第16話 事象
ソワソワしながら久間田さんの帰りを待っていると、
所長がそういえば、と話しかけてくる。
「体調は大丈夫?」
気遣うような様子でこちらの顔を覗き込む。
視線が合って思わず赤くなった。
「大丈夫です」
「相談者と会ってから変なこととかつらいこととか、何にもなかった?」
「特になにも相談するようなことは……」
思考を巡らして答える。
変なことは起きていないし、現実で変なものを見てもいない。体も怠くないし、気分もよい。
別段昨日となにも変わらない。はずだ。
だが、所長は少し眉を寄せた後「……そう」とつぶやいた。
「なにか変なことでも?」
不自然な間を不審に思って尋ねるが、所長はすぐさま首を振った。
「いえ、なにもないならいいの」
なんだか含みを持たせた言い方だった。釈然としない。
「思うことがあるなら言ってくださいよ、気になるじゃないですか」
笑いながらそう言った時、ピンポーンとインターフォンがなった。
「あ、オレ出ます」
皆の視線がオレに向く。
横目でドリンクをもってくる久間田さんを見ながら言った。
「一瀬くん?!」後ろから青さんの焦った声と、オレがドアを開けるのが同時だった。
扉の外は踊り場を挟んで螺旋型の階段になっている。
その影。
ちょうど窓の光が届かないドアの後ろ。そこにいた。
自分の背丈と同じぐらいの場所に宙に浮く男の半顔。落ちくぼんだ、虚ろな瞳。ぬらぬらとした赤が目に飛び込んでくる。それが血で汚れたTシャツなのだ、と気づいた時には本能が警告を発していた。
あ、やべえ。
瞬時に焦りが浮かぶ。だが思考の速さとは対照的にドアノブを掴んだ体はそのままの動作に従って、扉を開けようと動いていた。
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