ハイドブラックスネーク

 レッサースパイドルたちの糸はさらに巻きついてヘビの顎を閉じさせる。

 それを終えると切れた糸の修復に回り、交代するようにレッサースライムたちが現れる。


 彼らはまるで一体化するかのように合体して鼻や口を自身の身体で覆っていく。

 それに続いてレッサーセンチピードたちが自慢の速度を活かして糸を渡り、露出している弱点である眼球に喰らいつく。

 ヘビには瞼が無いからそれを防ぐ手立ても無い。


 ヘビは口を糸とスライムたちに覆われて悲鳴をあげることも出来ず、絶えず修復が続く糸によってなかなか自由になることが出来ない。悶えても自身が自由になれないのだ。


 しかし仮にも相手はCランクの魔物。 

 比較的自由なその尾で地面を叩いたり足場である糸を破壊していく。

 その影響でだんだんと糸の修復が追いつかなくなり、暴れた衝撃で既にレッサーセンチピードたちはヘビから離れている。


 さらに残る糸はヘビの身体を支えるもののみとなり、戦況は少しずつヘビ側に傾き始める。

 ヘビの元に残るのはレッサースライムたちだが、彼らに直接的な攻撃手段は……


 なんと、レッサースライムの一部が分離して傷付いたヘビの眼球に向かったのだ。

 表面を這うように移動したため振り落とされることも無く穴の空いた眼球にたどり着いた。


 そして驚くべきことに自身の身体の形状を変え、出血させるように血管を切り裂いた。

 軟体生物どころか粘液で構成された生物ならではの攻撃方法だと言える。


 地面には流血により大きな血溜まりが出来、拘束を解こうと暴れることで出血も激しく、ヘビ自身がより弱る結果となっている。

 だがそれも次第に動きが鈍くなっていき、ついに自身が拘束される糸に身体を預けることになってしまうのだった。




「よしっ!」


 指示と作戦が上手くいったことに俺は住処の頭骨の中で思わずガッツポーズをする。

 このハイドブラックスネーク瀕死化作戦は作戦名の通り討伐を目的としていない。

 レッサースパイドルの糸での拘束が一時的にでも成功したのだ。

 ならばレッサースライムたちによる窒息やレッサースパイドルたちの攻撃での出血で弱らせられるんじゃないか?と考えたのだ。


 結果は上々、見事ヘビは蜘蛛の巣に捕らえられた虫同様動きを止め、改めて糸による拘束が行われていく。こうなっては死を待つのみである。


 そうなったのを確認し俺は住処としている魔物の頭骨から這い出て糸を渡る。

 綱渡りのようだがイメージは平均台程度。糸が束ねられているところを歩けば安定性が高いのだ。


「おっとと……落ちるとまずいからな。───みんなご苦労、糸の拘束は解かないように」


 俺は視力を失った蛇の頭の前に立つ。

 本来なら百足を目から体内に侵入させるなり蜘蛛の毒で侵すなりしても良かったのだけどこれは瀕死を目的としたもの。その理由は?


「召喚術行使、契約」


 ヘビの頭に手を翳し、契約と発する。翳した右手の指からいつ切られたのかわからぬ程に自然と血が垂れる。

 何故かここからどうしたら良いのかが理解出来、それに従ってヘビの鱗に押し付けるように、血の印を刻むように当て魔力を流す。すると魔法陣のように当てた血が浮かぶ。


 同時に心臓の鼓動と共にヘビの身体へ流れゆく魔力。それは言わば血液の循環にも似て俺の身体にも魔力が入り込む。


 

 不思議な感覚だ。


 今までやってきた目視での実際には触れない契約とは違い、魔力を必要とした。 


 それは不思議な感覚で魔物との契約という「繋がり」がよりハッキリと感じられた。


 これは魔物のランクが高くなっていけば強まるのか、それとも時間か。わからないけどこの「繋がり」は大切にしなければならないと感じられたのだ。



 だが実際には何も不思議なことは起きていない。ただ俺が様々なことを感じただけで、召喚術の契約は成された。


 魔法陣のように血で作られた印は指を当てた部分からヘビの体内に染み込んでいく。その瞬間、ヘビが俺の配下になったのだと感覚的に分かったのだった。



 

★★★★★★★★★★★★★★★





 召喚術における契約とは上書きだ。某ゲームだってバトルで弱らせてから捕まえるだろう。同じことなのだ。


 魔物として生命活動を鈍くさせ、意識などの面で粗を作る。

 そこに俺の契約で粗を埋めるようにする。まるで洗脳だが洗脳では無いことは確かだ。

 あくまでも契約だ。彼らには拒否の権利がある。それ故に意識がはっきりした状態では契約は受け入れられない。

 俺という存在を、主を受け入れさせる必要があるのだ。


 魔物とは弱肉強食。強いものが上に立つ。配下を用いてより強いものを仕留めるのも弱肉強食の一つである。


 しかしそれに抗うことも出来る。

 個々は弱くともそれを従えるものは強者となる。国がいい例だ。天辺の王様は弱くとも下の騎士や兵などを合わせると強国になりうる。

 

