休題 HSP研究所 バイト 一瀬真実

初夏の風は涼しい。都会の一等地、赤い築30年は立ったおんぼろビルの3階にその事務所はあった。赤いレンガの建物で蔦が絡まる様子はそこだけ切り取ればアンテークな雰囲気だが、過ぎた年月は塗装の落ちた手すりや廊下からも感じられ、まっとうなものなら入りずらい場所にある。

だが、そんな建物でも唯一オレがココに来る理由は市民の憩いの場である公園から流れる冷たい風を独り占めできる席が用意されているからだ。

でなければこんなところで安月給にアルバイトしていない、と思う。

貧乏学生には厳しく、困っている人には甘いのがこの事務所の特徴だ。


「何かに憑かれた、んですって?」


都会のオアシス。なんて良い風だ~と一人で満喫していると背後から声高な女の声が聞こえてきた。

特徴的なアルトの声。一度聴いたら忘れもしない、この事務所の所長、シキとその部下の久間田の会話だ。


「はい、詳しく聞いたところ先月起きた交通事故がきっかけでそれがついてくるようになってしまったと……本人はとても衰弱していて、少しでも早くこの状況を変えてくれる人を探してほしい、という依頼です」


久間田はそう言って明らかに困惑している様子だった。


「これは推測ですが、彼女はまだ学生なようで、母親がいるのですが、親に話すと隔離病棟に入れられる、と恐怖しているんです」

「それは少し切羽詰まった困った状況ね」

「とにかくまずは見れる人を、というのですがどうしましょう」

「そうね、それが嘘か誠かどちらかというより今の状況を打破する必要があるわね」

ふむ、と所長が考え込む気配がする。


「一瀬くん、行ける?」


優雅に冷たいお茶を用意していたら、急に名前を呼ばれて茶をこぼしそうになった。

あぶねえ。安茶、といえどお茶には厳しいのだうちの所長は。


「なんでだよ、相手は何かわからないがお祓いを所望しているんだろ…趣旨が俺じゃずれてんじゃないか」

「アナタしかいないの。うちの職員で見える人は」


そう言ってにっこり笑う。

ずりい。所長の顔は世の中でも随分優れている部類に入る。そんな笑顔でお願いごとをされると、男としては断ってはいけないような気がしてくるのだ。


「オレはなにもできねえぞ」

「ええ。大丈夫。青さんもつけるから。彼女ならカウンセラーの資格を持っているから流れを良くしてくれるわ」


言っている意味は分からなかったが行けと言われたらしょうがない。

オレはしぶしぶ承諾して制服の夏用ジャンパーを着こむ。


HSP研究所


それがオレ、一瀬真実が雇われている探偵兼雑用事務所の名前だった。







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