第11話 報告
「まず、美利さんに憑いたモノの話をさせていただく前にいろいろと確認とご了承をとらせてください」
真剣に眉を寄せて、言いずらそうに青泉さんがわたしを見る。
わたしは言われるままに頷く。
「本来であれば、親御さんや他の、頼れる大人がいれば頼もしい話だと思うのですが、今回はちょっと特殊な要件なのであえて割愛させていただいています。
ただ、今後美利さんの身に今以上に危険が発生した場合、他の方に影響が出るようなことが発生した場合はその範囲外でありますので、そのことをご了承ください」
「親に伝えるってことですか?」
嫌な汗が背を伝う。親はわかってくれるような人じゃない。母親はそういうものに嫌悪感を抱いているし、父親は無関心だ。そもそもそういう世界とは切り離された人たちで、信じる信じない以前にわたしの感覚をわかっていない。
話がいけば確実に軋轢が生まれるのが分かっていた。
せっかく理解してくれそうな人たちとつながったのに、つらすぎる。
「……必要がでてくれば」
青泉さんは一旦口を堅く結び、言いにくそうに言った。嫌な言い方だった。
「その場合、こちらからできるだけのフォローは致します。ただ、これは美利さんだけの問題に至らない可能性があるのです」
言われている意味がわからない。
なにかわたしの状態について私の知らない何かをこの人たちは知っているということなのだろうか。
「青さん、はっきり伝えたほうが良いと思う」
一口、コーラを飲んでから一瀬さんが伏目がちに言う。
「今ちゃんと言っておかないと巻き込んだ後に後悔することになる」
なんだか重たい言葉だった。
後悔したことがあるような、つらそうな表情だった。
その言葉に背を押されたように青泉さんが口を開く。
「美利さん、あなたはなにか良くないモノを拾ってしまったようだ」
それはわかっている、と言いたかったがその言葉を言う前に青泉さんが言葉をつづけた。
「美利さんが見たという事故の経緯と場所、対象者を調査させていただきました」
被害者の情報などどうでもよかったが、大人しく聞く。それがどう今回の自分の事象とつながってくるというのだろう。
「人と接するとき、われわれは当事者と直接接することを大事にしています。けれど、こういった当事者がお亡くなりになっている場合、周りの方からその人が生前の情報をお聞きして状況を整理いたします。その場合、当事者の心情はわかりませんが被害者の置かれた環境がどのようなものだったか当事者に直接聞く以上に詳しくわかってしまう場合があります」
そこで青泉さんは一旦言葉を切ってコーヒーを飲んだ。
「今回、事故にあったのは被害者は山口市太さん、24歳。仕事はフリーター。夜のお仕事をしていたようです」
夜のお仕事、居酒屋とかだろうか。
含みを持たせた言い方にピンとこなかったが、わたしは黙って青泉さんの言葉を聞く。
「山口さんの身辺調査をしたところ、この方は大変お仕事に熱意と言いますか、少し強引なところがあったようです。彼女さんがおひとりいて、そのほかにもお付き合いしている方が何人か、それにお子さんが一人」
彼女が沢山いて、子供もいて、と言われてもその場の私はソレがどういう人を指すのかよくわかっていなかった。ただ、女の人にだらしないヒトなのだろう、と言うことはわかった。早い話クズなのだろう。
だが、そんな人がたまたま事故にあって、それでどうして自分とつながってくるのだろう。そもそもあの黒いなにが関わりがあるのだろう。あれは尋常じゃないものだった。
まがまがしい何か、わからないけれど、そういう何か。
普通じゃない。見ただけで目に張り付いてしまうほどに強烈だった。
そんなものと一体わたしと彼となんのつながりがあるのだろう。
あの場には他にもたくさんの人がいた。
少なくとも見ていたのは私だけではなかったのだ。なのになぜ。
理不尽な思いが強くなる。
「美利さんは思念というものをご存じですか?」
「思念?」
「ええ。心に考えること、思うこと、つらいこと楽しいこと悲しいこと、そう言った強い想いです」
それは何となくわかった。だがそれがなんだというのだろう。
普通に生きていれば皆が考える一般的なことではないのだろうか。
「彼自身がそうであったかなかったか、そういうのは今はもうわからないのですが、彼の周りにいる方でそう言った強い思いを抱いている方がどうも何人かいるようなのです」
そこまで言われて、ようやくピンときた。
「つまり、その山口さんに向いていた思念というやつが私に憑いている?ということですか?」
「はいかいいえで答えるとなると、そうですね、その通りだと思います。ただ、憑いているというのはなんとも言い難いんですね」
何が言いたいのだ。青泉さんの歯切れの悪さに若干イライラしてきた。それをフォローするように一瀬さんが口を開く。
「美利さんに憑いているその思想はあくまで君に向けられたものだ」
どういうことだ、と思っていると一瀬さんが言葉を選ぶように続けた。
「オレはこういった事情にあまり詳しいとはいえないんだけれど、どうも最初は確かに山口さんに向いていたようだ。美利さんはたまたま拾ってしまっただけだった。それもそれ自体はそんなに強いものではなくて、一週間も経てば消えるようなものだったんだ」
言われている意味が分からない。じゃあどうしてこんなにも強い視線で見張られていると感じるのだろう。わたしの言っていることが嘘のようじゃないか。
一瀬さんの言葉を引き取るように青泉さんが続ける。
「最初は確かに山口さんが持っていたものだったようなのです。けれどいつの間にかたまたまその場にいた美利さんに憑いて大きく成長し始めた。まるで、植物の種が水を得て育つかのように」
言われて私は固まった。植物?水?何の話なのだ。
「それが一体なんなのか、もう少し調べてみないといけないと思います。ただ、美利さんの体の負担が大きい。だから今回は少しでも体の負担をなくすように直接様子を見ながらやり取りさせていただきたかったんです」
そう言って青泉さんはストローに口をつけた。
だが、飲んでいるようには見えなかった。
その黒い液体を見つめながら、わたしは絶望の淵に立たされているのを感じていた。
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