 だからこその契約。まずは俺という強者を示す、そして選択を迫る。服従か死かを。その点魔物は素直だ。

 変な謀略など無く打算などでは従わない。彼らは純粋な忠誠を誓う。


 召喚術とは仲介に過ぎないのだ。おそらく召喚術など無くとも生身で力を見せつけたのなら魔物は従うと思われる。




 これがハイドブラックスネークを従えてから約三週間かけてわかった事だ。召喚術の本質に近いだろう。

 つまり、俺が強くならねばならない。今回のハイドブラックスネークとの契約は作戦勝ちだが、偶然と捉えてもいいだろう。


 召喚士として従える魔物の強さ+俺自身の強さ契約に必要な俺という存在の強さとして機能しているからだ。


 だから俺はこう思うのだ。


「……下、目指すか」


 この大迷宮から脱出するには皆弱すぎる。

 上に向けて探索するにしても途中で遭遇する魔物に対処出来ねば脱出も何も無い。

 

 強くなるしかないのだ。

 安定した生活、という意味ならここでもいいだろう。

 ただそれは地上での生活やこれからの一生を全てここで過ごすという意味に他ならない。


 だがこの辺りの魔物ではレベルアップはもう望めまい。

 ちまちま倒すのもいいが、そんなことしていたら俺が歳とって死んでしまう。

 下の強い魔物を何としても倒して全体の力の底上げをしなければならない。


 そうと決まれば様々な準備だ。ハイドブラックスネークが味方になったことで狩りの効率が上がった。

 単純な強さや暗殺じみた戦闘方法にもあるが、百足や蜘蛛たちに無理させて連続戦闘させる必要が無くなったからな。

 召喚獣とて魔物だ。生物である以上疲労する。休ませる必要があるのだ。


 今は丁度そのハイドブラックスネークや蜘蛛たち数体が狩りの担当の時。他の召喚獣たちを召喚解除状態で休ませる間に俺は収穫物の確認をしていた。


 この数週間で新たに配下とした蜘蛛や百足たちを使って俺は階層の探索の過程でとある事を指示していた。


 それが目の前のブツ。革製品や金属製品……そう、この世界における人工物の収集だ。


 ここが迷宮であるとわかった時から俺はこの迷宮で死んだ人の物品を集めさせていた。

 今後の脱出に役立たせるのはもちろん、あわよくばこの世界の情報が手に入ることを期待している。


 収穫物はそれなりにあったが、補修の数が少なめで俺にも使えそうなものをピックアップすると十個弱まで減ってしまった。それぞれ紹介していこう。


 一つ目はリュック。ランドセルくらいの大きさで元は素材集めに使用されていたみたいで、よく分からない石ころとか乾燥した草、お金っぽい物とかが入っていた。鑑定した結果、石は回りの壁と同質のもので草は傷薬の原料に、お金は銀貨だそう。これは取っておく。


 二つ目、ナイフ。両刃のナイフで刃渡り20cm程。僅かに錆びているが使えないことは無いだろう。


 三つ目、ランタン。簡易的な構造で軽い木と細く加工された金属の針金みたいなので製作されている。中にはロウソクでも入れるのだろうか。


 四つ目、ウエストバッグ。丈夫な革製なのかこの中では一番綺麗な品だ。ウエストバッグながら、太ももにもベルトを巻くから動いても揺れないのはありがたい。茶色の色合いと銀金具の組み合わせがスチームパンク感もあって気に入っている。


 五つ目、革製コート。灰色の丈夫な革で作られていて、だいぶボロくなってきた制服のブレザーの代わりになるだろう。何よりポケットが多いから色々と役立ちそうだ。


 六つ目、革鎧。色合いからして元はコートと同じ革だろう。使い込まれているから少々ボロいが無いよりはマシと言ったものだ。サイズも丁度いいし着ていこう。


 七つ目、木製の短杖。紫がかった色の木で作られ、金属による細工がされている。夜目の状態ではよくわからないが、錆びてない金属な辺り、金かこの世界独特の金属だろう。まあそれはどうでも良くて、これって要は魔法の杖だよな。

 ふむ……エク○ペクト・パトロ──!

 ……はい、アウトだよな。


 八つ目、傷薬……と思われるポーション。液体入の試験管サイズが三本。鑑定したところ治癒効果のある液体らしい。ミドルポーションが二本とハイポーションが一本。飲んでよし掛けてよしの凄い液体だそうだ。基本は飲むそうだが、掛ける場合は傷の大きさによって量を変えるそう。つまりこの試験管の中身はゲームみたいに一気に使わないという事だ。


 九つ目、使えるものとは別のリュックの中にあった本。タイトルは魔法概論。なんと魔法の教科書である。所々ボロいが全然読める。これで俺も魔法使い!なんてね。



 これがこの大迷宮で召喚獣たちに収集させた犠牲者たちの遺品だ。正直、死んだ人のものを使うのは気が引けるが、俺も緊急事態だ。彼らもきっと許してくれるだろう。

 

 俺はもう破れたり土に汚れたブレザーを脱ぎ捨て、かなり汚れてきているワイシャツの上に革鎧を纏いコートを羽織る。

 ウエストバッグの中に杖とポーションを仕舞う。

 腰のブックホルダーと短剣をセットで留めて、リュックの中にはブレザーを解いて加工した布地や今まで討伐した魔物の革を乾燥させて加工したもの。

 食料として魔物の生肉を乾燥させたものやリュックの中に残されていた皮袋を水筒代わりにする。

 ランタンは……ちょっと心当たりがあるんだよな。召喚獣たちには探索を頼まなきゃな。


 さて、後は細々とした準備だな。さーて、後は運任せのレベルアップだ。出立はどれだけ先になるか……

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