地底
ピチャン……ピチャン……
水が落ちる音と、川のような水が流れる音がする。
風の通り道のようで、頬を冷たい風が撫でる。身体が濡れているのかとても冷たい。その直後に来た激痛に俺は目を覚ます。
「ここは……」
目を開けても目の前がハッキリしない。ボーっとする頭と冷たさと併せて痛みだけ感じる身体に不快感を覚えつつ、鍛えた筋肉で無理やり身体を起こす。
「痛てて……」
回りを見るとどうやらここは洞窟内を流れる川の脇らしい。下半身が水に浸かって、打ち上げられたような感じだ。夜目のおかげで周りが見える。掴んでいたリュックは途中で離してしまったみたいだが、近くに落ちているのが見える。
「一体何が……」
地面が崩れた事は覚えている。そしてそのあと壁から勢いよく吹き出す激しい水の流れに押された事も。だがそれ以外は何も覚えていない。気絶していたからだ。
だがこうして助かったのはとてつもない幸運だろう。五体満足で生きているのだから。
とにかく助かったのだから良いだろう。
立ち上がって近くに落ちていたランタンを拾う。これには火を付けるのではなく洞窟内で見かけた光る鉱石を仕込んでいた。
名を魔光石という。白く濁った水晶みたいな色と見た目で魔力に反応して光る鉱石だ。ぼんやりとした灯りだが、魔力に触れ続ける限り光り続ける石だ。ランタンの心当たりとはこの事である。
しかし石は粉々に砕けてしまい、光はもう放っていない。
「仕方ない……へくしゅッ!あぁー、寒……」
ブルりと震え、髪から水滴が落ちる。
生き残った事で忘れていたが今の俺は全身びしょ濡れだ。このままでは風邪を引いてしまうだろう。
灯りをつけたり暖かくしようとすれば魔物を呼び寄せてしまうかもしれないが、背に腹はかえられまい。
俺はとりあえず服を上半身は脱いで震える指先から糸を出して近くの石に巻き付ける。そして
仕方ない。出来るかわからないが、火属性魔法を試してみよう。リュックから魔法概論を取り出し火属性魔法の部分を開く。この本は皮で包んでいたおかげで幸いほとんど濡れていなかったのだ。
パラパラと探してみるとすぐに見つかった。
「お、あったあった。なになに、火をイメージして唱えよ?魔法に対して非科学的と言うのもどうかと思うがこれはさすがになぁ」
とりあえず地球の某ナショナルの番組で散々見た焚き火の火をイメージして、同時に酸素とかそこら辺もちょこっとイメージしておく。そして指を立て唱えるのだ。
「
赤い魔法陣が立てた指先に展開し、炎の弾丸がせり出るように形成される。
親指程の大きさだがちゃんと熱を持って俺の身体を温める。
燃やせるもの、または燃やしてもいい物が無いから指を立てたままにしなきゃいけないし、発射せずに維持し続けなきゃいけないからかなり疲れるが死ぬよりはマシだ。早急に上半身の服を乾かさなきゃいけないからだ。
どこぞの偉い人みたいに指を立てて熱に当たっていると、近くの壁に水晶みたいなものを見つけた。近くに寄ってみると、微かに光を放っている。魔光石に似た感じだ。でも色が違う。光の反射なのか分からないが表面が虹色なのだ。これはこの探索している時にも見たことが無い。
とりあえず鑑定。
〈純魔光石〉
魔光石のより純度の高い部分を抽出したもの。通常の魔光石か、純魔光石かは濁った白色か綺麗な虹色かの色によって見分けられる。発生法は高濃度の魔力に触れ続けることで魔光石が変化する。そのため純魔光石は魔光石と魔力の融合物質にあたり、非常に良く魔力を通す。しかし純魔光石のみの塊は数える程しか見つかっておらず、価値がつけられない。欠片のみでも一生遊んで暮らせると言われている。
「まじかよ……これ全体が虹色だ。つまりこれ純魔光石の塊だ。というかそこにも、あそこにもある!」
今まで気づかなかったが、周囲あちこちに虹色に発光する鉱石の塊が壁から生えている。
すごい、本物の宝の山だ!
