第10話 カフェ

場所は都内のチェーンカフェ店。

よく友人たちと遊ぶ場所からは少し外れた場所に構えられたところだった。

久しぶりの外出に胸が高鳴る。うるさいぐらいの蝉の声と暑さに辟易しながら店内に入る。

クーラーの気持ちの良い風が身を包む。

身体中から噴き出していた汗が止むのが分かった。

二人は先に来ていた。

DMにて”アオイズミと連れですとお伝えください。”と連絡があったので、その通りにした。



案内された先にいたのは意外にも若い男女だった。一人は知っている。画面上であれだけ会話したブルーベアさんだ。もう一人は大学生ぐらいの男の人だった。

深々と帽子をかぶり、右目には黒い眼帯をしている。

それが少し威圧的に見えて怖かった。


「ナナシさん!こっちこっち!」


ブルーベアさんがわたしの姿を見つけ、笑顔でこちらに手を振る。

隣の男の人が私に目を向け、驚いたように一瞬大きく目を見開く。


四人席のボックスシートに対面式に腰かける。

胸がドキドキしている。

こうして大人のヒトと会うのは初めてだ。


「よかった、来てくださって」


その言葉で、私が来ない可能性も考えていたのか、と少し意外に思った。

まあ、それもそうかもしれない。通常の心理だったらSNSで知り合った人と実際に会うなんて絶対にやらないし、やってはいけないと思っている。

まあ、だからこそ、人の多い時間帯、土地勘のある町のカフェを選んだわけだった。

傍から見ても不思議な組み合わせだ。


「飲み物はなにがいいですかね?わたしたち先に頼ませていただいたので、ナナシさんも好きなもの頼んでください。経費で落ちますので遠慮なく」


ブルーベアさんに微笑みながらメニューを進められて、私は少し戸惑いながらもそれを受け取る。無難なアイスティーを頼む。ストレートは苦手なのでミルク付きだ。

メニューが決まるとブルーベアさんが丁寧にも注文してくださった。

それからメニュー表をテーブルの脇にしまいあたらめてこちらに向き直る。


「初めまして。改めて、ご紹介させていただきたいと思います。わたくしたち、HSP研究所に所属する事務員の青泉伊織と申します。こちらは助手の一瀬くんです」


そう言って差し出された名刺にはHSP研究所、調査員と書かれている。

その下にはメールアドレスと電話番号、地球をかたどったマークにHSPの文字。

受け取ってまじまじと見てから、これはこちらも名乗らなけれなならないのだな、と思った。


「えっと、ナナシこと、美利 野乃花です。中学二年生です」


緊張しながら言葉にする。しかし以外なことにブルーベアさん――本名、青泉さんもその隣の一瀬とという青年も馬鹿にした様子もなく、真剣に私のことを見つめていた。

一瀬さんは特に視線が強く、なにか睨みつけるように私のことを見ている。


「それは一体いつから?」


今まで言葉を発しなかった一瀬さんが低い声で言う。答えようとしたが、一瀬さんは私が口を開く前に嫌なものを見たように目を細めてから青泉さんのほうを向いた。


「青さん、これは思っていたよりもキツイ。早めにあれを渡した方がいいと思う」


言われて、青泉さんがそうですね、とバックを漁り、長細い木の箱に入ったなにかを取り出す。


「えっと、これは前に言っていたブレスレットです。美利さん――と呼ばせていただきますね――の気分の良くなるように少しだけ配慮させてもらっています」


「はい」


青泉さんが木の蓋をずらして開けると、そこにはこの間画面を通してみた石のブレスレットが大切そうにしまわれていた。半透明の黒い輝石は店内の明りを反射させて鈍く光っている。


「ものを差し上げるって本来であればなかなか私たちはしない行為なのですが、

今回はことがことだけに受け取ってもらえるとありがたいです」


右手を貸してください、と言われて私は素直に手を差し出す。

青泉さんが丁寧な動作でそのブレスレットを右手首につけてくれる。


瞬間。


ふわっと全身に風が通り、背中に張り付くように重たくあったなにかが消えた。


思わず、目を見開いて青泉さんを凝視する。


「なにかが変わっていればよいのですが……」


そう自信なさげに言う青泉さんは今起こったことをなにもわかっていないようだった。


「……体が、軽くなりました」


遠慮がちに伝えると、途端にホッとした表情をする。


「それはよかった」

「だが、まだいる」


水を差すように一瀬さんがいう。確かに体に纏わりつくようにあった重さは消えたが、どこからか張り付く視線は消えていない。


ああ、この人には見えているのだな。

一瀬さんの様子を見ながらようやく確信を持つ。

その時、頼んだ飲み物が運ばれてきた。


「先に飲み物飲みましょうか」


そう言って青泉さんは運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲む。

わたしはミルクティーにするべくシロップとミルクを混ぜる。

一瀬さんは意外なことにコーラを頼んだらしい。炭酸のはぜる音がこの場の雰囲気を少し軽くした。


「美利さん、ここまでで信じていただけたかどうかはわからないのですが、一旦現在の状況をお話させていただきますね」


そう言って笑顔で青泉さんは話し出した。







 

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