綺麗だな」
虫の幼虫とかは苦手な部類だけどここまで大きいとむしろ神秘的である。知性が感じられてさらに見た目も良いとなると出てくるのは綺麗という単語のみである。
『ほうお主この身体を綺麗と言うか……くく、面白い。やはりお主にして正解だった。よろしい、早速始めるとしよう我が弟子よ』
「ああ、よろしく頼む」
『ではまず、眠れ』
突如幼虫が口を開けたかと思うと何やら霧のようなものを掛けられた。何が何だかわからなかったが、直後とてつもない眠気に襲われ抵抗もできず何も考えられずに俺は意識を手放す。
『また会おう我が弟子よ』
眠る直前の俺はこのやり取りが地獄の三年の始まりだとは夢にも思わなかったのだった。
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