俺は思わずその塊に駆け寄り、近くに落ちていた石で思い切り叩く。火弾の魔法が消えるのも構わず、灯りを求めて縋り付くように石で叩く。
その様はどこか、狂っていたのかもしれない。宝の山だと偽って、その石が自ら放つ光を求めて闇を恐れるヒトという生物の本能に従って居たのかもしれない。縋るものを求めていたのかもしれない。
自らを守る味方である召喚獣の存在を忘れ、ここが迷宮という危険地帯であることも忘れ一心不乱に光を求める。
石が砕けると新たに石を拾って壊れたように純魔光石へ石を叩きつける。
そうしていくらか時が経つ。無心で石を叩きつけ、ついに純魔光石へヒビが入り
パキン
軽い音を立てて割れ地面へと落ちる。
「あ……あぁ……やっと手に入れた」
そっと拾い、ようやく手に入れた拳より二回り小さいくらいのそれをそっとランタンの中心に添え、そっと魔力を流す。
魔力を流し込まれた純魔光石はゆっくりと光度を増していき、ついに俺のいる周囲を明るく照らす程にまで明るくなった。
「は、はは……っ!すげえ!」
今までの魔光石が豆電球ならこっちはワンルーム照らせるLEDだ。火弾が無くとも辺りが照らされる。
夜目と魔光石で暗い洞窟内を進む必要が無くなる。
だがそれの代償として……
「グルルルル……」
背骨を直接撫でられるようなとんでもない怖気が背筋に走った。あの巨大な蜘蛛に襲われた時や探索の途中に襲われた魔物たちとは全く違うこのオーラ。魔物としての格が違う。
恐る恐る振り返るとそこには白があった。絶望を振りまく白。強者であると驕らず、強者であるが故に隠れない。巨体をさらけ出し、四つあるその目は全てが俺を静かに見据えていた。
その形は獅子が近いだろう。体高の時点で3mはあるバケモノ。恐竜を彷彿とさせる四肢の爪はただ一歩獅子が踏み出しただけで足元の石を切り裂いた。
「っ!?」
その爪に驚いたのでは無い。その一歩は俺の前へと瞬時に現れる、距離すら縮める謎の法であるということにだ。
転移したかの如くなんの予兆もなく突然目の前に現れた獅子は俺を睥睨していた。
冷たく熱を持たない強者の瞳は俺を食物という意味での獲物として見ていなかった。ただ自身の縄張りに侵入した塵芥というのが正しいだろう。
冷酷極まるその瞳に見つめられ動くことが出来ない。「召喚」の二文字も言えない。
動くものは川の水のみ。強者は見下ろすのみで、誰も動くことを許されなかった。
しかし、その均衡は崩れる。とても簡単に。
さらなる強者という外的要因によって。
「グルルルル……ッ!?」
唸り声を上げたまま突如上を向いた獅子。それに釣られて上を見た瞬間だ。
ドガアアアアアンッ!!
「うわっ!」
何かが崩れる音と共に発生した衝撃波は構えてすら居なかった俺をいとも簡単に吹き飛ばす。
ぐはっと背中を壁に打ち付けると、ようやく目の前で何が起きたかを理解することが出来た。
そこにあったのは柱……いや違う。あれは?
「なんだ今の……て、天井が!あの柱がぶち抜いてきたのか?」
吹き飛ばされた事で獅子に見つめられて起きた身体の硬直は解けて逆に落ち着くことが出来た。
あれは柱だ。だけど柱じゃない。生き物の身体の一部だ。何故って?
