第8話 WEB電話

約束の日はあっさり決まった。


8月15日。


夏休みも終盤に入ったその日、私は言われた通りのURLに入った。

TV画面付きの通話だったが、画面表示はしなくてもよい、と言われていた。

午前10時。

一方的に表示された相手の画面に映ったのは、意外にも髪の長い色白の女の人だった。

前髪を大きく上にアップしおでこを出したアクティブな髪型をしていた。

垂れたブラウンの大きな瞳が優しい雰囲気を醸し出している。

鼻筋はしゅっとして、口はほんのりピンク色をしていた。


美人、と評していいと思う。


淡いイエローのゆとりあるシャツが美人をより一層引き立てる。


今まであまり意識してこなかった大人の女の人の雰囲気に、私は圧倒された。


『もしもし。聞こえますか?こちらブルーベアと申します』


ソプラノのおっとりした声だった。


「はい」


緊張気味に短く答える。

『”名無し”さんであっていらっしゃいますでしょうか?』

言葉に出して呼ばれてそういえばアカウントネームを初期値から変えていなかったことを思い出す。

急いで作ったのでそこまで気が回らなかった。


「はい」


『ありがとうございます。そうしましたら、今後も”名無し”さんとお呼びしてもよいでしょうか』


名前を考えるのもめんどくさかったので、またハイと答える。


『よかった。そうしましたら改めまして自己紹介をさせていただきたいと思います。

わたくしHSP研究所、日本支部の調査員ブルーベアと申します』


「はい……」


エイチエスピーケンキュウジョ、日本支部。

聞きなれない単語だった。

困惑した声音はそのまま相手に伝わったようだった。

ぱっと表情が変わり、両手を胸の前で合わせた表情が映る。


『あっ、そうですよね。まだご説明していませんでしたよね』


すぐに口元が弧を描き、そしてそのまま言葉が続いた。


『突然なのですが、HSPってご存じですか?』


「すみません、知らないです」


固くそう答える。


『わかりました、そうしたら少しだけ説明させてもらいますね』


そういうとごそごそと画面の奥でなにかを手に取る動きをした後、四角い紙芝居型のHSPとは、と書かれたボードが現れた。

白い背景に黒字で大きくHSPとは、という文字とその詳細が書かれている。


『パソコンでの画面表示もできるのですが、そうするとこちらの表情が見づらくなってしまうので、ボードで失礼しますね』


その一言の後、彼女は慣れた様子で言葉を続ける。


『エイチエスピーとは――。ハイリー・センシティブ・パーソンの頭文字を取った言葉で、元々はアメリカの心理学者であるエレイン・N.アーロン博士が1996年に提唱した言葉です。日本では繊細な人、という表記で話題になったことがあるのでそちらの方が聞いたことがあるかもしれません。感受性が豊で聴覚視覚などが通常の人よりも敏感である方のことを指します』


そこまで一気に言うとこちらを向いてにこりと笑う。


『簡単に言うと、一般的な方より感受性が豊な人だといわれておりますね。ちゃんとした判断基準はちゃんとあるのですが、そちらのテストは参考までに後でお送りします』

「はい」


そう言ってボードをどこかに置く。言われるがままに私は頷いて、こちらの様子が見れないことを思い出し、慌てて返事を返した。


『わたくしたち、HSP研究所では世界規模でのHSP対象者の傾向や行動指数、考え方など多彩な視点から新たなヒトの可能性を見つけるべく、日々調査研究を行っております。今回はHSPの方が悩みを相談しやすい環境としてSNSを使用している調査結果に基づき、プロモーションをかけさせていただいておりました。なお、本研究所の活動は任意の寄付とスポンサー契約により運営を行っております。そのため、個人のお客様には低価格にて調査を承ることができている次第です』


難しい単語が沢山でてきてよくはわからなかったが人の研究をしている、ということはなんとなくわかった。


『難しいお話ばかりで、ごめんなさいね……規律上どうしても最初にお伝えしなければならないことになっていまして。重要なのはHSP特性を持つヒトについていろんな調査をしている団体であること、”名無し”さんの調査も調査対象として記録はさせていただくことになるのでそこだけご了承いただきたいというところですね』


なるほど。

なんとなくわかった

……ような気がする。けれどもそうなると、自分がそのHなんちゃらに該当するということなのだろうか。

調査対象という単語がどうも引っかかりを覚える。

正直、それに自分が該当するのかはわからなかった。

人よりよく見える、という点では繊細と言えるのかもしれないが、他に見える人を知らないし、比較のしようがない。そんな困惑を汲み取ったように、ブルーベアさんは首をかしげて聞く。



『ここまででご質問ありますか?』



「私がそれに該当するとブルーベアさんは考えていらっしゃるということですか?」

勇気を出してそう聞くと、ブルーベアさんはうーんと顎に手を当てて悩んでから画面に向き直る。

『……そうですね……わたしの直感的な感覚にはなるのですが、”名無し”さんはその対象になる可能性が十分にございます。もちろん、ちゃんとした診断をしてからでないと確かなことはいえないのですが……』


そこで言葉を切る。


『ただ、そうであってもなくても今回のご相談が解決しない限りはどうという判断はできかねると思います。判定は確かにありますが、それ以外のイレギュラーなことを発見していくのが私たちの使命でもありますので』


その言葉に最初は大丈夫か、と思っていた不安が少し消えた気がした。

なにがあっても見放さない。それが彼らの仕事なのだ。










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