さっきまで俺を睨んでいた獅子が柱の先端の爪に串刺しになっているからだ。狙ったかのように突き刺さるそれはゆっくりと持ち上がり、息絶えた獅子を引き上げる。
ズンと音がなり、天井の大穴に獅子が引き込まれる。何がいるのかと恐る恐る覗いてみるとそこには赤い光点。数は八つ。夜目はそれの正体をこれでもかとハッキリ見せてくれた。
「蜘蛛……だ」
馬鹿みたいに大きな蜘蛛だ。戦艦と比較してもいいレベルの巨大蜘蛛。あの柱は巨大蜘蛛の前足の一本だったようだ。
というかデカすぎるだろ、何mあるんだよ。人と比べちゃダメなサイズだ。そっと足を動かして下がり、落ちていたリュックと服を回収して音を立てぬようにその場を離れる。
あれはヤバいと本能が告げ、せっかく落ち着いた頭がまたパニックになり始める。あんなのに目をつけられたら即死だ。確実に最初の頃に追われたデカい蜘蛛の親玉だ。しつこく追ってくるから絶対に相手にしちゃいけないやつの一体。
何とかして逃げねば。そんな焦りが無意識に俺を急がせた。
それがダメだった。
カツン
その軽い音はやけに響いた。
そっと踏み出した足が石を蹴飛ばし、壁に当たったのだ。
背からわかるほどに汗が流れ出て、同時に寒気が襲う。
見てはならないと頭は言っている。だが身体が反射的に動く。錆びたブリキの人形のように細かく震えながら顔を振り向かせる。
そこには、天井に開いた穴からこちらを見つめる八つの瞳。
生気を感じさせないそれは明らかに捕食者としてこちらを見ていた。
あら可愛らしいとはならない。
だが身体がある種のパニック状態になっていたのはラッキーだった。恐怖で硬直すること無く駆け出すことが出来たのだから。
「くっ、全体召喚!みんな、散らばって撹乱して!……ごめん」
俺は手持ちの召喚獣を一斉に召喚する。魔力がごっそり持ってかれて思わず転びそうになるが何とか耐えて走り続ける。
背後からは何かを破壊する音が迫ってくる。直後首筋にピリッとくる感覚がありすぐさま全力で横に飛ぶ。着地できずに転び、倒れた状態でそれが何かを知る。そこには何やら細長いハサミの様なものが俺のいた場所に現れていた。それはスルスルと後ろへと戻っていく。あの巨大蜘蛛の一部なのだろう。
地面に突き刺さった訳ではなくあくまでも俺を捕らえんと伸ばしたそれからは何やら液体が落ちていた。
ジュワジュワと音を立て泡立つ地面。
あれは強酸だと高校生の知識が告げる。青ざめながら後ずさり、立ち上がって逃走を再開する。
あんなのに捕まったら溶かされながら喰われるのか!?
そんなの、ごめんだ!
俺は生きて、俺は生きて外に出るんだ!
時折破砕された岩の欠片が背中にビシビシと当たるがそんなの気にしてる暇は無い。立ち止まったら負けだ。
少しでも撒ける可能性を考えて道を曲がり、袋小路に出ないことを祈る。
ふと脇を見ればどうやら着いてきてくれたらしい蜘蛛と百足が一体ずつ、いつの間にか身体に引っ付いていたスライムが一体。これのおかげでさっき転んだ時や背中にあたる岩の欠片が痛くなかったのか。
それはありがたいが、今は……っ!どんどん破壊の音が近づいてくる。壊す時の風圧が背に感じれる程に。
クソっもう難しいか?
二股の道をもう何も考えずに進む。破壊はもはやすぐそこにまで迫る。が、俺の鍛えられた夜目は道の先にあるものを捉えた。
一言で言うなら壁、だろう。
何やら壁画のように模様があるが、そんなのはどうでもいい。俺の命はここまでだからだ。とうとう当たった袋小路。逃げられる可能性は万に一つも無く、俺はただ壁に縋り付く。
壁を叩き、声を上げた。ただの壁に向けて。
だがそんな時、壁に叩きつける手に何かが触れた。ゴツゴツとした壁にはどこか不釣り合いな滑らかな曲線。
それに気づいた時俺は壁を叩くのをやめ、壁に向け全力の〈夜目〉で視ていた。
それは何とも異質なものだった。
壁画だと思っていたものは彫刻であり、何故か魔力が通っていた。
それに気づいた瞬間俺の頭からは恐怖は消え、わけもわからず何故か疑問が埋めつくした。巨大蜘蛛の事など意識の片隅にもなく誘われるように手を当てて魔力を流し込んだ。
魔法陣のような雰囲気を感じるそれは目には分からぬほどに一瞬光り、カシャンとガラスが砕けるような音と共に何かが重厚な何かがズレるような音が響く。
同時に背後より近づく破壊音に目を覚まし俺は目の前のそれが何かを調べることも無く僅かに開いた隙間へと身体を躍らせる。
空間を隔てるそれはとても分厚く、破壊の音の主も諦めたのかもう破壊音は聞こえない。ここが境界だったようだ。
ようやく休めると、気が抜けてしまい壁に背を預けズルズルと座り込んでしまった。
一息付こうと荷物を下ろす。
逃げ込んだは良いが、ここが何かわからない。とりあえず今入ってきた扉(仮)が何かを調べようとポケットに入れたままだった純魔光石を取り出す。
せめてここが何なのかを調べなければ。ここが大迷宮の何処なのか、あのバケモノどもはなんなのか。
しかしそれをする前に奥から異質な何かが動いた。
それは声か、唄か。不思議な音だった。
それは耳に心地よく、とろけるような癒しが容易にイメージ出来たのだが。
『■■■■■■?』
「あ、アイスピークジャパニーズオンリー……」
ただ俺はそう答えるしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます